ユニコーンに乗るスタートアップ投資

2023年10月27日
全体に公開

日本はロンドンにあるAngular Venturesを設立したギル・ディブナーから学ぶべきことがたくさんあります。彼はイスラエルからスウェーデンまでの地域にある企業を投資対象としていますが、LP投資家にはアメリカのファンドであると伝えています。彼がそうしている理由と方法について説明したいと思います。彼は投資プロセスで次の3つのことを押さえています。

1) 投資先企業はすべてアメリカのデラウェア州で登記されています。そのことでアメリカのベンチャーファンドからの資金調達をしやすくし、エグジットの選択肢を広げています。

2) 全企業が英語で会話し、読み書きします。それが共通言語となり、海外市場での展開がしやすくなります。

3) すべての企業が米国会計基準(GAAP)を採用しています。これは世界での成功を可能にするだけでなく、アメリカの巨大なエグジット市場でも必要とされているからです。

共同創業者の中村幸一郎(以下コウ)は、GAAPによる時価評価を採用することが世界におけるスタートアップの成功のために必須であり、特に日本にとって重要だと言います。コウはその理由について、鋭く説得力のある主張をしていますので、この記事の後半で彼の洞察を引用したいと思います。

一般的なメディアで語られるスタートアップへのアドバイスは、たいていの場合スタートアップの世界で成功した経験がそれほどない、あるいはまったくない人々によるものばかりです。結果的にそのストーリーには、人工的な感じのする作られた興奮や格好良さがあります(わたしたちは起業家やベンチャー投資家は、刺激的な興奮、楽しさ、格好良さにあふれた世界にいるように思いがちではありませんか?)。

わたしの数十年の経験から言うと、普段はそれほど興奮するようなものではありません。ただ、例えば癌を治療したい、あるいは交通に関するAIのソリューションを開発しているような人々(Sozoベンチャーズの投資先)から学び、影響を受ける機会は刺激的です。

しかし格好良いことでしょうか?そんなことはほとんどありません。最近のデータによるとシード投資からM&AもしくはIPOによるエグジットまでの期間を平均すると9.8年です。その長い道のりの中で、スタートアップはしばしば戦略的な方向性、ターゲット市場、主要なチームメンバーを変更することになります。第2のOpenAIのような企業になれると感じられる年もあれば、消滅の危機を感じる年もあります。しかし、うまくいけば投資家に支えられて生き残ることができるのです。そう、イノベーションは苦難の道のりなのです。それでも、わたしたちはその苦難が好きでもあるのです。

スタートアップがそのライフサイクルを通じて上がったり下がったりして四苦八苦しているときに、VCとして価値をもたらすには、歪みのない財務の目でスタートアップの正確な状態を評価する必要があります。そうすることで、いつの時点でもスタートアップにとって重要なことと見過ごしても良いこととを見極めることができるのです。

このシリーズの直近の2つの記事で、会計制度がスタートアップのマネジメントや成功にどのような影響をもたらすかについて触れてきました。またこの数カ月で、スタートアップの成功に必要な興味深いコンセプトとして、人の意見に左右されない「変人」が良い理由内的なエネルギーの見つけ方についても述べてきました。

これらのコンセプトのほとんどはわたしが長年にわたって世界中の素晴らしい専門家たちから学んできたものです。いずれのコンセプトもユニークで面白いものですが、会計を「ワクワクする」という言葉と一緒に使っているのは聞いたことがありません。だから、わたしが初めてになると思いますが、コウによる日本の会計制度への洞察は、スタートアップ投資にワクワクするような展望をもたらします。

コウの洞察を説明するためにまず具体例を示したいと思います。グーグルは、1998年の8月に1000万ドル以下の評価額で初めて資金を調達しました。1年後にはその10倍以上の1億ドルになりました。投資家からするとそこそこ良いように聞こえます。しかし、初期の6年間を通じてグーグルには多くの浮き沈みがありました。1999年の初めにはあまりにも状況が悪化したため、Exciteに100万ドルでの買収を持ち掛けました。しかし拒否されました(その後なんと75万ドルで再度持ち掛けても同じ結果に終わりました!)。

その後状況は元に戻り、10億ドルでのエグジットを目指して期待値を高めるための努力を重ねました。しかし結局行き詰まり、エリック・シュミットをBanyan Vinesから引き抜いて、1億5000万ドルから2億ドルで売却しようとしました。その時も買い手は見つかりませんでした。経営陣は会社の廃業も検討しましたが、人脈を通じてOverture(元はGoTo.com)からキーワード検索の専門家を採用しました。そして、その後起きたことは皆さんもご存知の通りです。

