日本のカメラメーカーが台頭した意外な理由。水を育む心は、産業をも育む。

2023年8月7日
全体に公開

Canon、Nikon、SONY、富士フイルム…と、世界でトップシェアを誇るカメラメーカーが日本に集積しているのは、すごいことです。その理由について、カメラが軍事技術の応用であった点は前回の記事で述べた通りで、少なからず影響しているでしょう。

先に思いついたのは、第二次世界大戦後に焼け野原からの再出発を図った日本政府の経済的復興政策によるものかな?ということでした。限られた資源の中、日本が取れる手段は限られていました。そこで、日本政府は戦後、投資する産業を重点的に絞っています。具体的には1.鉄鋼産業、2.造船業、3.自動車産業、4.電機産業、5.繊維産業などです。

ですが、フィルムカメラは、光学機器製造産業に分類されるのでここには入らず。さらに、具体的な市場を見てみると、フィルムカメラの最盛期は1981年で総出荷額が3720億円(※1)…。思っていた以上に小さな市場でした。

UnsplashのDan Cristian Padureが撮影した写真

ちなみに、他の産業と比較してみると、1981年の日本の自動車の生産台数は1104万台。ざっくり1台300万円だとすると、約33兆円規模(※2)です。低単価な生活家電でも、一家に一台の需要がある洗濯機の場合は1981年の国内市場規模が、約4兆円(※3)です。

もちろん、「加工が得意な日本」の特異性が精密機器の製造分野でも発揮されことは考えられます。昔に遡ると、刀や陶磁器、木材建築の木組や木彫りなど様々な素材を加工する工芸が盛んで、手先の器用さも日本人の特徴です。

もともとの気質が真面目で正確さを重んじる性質も相まってカメラ機器の研究開発に特に向いていたのかもしれません。

UnsplashのMotoki Tonnが撮影した写真

ですが、他にも何か理由があるのではないか…と思ったときにふと思い出したのが、以前、小島健嗣さんの取材でうかがったとあるエピソードでした。

■ 小島健嗣さん Profile

1986年にプロダクトデザイナーとして富士フイルムに入社し、後に富士フイルムの構造改革や事業改革に携わり、2014年より「Open Innovation Hub」館長を務める。富士フイルム退職後、2022年よりdesign MeME合同会社を立ち上げ「デザインコンサルティングHUB」として企業支援や講演などで活躍中。https://design-meme.jp/

富士フイルムの工場は、富士山の麓の足柄にあります。やっていることは化学なので、普通は埋立地に工場をつくりそうなものなんですが、森の中に会社があるんです。なぜかというと、「水」です。富士山の湧水がどくどくと年間6万トンも出てくるんですよ。
フィルムの製造プロセスにおいて、大量の清浄な水と空気が必要不可欠です。水資源を確保するために使っていない周辺の土地一帯も借りて、環境を守っています。

そういうことを当たり前とし、富士フイルムは環境と一緒にものづくりをしてきた会社。人の思い出もつくるけど、環境もつくってきたんです。

フィルムだけでなく、精密な光学機器やレンズの製造には、同じく水は欠かせません。他のメーカーにとっても、水資源が豊富な日本という立地は大きなアドバンテージとなったのかもしれません。

メーカーの水状況について

というわけで、富士フイルム以外のカメラメーカーの「水」についての情報を探してみました。

・キャノンのHPより抜粋

キヤノン株式会社・宇都宮工場:「光学技術の粋を集めた、レンズの主力工場」

レンズの主力工場として、カメラの交換レンズ、テレビ局などで使われる放送用レンズ、その他光学部品を生産しています。技術の粋を集めた「白レンズ」と呼ばれるプロ向け望遠レンズなどの高級レンズが1本1本作られており、キヤノンの名匠やマイスターなど、卓越した技能者を多数輩出。また、水を多く使うレンズ工場として、使用した水の完全リサイクル使用を実現するなど、環境面でも世界をリードする取り組みを導入しています。

