誰もが取り残されない、個々の栄養ニーズを満たすための栄養プロファイリング(NPM)

2023年7月23日
全体に公開

・一般社団法人日本最適化栄養食協会が設立されました。この協会は、主要な栄養素が適切にバランスを保つ「最適化栄養食」の普及を推進し、食事によって人々のウェルビーイングを実現することを目指しています。

・米国を中心に、個別化栄養に対応できるさまざまな栄養指標を用いた栄養プロファイリングモデル(NPM)の研究が進展しています。このNPMの動きは、栄養学が「感情的な説得」から「証拠に基づく科学」へと進化するための第一歩となる可能性があります。

日本においても、慶應義塾大学病院予防医療センターのセンター長がリードする形で、個別化栄養の社会を視野に入れた新たな動きが生まれています。今月7月3日に、人々の健康寿命を延伸するための「食の選択肢」を提供する目的で、一般社団法人「日本最適化栄養食協会」が設立されました。運営理事には、大手加工食品企業や大手流通の代表が理事として名を連ねており、日本の食環境を変えるための強い決意が感じられます。

「一般社団法人 日本最適化栄養食協会」(以下、最適化栄養食協会) は、主要な栄養素がバランスよく適切に調整された「最適化栄養食」の普及と、人類の「食によるウェルビーイング」の実現を目指して、伊藤 裕氏 (慶應義塾大学 予防医療センター 特任教授) と村上 秀德氏 (公益財団法人食品等流通合理化促進機構 会長)、さらに、イオン株式会社 (執行役員副社長:土谷 美津子)、株式会社セブン-イレブン・ジャパン (代表取締役社長:永松 文彦)、日清食品株式会社 (代表取締役社長:安藤 徳隆) が参画し、本日、2023年7月3日に活動を開始したことをお知らせします。
7月3日プレスリリースより引用

この協会は、産学医連携を掲げ、食の領域だけでなく異分野や異業種との協力を通じて情報の提供や共有を活性化し、産業の発展、社会教育の推進、そして消費者の保護に向けた活動に努めると宣言しています。

協会のウェブサイトでは、「最適化栄養食」の栄養基準を、「食品表示基準」で義務付けられている4種類の栄養成分(たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウム)と、その中の9種類の必須アミノ酸、さらに同基準の別表第11に規定される20種類の機能性を示す栄養成分(ビタミンAなど)の計33種類について、対象者の性別、年齢、特徴などに基づき科学的根拠に基づいて含有基準を設定することを明らかにしています。そして、これらの基準に適合する製品の認証と普及を視野に入れた活動を開始するようです。

WHOは栄養プロファイリングモデル(NPM)を「疾病予防及び健康増進のために,栄養成分に応じて,食品を区分(classifying)またはランク付け(ranking)する科学」と定義しています。最適化栄養食協会の試みは、食品の区分・ランク付けまで具体化していないため、狭義ではNPMを通じた健康な食事環境の社会実装には当てはまりませんが、目指す未来は同じです。

UnsplashのCeline Lityoが撮影

個別化栄養の対応に資する、健康的な食事の質を評価するための手段として、米国の学術界を中心に新しい「栄養プロファイリングモデル(NPM)」の開発が進んでいます。ここでは、ここでは、ワシントン大学のアダム・ドレノスキー教授による「Nutrient Rich Food Score: NRFS」、そしてタフツ大学のダウリッシュ・モザファリアン教授による「Food Compass Score: FCS」の最新の開発状況を紹介します。

ワシントン大学のNPM:Nutrient Rich Food Score: NRFS

世界有数のグローバルヘルス教育機関であるUniversity of Washington Seattle のCenter for Public Health Nutritionの所長であるAdam Drewnowski 教授が中心となり2007年に、個々の食品、食事、メニュー、または食事全体に適用できるNPMとして、一連のNutrient Rich Food (NRF) シリーズを開発に着手しています(NRF6.3, NRF9.3, NRF11.3, NRF15.3など)。その種類の多さと複雑さに専門外の私はついていけていないのが本音ですので、ここでは限定的な理解できた範囲で共有します。

NRFSの中でも最も一般的に用いられているのが「NRF9.3」です。これは9つの推奨栄養素と3つの制限栄養素を元にしたアルゴリズムで構成されています。推奨栄養素はFDAの「健康な食品」の定義に基づくタンパク質、繊維、ビタミンA、ビタミンC、カルシウム、鉄の含有量と、「アメリカ人のための食事ガイドライン(2005)」からのビタミンE、カリウム、マグネシウムの推奨値を用いています。一方、制限栄養素としては、飽和脂肪、添加糖、ナトリウムを採用しており、これは英国およびフランスのNPMと一致しています。

このNRFSは、個々の食事の質(健康な食事の区分)だけでなく、食事の健康度と経済的コスト(価格)環境負荷(CO2排出量)との関連性についての研究にも寄与しているのが特徴です。さらに、ヒトと地球の健康の接点である、タンパク質の質(植物性や動物性など)も考慮したNRFの開発も進めています。

興味深いことにNRF9.3は食文化が異なるドイツ、フィリピン、オランダ、中国、日本など多くの食文化においても、食事の質の評価に有用であるという研究結果を持っています。