このような乱高下はスタートアップでは珍しいことではありません。グーグルの状況が特別に激しかったということもありません。ベンチャー投資家やCVC(訳注:自社の事業内容と関連するベンチャー企業に投資する事業会社)にとっての重要な学びは、グーグルの主要な投資家であったSequoiaやKleiner Perkinsがその6年間、何に注力していたかを理解することです。

どのVC企業もポートフォリオ内の未公開の投資先企業を評価するための方針を定めていますが、厳密なルールはないのです。大きな戦略変更や、収益の失敗があれば、25~5ほ0%の評価減につながることがあります。公開市場の比較対象企業の評価の悪化によって下がることもあります。未公開であれば、そのベンチャー企業が自ら評価額を引き上げることもできます。しかしより正当なものにするために、わたしたちは評判の良いベンチャー投資企業が新たな投資家として参加し、リードインベスターとしてタームシートで評価額を設定してくれることを期待するでしょう。

しかし、ここで重要なポイントがあります。それらの評価はどれも意味のないものなのです。SequoiaやKleiner Perkinsはそれを考えることに時間を費やしませんでした。彼らが日常の中で関心をもっていたのは、ビジネスのファンダメンタルズ(訳注:基本的な財務指標)であり、いかに大規模で高い利益率の成長を実現できるかということでした。

VCのコンセプトはシンプルです。最も重要なのは投資総額、出資比率、そしてファンダメンタルズです。広いポートフォリオを適切な形で組み、健全に管理すれば、成功は後からついてきます。もちろん確かなことは言えないのですが、グーグルがキーワード検索へと移行した際に未知の部分が多すぎて減損処理される可能性もあったでしょう。場合によっては0にまで下がった可能性もありますが、最終的にはグーグルのファンダメンタルズは世界最高になりました。IPO時の2300億ドルのうち10%はリードVCが保有していました。実質的に1250万ドルの投資が230億ドル、つまり200倍弱の売却益になったのです。重要なのはこのことです。

コウはここでスタートアップに関する日本の簿価ベースの会計制度の危険性を指摘しています。日本は世界有数のインフラやシステムを構築した工業社会の大国です。そのため有形資産の購入や減価償却の期間を熟知しています。例えば、ヤマト運輸がトラックを購入した場合、事故等の明確な減損理由がなければ予測可能な期間に基づいて一律に減価償却を行います。アメリカでも同じような仕組みを採用しています。しかし、アメリカではスタートアップのようなダイナミックな資産に投資する場合の会計制度は異なるものになっています。

GAAPはアメリカの投資家のマインドセットを反映して投資を時価で評価し計上する柔軟性が認められており、その評価ガイドラインも存在します。

コウいわく「日本の簿価会計基準では、企業の成長にとって重要な要素である事業投資の評価を本質的には売却するまで棚上げすることになります。つまり、経営者は在任中、明らかな失敗の最終結果が出ない限りは投資の失敗を問われたり、評価されたりすることもないのです。これが日本の経営者が長期的な事業投資の成功に関心が低い理由かもしれません。

投資などの経営判断はアメリカのGAAPのような世界標準の時価会計基準の評価に基づくべきです。言い換えると、日本にいる私たち投資家は、会計への反映は別にしておいて、投資の評価の為、最低限GAAPに基づく時価ベース会計基準でのVCファンドや投資先スタートアップの評価を求め、その評価を元にして投資も含めた経営判断の評価を行うべきです。そして毎年それぞれの成功や失敗をその時点で細かく評価し比較すべきです。」

コウが言うには、CVCの投資やVCファンドへの投資は日本では原則評価を簿価で維持する資産になります。棚卸資産であり評価減はあっても評価が「上がる」理由がないものです。その結果グーグル(あるいはSlackやDockerも)への投資はバランスシート上は、仮に急成長をしたとしても、その投資判断に対する経営陣の評価は全く行われず、その結果、その後経営陣や投資家によって著しく高い評価になるとは知らずに手放してしまうことになりかねません。その逆も然りで、失敗したCVC投資の責任や成功した功績に関しては投資判断に関わった経営陣がその責を問われることや功績を評価されることがなく、最終的な結果が出た時点でその判断に無関係の10年後の2世代先の経営陣がその影響を受けることになるのです。こうなるとVCファンドやCVCへの投資の結果は経営陣にとっても重要事項になることはなく、短期的な視点での「イノベーション劇場」が引き起こされてしまうのではないでしょうか。

スタートアップの投資は、日本企業が慣れ親しんだ産業機械や農業機械の減価償却をするのとはまったく違うのです。ダイナミックで長期に渡るスタートアップへの投資をトラックのように扱っていたら、野生動物のように暴れるユニコーンに永遠に乗ることはできないでしょう。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)
(図版:Unsplash/Paul Bill)

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