ゲノム編集による栽培種化

2024年1月17日
全体に公開

ゲノム編集を使ったブロックバスター製品(大ヒット製品)を生み出すポイントとは何でしょうか?私はその目的と背景となる文化を理解することだと考えます。

1月9日付けのNature誌に「How CRISPR could yield the next blockbuster crop(CRISPR はどのようにして次のブロックバスターを生み出すことができるか)」という記事が出ていました。その副題は、「科学者たちは特定の遺伝子を編集することで野生植物種を迅速に栽培種化しようと試みているが、大きな技術的課題と、先住民族の知識の悪用に関する懸念に直面している。」というものです。domesticate、domesticationという単語は「栽培化」と訳すことが多いと思いますが、今回は「栽培種化」という説明的な訳にしておきたいと思います。

最初に紹介されているのは、北京の遺伝発生生物学研究所Jiayang Li氏の話題です。南米原産の水稲野生種Oryza altaは、食用で栄養価の高い穀物が生産されますが、種子は熟すとすぐに地面に落ちるため、それを栽培種化するために改善したいということです。塩分、干ばつ、および危険な病気に耐性があるので、世界の食料供給に役立つのではというのが目的です。

次に紹介されているのは、ブラジルのヴィソーザ連邦大学Agustin Zsögön氏の話題です。Solanum pinpinellifoliumと呼ばれる南米の野生トマトの栽培種化の研究です。6つの領域を編集して、通常のトマトに似たバージョンを作成しました。 新しい植物は野生植物の10 倍の果実を生産し、果実の大きさは3倍でした。

野生の食用ホオズキ(Physalis pruinosa)を編集して栽培種化しているコールドスプリングハーバー研究所とコーネル大学のチームの研究では、遺伝子を改変して植物をよりコンパクトにし、別の遺伝子を微調整して果実を24%重くしました。

ロシア出身で戦争を避けてブラジルで研究を続けるSophia Gerasimova氏は、複数の標的遺伝子を編集するなどして、技術的に難しいながらも野生のジャガイモを栽培種化しようとしています。栽培種化することで、肥料使用量を減らし、コスト削減できるだけでなく、川への有害な流出も削減できるようにするのが目的のようです。

これらのゲノム編集の目的は、有用な野生種を栽培種化して、収量を上げるということにあるようです。

ゲノム編集をやろうにも、ほとんどの野生植物はゲノム配列すら解読されておらず、ましてや、新たな栽培種化を試みる前に必要な、DNA配列の働きを知るために必要な研究もないというのが栽培種化の問題です。また、先住民族の権利との衝突が起こるというのがこの記事の趣旨のようです。

年始の「新春コラム」では、「技術自体より、どのような目的で利用するか、本当に恩恵を受ける人数はどうなのか、という点に注目することが重要です。 」と書きました。CRISPRを利用してIndel変異による遺伝子を潰すというLoss of functionによるゲノム編集は容易な技術になっているので、方法ではなく、市場規模を含めた「目的」に注目することが重要です。

日本の豊かな食文化は、魚料理や地方の伝統野菜など多様な食材を用いますが、一方で米国に較べて、全く新しい食材に対して保守的な傾向があると感じます。日本にこのようなゲノム編集食品を導入しようとするのなら、日本の食文化の特徴を理解していく必要があるのではないか、と感じています。

合成生物学は新たな産業革命の鍵となるか?」担当:山形方人

【Twitter】 https://twitter.com/yamagatm3

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