しかし、NRF9.3のヘルスアウトカムの検証に関する研究はまだ途中段階で、具体的な健康結果のデータとNRF9.3のスコアを直接対比させる研究は、ロッテルダム研究(循環器疾患)以降はあまり進んでいません。そのため、現時点では、NRF9.3による健康な食事を推奨するスコアの基準はまだ決まっていません。東京医科歯科大学(現在日本女子大学)の佐藤らの研究チームは、NRF9.3のヘルスアウトカムを予測する新たな試みとして、都市部の妊娠中期の妊婦の全体的な食事の質と炎症の可能性を評価し、NRF9.3スコアと食事性炎症指数(E-DIIスコア)との間に強い逆相関があることを報告しています。これはサンプル数が限られた予備的な研究ではありますが、NRF9.3のヘルスアウトカムを推測する新しいアプローチとして注目されています。

ボストンバックベイUnsplashのSean Sweeneyが撮影

タフツ大学のNPM:Food Compass Score: FCS

タフツ大学のフリードマン栄養科学政策学部の研究チームが開発した、詳細な栄養プロファイリングモデル(NPM)「Food Compass Score (FCS)」は、包括的な指標に基づく画期的なモデルです。このモデルは、潜在的に有益または有害な54の栄養素、成分、生物活性物質、添加物、および加工属性を9つのドメインにまとめ、それらを健康に対する影響度に基づいて重み付けすることで、食品の健康度を1(最も健康的でない)から100(最も健康的)までの範囲で評価します。

この一貫性のあるアルゴリズムは、すべての食品と飲料のカテゴリー間で普遍的な比較を可能にし、単一の食物からパッケージ製品、さらには食事全体までを評価することができます。そして、スコアにより健康度合いは3段階にわけられます。

・70-100ポイントは頻繁に消費されるべきです

・31-69ポイントは適度に消費されるべきです

・0〜30ポイントはできるだけ避ける必要があります

FCSの利点は、従来のHSRやNutri-Scoreなどで評価できなかった飲料や野菜などについても、消費者に正確な情報を提供できることです。ただし、このアルゴリズムは米国の食事データを基に作られているため、食習慣が大きく異なる地域ではその評価結果が変わる可能性があることに注意してください。例えば、日本で健康的とされる緑茶は、米国のお茶が砂糖を多く含むことから、FCSでは健康度がスコアが低くなっています。これが、NPMは地域の食習慣を反映した形で作成する必要があるという理由の一つです。また、食材の選択や加工方法は栄養価に大きく影響するため、同じカテゴリーの食品でも栄養価は大きく異なることが多いです。異なる食文化に対する適応性は、地中海食スコアとの比較研究などで報告されています。

FCSと健康成果の間の関連性を調査する研究も現在進行中です。一つの研究では、FCSによる食事の評価が米国の健康食事指標(HEI)と高い相関を示し、血圧、血糖、コレステロール、ボディマス指数、ヘモグロビンA1cレベルの改善に関連していました。さらに、FCSが高いと全死因死亡リスクが低下し、FCSが10ポイント上昇するごとに、全死因死亡リスクが7%低下することが示されています。

FCSと炎症マーカーとの関係性も明らかになってきています。慢性疾患や老化プロセスに関連する炎症は、食事と健康の観点から重要な指標とされています。FCSが高い食品を含む食事が炎症プロセスに対して保護的である可能性があることが示され、これにより心血管疾患や他の炎症関連慢性疾患との関連性についての更なる研究が期待されています。

タフツ大学ホームページより引用

以上のように、NPMは進化を続けていますが、その限界を指摘する声も存在し、FCSの開発をリードしたであるダウリッシュモザファリアン氏も、FCSがまだ進化の途上にあることを認めています。しかしながら、これらの試みは「扇動の栄養学」から「エビデンスベースの栄養学」への大きな一歩であると言えます。

個別化栄養プロファイリングの展開は、一人ひとりの健康維持や病気の予防における食事の役割を更に理解し、それを実践に活かすための新たなアプローチを可能にできるはずです。例えば、各人の遺伝的背景や生活習慣、生理的状態に適応した、個々の栄養ニーズに対応した食事計画を作成するためのツールとして利用される可能性があります。これは、一人ひとりの体質やライフスタイル、さらには地域や文化的背景を反映した食事の選択や食事療法の提案を可能にするでしょう。その結果、糖尿病や高血圧、肥満などの慢性病の予防、管理、治療において、より個別化され、より効果的な対策が可能になると思われ、康寿命の延長やQOL(生活の質)の向上にも寄与すると考えられます。

個別化栄養プロファイリングは、食品会社やレストランなどの飲食業界における新たなビジネスチャンスを創出する可能性も秘めています。例えば、個々の消費者の健康状態や生活習慣、遺伝的特性に合わせたカスタマイズされた食事メニューや食品製品の開発と提供が可能となります。このような個別化された食事サービスは、消費者の健康意識の高まりやパーソナライズされたサービスへの要求増大に対応した新たなビジネスモデルを形成することにつながります。

しかし、個別化栄養プロファイリングの導入や普及には、適切な技術やデータ解析、プライバシーの保護、倫理的な配慮など、様々な課題が存在します。その有効性や安全性を確認するための科学的なエビデンスも必要とされます。これらの課題を解決するためには、栄養学者、医師、生物学者、データサイエンティスト、倫理学者など、様々な専門分野の専門家が連携して取り組むことが求められ、新たな研究システムの枠組みが必要になるとでしょう。

以上、今回は個別化栄養プロファイリングのお話でした。皆さん、危険な暑さのため夏休みをとる方も多いと思います。危険な暑さをむかえる夏休み期間は身近なお話を提供できればと思います。ルールメイキングのお話は9月から再開し、"超加工食品(UPF)の善悪"から再開したいと思います。

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