水は要であり、そして大切にしている様子が伺えます。

・ソニーHPより抜粋

ソニーにかかわる環境負荷の全体像:

*取水量 1,960万m3

└ 井水 568万m3

└ 上水 165万m3

└ 工水 1,221万m3

└ 雨水 2万m3

└ 社外リサイクル水 3万m3

水資源保全涵養量 (水涵養)309万m3

*排水量 1,685万m3

└  河川 767万m3

└ 下水 918万m3

事業運営のために取得している水の総量が1960万m3で、水源として井水(せいすい:井戸水のこと)も活用しているようです。また、涵養(かんよう)とは雨を山や森林に蓄えて、育み守っている働きです。

都会はコンクリートで覆われているため、雨水は下水に流れて、川から海へとさっさと流れ出てしまいます。地下水が湧き出て川となり、脈々とした水源が保たれるには欠かせないのです。水涵養が309万m3ということは、山を所有していることを意味しています。

・ニコンHPより抜粋

生産工程における水の再利用:

生産工程で多くの水資源を必要とする事業所・グループ会社では、生産工程で発生する排水を適正に処理し、再利用を積極的に推進しています。2022年3月期のニコングループの水の再利用率は、7.2%となり、2021年3月期を0.6%上回りました。ニコングループでは今後もさらなる再利用率向上に努めていきます。

政府によるお達しもあってか、サスティナビリティに取り組んでいる様子が伺えます。

UnsplashのLuis Tostaが撮影した写真

製造業ではなくても、水は必要

さらに、先日のNewsPicksで見つけたこちらの記事のことも思い出しました。

Googleの環境レポートによると、AI化に伴い水使用量が昨対比で2割増えたということです。また、Googleは気候を考慮した上で、水消費問題に取り組んでいるという内容です。

「AIがこのまま進化し続けると、地球温暖化が進む」とはよく言われたものです。こちらの記事では、ChatGPT-3のトレーニングに必要な水の量は「原子炉の冷却水タンクを満たせる量とほぼ同等」とあります。

世界をリードするテックカンパニーであるGoogleは、この問題に気づき、向き合っている姿勢を感じました。

命の水は、産業の源でもある。

さて、これらのデータだけで、「日本は水資源が豊富だから、世界に台頭するカメラメーカーが複数現れた」と因果関係を結論づけられるものではありません。

とはいえ、光学機器製造、IT、もちろん鉄鋼や繊維といった他の産業でも「水」は必要不可欠な存在であることには間違いありませんね。

巨大産業が発展する中、環境負荷が生まれて地球が悲鳴を上げている状態なのは旧知の通りです。

例えば、ダイバーシティ度合いを高めることが生産性の向上につながっているレポートはよく知られていますが(それにしても、ダイバーシティがなかなか進まない日本ではありますが)、

同じように、人間社会だけではなく、自然にも目を向けて、そこからエネルギーを分けていただいて循環させるような視座が、産業や新規事業を育む土台となり、長い目で見たときに生産性の向上につながるようなこともあるのではないか…?といったことを考えましたが、いかがでしょうか。

余談

ところで、一番水が必要な産業って何なんだろう?と調べたら、農産業で、圧倒的でした。(国土交通省のページにリンク貼ったので、興味のある方はご覧ください)

めちゃくちゃ「命」ですね。納得。

さらに余談

中国の富豪たちが、日本の湧水がでる土地を投資目的で購入する動きがあることを聞きかじって、静かな脅威を感じたりも…

参照

※1 フィルムカメラ市場の出典:デジカメ比較レビューmonoXが、一般社団法人カメラ映像機器工業会(CIPA)の公表値を参考に制作

※2 自動車の生産台数出典:立石 佳代「日本自動車産業の革新と成長 日本大学大学院総合社会情報研究科」 内 

※3 洗濯機市場出典:森村竜友 (元三洋電機)「三洋電機 国内家電営業の軌跡」内

TOP画像:Chad Maddenが撮影した写真

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