リグニンの少ないゲノム編集ポプラから製紙

2023年7月15日
全体に公開

製紙は、木材を小さなチップにすることから始まります。そこに、水と化学薬品を加えてリグニンを分解し、セルロース繊維からなるパルプを分離して、を作ります。

木材を木材とならしめている高分子フェノール性化合物であるリグニン(lignin、下の構造式)は、化学的・酵素的分解が困難な物質で、その存在が植物に含まれるセルロースを分離するための妨げとなっています。

そのため、製紙工場では、毎年、数百万トンという大量の化学廃棄物が発生し、1億5000万トン以上の温室効果ガスが排出されていると言われています。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lignin_structure.svg CC BY-SA 3.0

7月13日のサイエンス誌に、CRISPR遺伝子編集を用いて、通常よりもリグニンの少ないポプラの木を人工的に作ったことが報告されています[1]。

https://doi.org/10.1126/science.add4514

遺伝子編集されたポプラの成長速度は正常で、これを原料にすることで、製紙の課題を解決できるのではと提案されています。

これまで、研究者たちは、リグニン含有量の少ない樹木の育種を試みてきましたが、なかなかうまくいかなかったようです。

その理由のひとつは、リグニンが、3つの前駆体化合物から11の遺伝子ファミリーと何百もの遺伝的・代謝的制御要素に支配された複雑なプロセスで作り出されるからです。

過去の研究では、リグニンを作るのを制御するシステムに全面的な変更を加えるのではなく、リグニンを分解しやすくするために個々の遺伝子や遺伝子ファミリーにひとつづつ手を加えることが行われてきました。

今回、ノースカロライナ州立大学の研究グループは、21個のリグニン生合成遺伝子に対する69,123通りの遺伝子編集のあらゆる可能な組み合わせを評価しました。99.5%の組み合わせは有害であり、枝や茎が垂れ下がるなどの影響をもたらすことがわかったそうです。

最終的に、最大6つの遺伝子の同時改変を行う7つの異なる遺伝子編集の組み合わせを実行し、174品種のCRISPR遺伝子編集ポプラを作出しました。

この遺伝子編集によりできた最も有望な品種を温室内で6ヶ月ほど栽培した結果、リグニン含量が49.1%減少し、セルロース対リグニン含量が228%増加し、より効率的な繊維パルプ化が可能になったということです。

研究チームの試算では、一般的な製紙工場がこれらの品種を使用した場合、紙の生産量を40%増加させ、温室効果ガスの排出量を20%削減できるとしています。

これらの品種は、遺伝子編集で作ったものですので、実際に外で栽培するための規制当局の審査に合格するのは比較的容易であろうと考えられます。一方で、リグニンの機能は、暴風に耐えるのを助けたり、昆虫から木を守る働きもあることから、このような形でリグニンが減少したものを室外で栽培した場合、どのような影響があるのかは、不明な点もあります。

なお、このグループでは、Tree-Coというスタートアップを立ち上げています。

https://tree-co.com/

[1] Daniel B. Sulis, D.B. et al. (2023) Multiplex CRISPR editing of wood for sustainable fiber production.Science381,216-221. https://doi.org/10.1126/science.add4514

「合成生物学は新たな産業革命の鍵となるか?」担当:山形方人

【Twitter】 https://twitter.com/yamagatm3

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