PMFとTAMの理不尽な関係(二兎追うものは?)について

2022年8月25日
全体に公開

今日はスタートアップでよくあるテーマ、よく使われる3文字単語の中でも頻出かつ人気のテーマである、PMFとTAMについて書いてみたいと思います。

スタートアップの経営者であれば皆の目標であるPMF、そう"Product Market Fit"ですね。これが達成できれば、シリーズBはいい感じでできるとか、一気に成長に向けたアクセルが踏めるとか、とにかく急成長スタートアップにはなくてはならないキーワードです。

もう一方のTAMですが、"Total Addressable Market"といって、要は市場規模ですね。これが小さいと市場がニッチ過ぎてスケールしない、と言われてしまいます。

経営者にとって憧れの状態を一言で表すなら、「既にPMFしており、TAMも巨大で成長余地しかない」、という奴です。この状況を投資家に説明して、バリュエーションを引き上げて、大型調達を実行し、その資金力で大きな先行投資をし、当該巨大市場で急激な成長を実現する。まさに、スタートアップドリームではないでしょうか。

しかし、この2つの目標には、実は理不尽な関係が存在しています。頑張って2つの目標を最大化して、その掛け算を最大化しようとすると、結局何も生み出さない。

「二兎追うものはPMFせず」

ついつい見逃しがちな罠でもあるのですが、今日はその辺りについて。

PMFには「程度」がある

PMFとは一様の状態を示すわけでは必ずしもありません。結構、曖昧としており、PMF、つまり顧客への刺さり具合(フィット感)には大きな幅があります。二社(A社とB社)に多様なKPIや財務数値の会社があったとします。どちらも急成長サービスで、顧客基盤が拡大しているとしても、片方(A社)は顧客が「とりあえず試しに使ってみている」に過ぎず、もう一つ(B社)は「なくてはならない」という状態かもしれません。

この二つの企業は、単なる財務数値やKPIだけをみて、バリュエーションの議論をしていては同等の評価の企業に見えてしまいますが、その実態は大きく異なります。その実態を把握し、経営として必要な打ち手を売っていくのが経営者であり、その実態を見抜きその企業の適切な成長ポテンシャルや確度を見定めて適正な企業価値評価を行うのが投資家です。

一見異なる話をしているようですが、経営者と投資家、それぞれ実態を把握し、適切な打ち手を考え、その可能性(=企業価値)を最大化していこうとする思考形態は同一と言っても良いと思います。

先ほどの二社ですが、数年後にどういう状況に陥ってしまうでしょうか。A社は急成長を遂げましたが、顧客にとってこの価格を支払ってでも必要不可欠なサービスとはなりきれず、一気に解約が進み、新規獲得のペースも鈍り、営業生産性が一気に悪化し、黒字化の蓋然性が一気に引き下がっていくことになります。そして、再度「真のPMF」を目指すための旅が始まるのです。企業価値は当たり前ですが、大きく衰退し、当時のような高い倍率での評価は得られなくなってしまいます。

一方でB社は既に「なくてはならない」存在であり、競合環境や市場環境に大きな変化がなければ、もしくは適切にその変化を先取りすることができれば、引き続き「なくてはならない」状態を維持できていることでしょう。そうすれば、解約率は著しく低く、その評判や実績が新たな新規獲得の効率性を高めていきます。まさに、急成長期を謳歌することになります。KPIや財務数値も年々向上し、企業価値の倍率等も高い評価を維持することで、バリュエーションはさらに向上していくことになります。

TAMにも「濃淡」がある

TAMはどういうものでしょうか。実際は、TAM、SAM、SOMといって、3つのグラデーションが既にビジネス用語として存在します。細かい用語解説は他の専門書に任せますが、要は色々とグラデーション(「濃淡」)が存在する概念です。

 TAM:"Total Addressable Market"(獲得できる可能性がある市場全体の規模)

 SAM:"Serviceable Available Market" (実際にアプローチ可能な市場規模)

 SOM:"Serviceable Obtainable Market"(アプローチ可能な顧客における市場規模)

