鳥インフルエンザに罹らない鶏を作る

2023年10月11日
全体に公開

鳥インフルエンザは、養鶏業に大きな被害を与えます。野生の鳥にも被害を与えます。通常、人には感染しにくいですが、まれに感染することもありますし、変異が生じやすいため、既存のインフルエンザウイルスと遺伝子が交じり合うことで、人の間で感染が広がる新型インフルエンザが発生する可能性もあります。

このようなことから、鳥インフルエンザの発生を防ぐことは極めて重要です。世界の一部の国では、鶏や鳥へのワクチン接種を進めています。しかし、鳥が無症状になる可能性はあっても、感染からは保護されない可能性があるとの懸念からワクチン接種を実施しない米国や日本のような国もあります。そして、日本は、接種した鳥とウイルス感染した鳥を区別できないとして、ワクチン接種国からの加熱されていない鳥肉や卵などの輸入を認めていません。フランスは最近、アヒルの大規模なワクチン接種を開始しましたが、日本でも輸入を停止しています。

ワクチン接種しなくても、遺伝子工学を利用することで、もともとインフルエンザウイルスに感染しないようなニワトリの作製は既に試みられてきました

この10月10日、英国ロスリン研究所を中心とするチームが、ゲノム編集技術を用いることで鳥インフルエンザに罹患しにくいニワトリを作製することに成功し、将来の方向を示すコンセプトを報告しています[1]。

Idoko-Akoh, A. et al. (2023) Creating resistance to avian influenza infection through genome editing of the ANP32 gene family. Nat Commun 14, 6136 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-41476-3

ニワトリでは、マイナス鎖の1本鎖RNAウイルスであるA型インフルエンザウイルスの増殖は宿主側のタンパク質ANP32Aに依存しています。 つまり、ウイルスのRNA依存性RNA ポリメラーゼは、宿主細胞核内でのウイルスのゲノムの転写と複製を行いますが、それには宿主がコードするANP32ファミリーのタンパク質ANP32Aが必要です。

https://animaldiseases.biomedcentral.com/articles/10.1186/s44149-022-00055-7


ロスリン研究所の論文では、まず、遺伝子編集ツールCRISPR/Cas9 を使用して、ウイルスのポリメラーゼとの相互作用に関わる2つのANP32Aアミノ酸置換を含む遺伝子編集ニワトリを作りました。このニワトリは健康で卵も生むということです。通常のニワトリでは全数感染してしまう量のウイルスで感染させようとしたところ、9割の遺伝子編集ニワトリは感染しませんでした(この場合は、H5N1型ではなく、H9N2型と呼ばれる病原性の低いウイルス株)。

https://doi.org/10.1038/s41467-023-41476-3

しかし、より多くのウイルスを与えると、多くが感染してしまいました。このようなケースでは、ウイルスにポリメラーゼの遺伝子に変異が認められました。驚いたことに、この変異ウイルスは、ANP32Aの代わりに、同じANP32タンパク質ファミリーメンバーであるANP32B およびANP32Eを使うようになっていました。ニワトリの個体ではなく細胞を使った実験では、ANP32BおよびANP32Eも除去するゲノム編集により、ウイルス増殖ができなくなりました。

ヒトでは、A型インフルエンザウイルスの増殖にANP32AとANP32Bが使われているようです。このことは、人獣共通感染症の対策としてインフルエンザ耐性ニワトリ個体を作るには複数の遺伝子改変が必要であることを示しています。ただ、ANP32ファミリーのA, B, Eすべてを変異させたニワトリの個体が、正常に発育し卵を生むかなど、どのような健康状態になるのかは不明です。

いずれにしても、懸念は残されているものの、概念的には、A型インフルエンザウイルスに耐性のあるニワトリを作るのは可能になったということです。しかし、世界には世界人口の3倍の鶏がいると言われます。これだけの数のニワトリを置き換えるのはかなり困難かもしれません。

[1] Idoko-Akoh, A. et al. (2023) Creating resistance to avian influenza infection through genome editing of the ANP32 gene family. Nat Commun 14, 6136 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-41476-3

合成生物学は新たな産業革命の鍵となるか?」担当:山形方人

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