例えば、自動車を販売しようとしたとして、世界に78億人の人間がいるので、一人一台を想定すると78億台の市場規模が存在します。こういう大風呂敷を広げる話がTAMです。ただ、実際には、世界中の市場に自動車を販売するには販路も必要ですし、競合も存在します。

さらには、300万円の車だとして、それを購入できる層も限られている可能性がありますし、そして全ての人が自動車が必要なわけではりません。

実際には、このプロダクトが持つデザイン性に轢かれうる、300万円のコストを負担し得る、現在自動車を所有もしくは買い替えるニーズがある、関東県の顧客、に限られるかもしれません。そこから広げていくためには、プロダクト力をより幅広い顧客に販売できるように高めたり、ラインナップを拡充したり、価格を引き下げたり、それぞれの顧客セグメントにおける競争優位性を獲得したり、さまざまなハードルを乗り越えてはじめて、それが本当の意味での獲得可能な市場規模のポテンシャルと言えるようになるのです。

当たり前の話なのでこれぐらいにしておきますが、TAM、市場規模と言っても、それを図るのは本当は簡単なことではないのです。TAMの議論をするためには、顧客の解像度を高める必要があるのです。

二兎追うものは迷子になる

さて、今日のテーマはここからです。多くのスタートアップはPFMを目指しながら、獲得できる市場規模(TAMなど)を大きくしたいという願望に飲み込まれがちです。

なぜならば、PMFもしておらず、市場規模が小さなスタートアップは投資家から見向きもされない可能性がありますし、優秀なエンジニアを含む社員の採用が難しくなってしまうからです。

だからこそ、PMFを十分にしていないにもかかわらず、規模を追うという、二兎を追う状態が発生しやすいのです。これは感覚的には、シリーズBやシリーズCのスタートアップが陥る罠、そこで迷子になってしまうリスクが存在しています。

まだ十分にPMFをしていないのに、高い売上高目標を達成するために、従業員を増やし、顧客基盤を拡大しようと一気に広げてしまいます。その結果、本来は顧客ではない顧客にも販売してしまい、結果的にビジネスの生産性を引き下げ、売上は拡大するのだけど、従業員が疲弊し、KPIが悪化し、何が経営課題であるかわからないという状況に陥ってしまうのです。まさに経営の迷子という状況です。

さて、この症状を打破するにはどうすれば良いでしょうか。一旦、規模を追うことをやめるのです。切り捨てる覚悟が必要です。本当に顧客たる、価値を認めてもらう顧客にだけフォーカスして、その要因を徹底的に分析し、顧客ターゲティングをしていくのです。

結果として、その顧客セグメントが極めてニッチであるという実態に気がつくこともあるでしょう。ただ、まずその状況認識を正しくすることが第一歩なのです。それでは投資家に説明できない、バリュエーションがつかない、売上目標が達成できないと言った、経営者都合の論理で、実態から目を背けて仕舞えば、「真のPMF」はますます遠ざかってしまうでしょう。

つまり、会社の成長性を高めようと、バリュエーションを高め資金調達を成功させようとする意識が高まることで、十分大きな市場、成長可能性があることを目指し、大きなTAMを狙うあまり、足元の顧客解像度やPMFの精度が下がってしまうのです。そして、結局会社の成長可能性を低下させてしまうという「負の循環」に陥ってしまうのです。この良かれと思って、顧客を拡大しようと、TAMを広げようとするあまり、足元のPMFを難しくしてしまう。両者にはこんな理不尽な関係があるのです。

「真のPMF」をさせたいなら、TAMを一旦忘れることが近道。二兎を追うと結局何も得られない可能性があるます。

ただ、それだけ成長実績を示し、資金調達を成功させなければいけない、というプレッシャーを経営が負っているということでもあります。言い換えるなら、会社の成長のために数多いるステークホルダーから、「株主だけ」をみて経営してしまっている状況に陥っているとも言えます。本来ならば、顧客、従業員というもっと大事なステークホルダーの「共感」「熱狂」にこそ目を向けるべきではないでしょうか。

はい、今日はそんなお話しでした。参考になった方は、いいねやSNSでの共有、コメントなどいただけると嬉しいです。また、ご意見やご質問があれば、是非コメントください。色々と意見交換していけると幸いです。

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