まるで企業の人材開発 「個人の能力開発」を重視するイングランドの育成年代

2023年8月13日
全体に公開

はじめに

以前、NewsPicksの染原さんから「グローバルでの子供のサッカーを通じたアプローチの違いなどを知りたい」とコメントをいただきましたので、今回はイングランドの育成年代の基本的な考え方と運用の一部について書きたいと思います。

(染原さん、コメントいただきありがとうございました。)

育成年代は、チームの結果ではなく、個人の能力開発と向き合う

結論からいうと、基本的には9歳から23歳までを「育成期間」と位置付けて、選手の個人の能力開発を重視します。

前提として、イングランドは各学校による部活動でのチーム編成は主流ではなく、殆どの学生が個人でクラブと直接契約をして、そこで練習を行います。

クラブのアカデミーは、概ね9歳~23歳まで各年代のチームを保有しており、1チームの編成は18名程度です。

アカデミーに入団すると、選手個人の能力開発を行うツールとしてIndividual Development Plan (略称IDP)と呼ばれるツールが用意されます。

Individual Development Plan のサンプル

これはリクルートのWill・Can・Mustシートのような個人の能力開発を支援するツールで、選手に求められる要素を可視化し、選手とコーチの両者が進捗を確かめながら、各個人に合わせた成長をサポートするために使用されます。

選手は自身の「強み」や「弱み」を客観的に把握することができるため、「伸ばすべきポイント」を意識しながら毎日のトレーニングに励むことができ、結果としてトレーニングの効率性が高まります。

現在では選手データが蓄積されてことで、例えば「現役イングランド代表選手の15歳時点のデータ」と「自身のデータ」を比較することも可能となっています。

もちろん、監督やコーチの評価は「(大会成績ではなく)選手のIDPの改善にどれだけ貢献したか」が基準となるため、そこにコミットメントします。

また、このような運用が成り立つのは、クラブがトップチームを保有しているため育成した選手の出口があることと、移籍金によってアカデミーに再投資可能であるという基本構造が関係していると思われます。

Unsplash Jeffrey F Lin  

育成選手は毎年の3者面談で契約更新のプレッシャーを受ける

IDPに沿って1年間のトレーニングを行うと、各選手は振り返りの個人面談を行います。

面談は、選手・保護者・コーチを含めた3者が参加し、「(昨年と比較して)伸ばせた部分はどこだったのか?」「どうしてそれが実現できたのか?」「来年はどこを伸ばすか?」をコーチと擦り合わせて、IDPをブラッシュアップさせます。  

また、3者面談では選手の契約更新についても告げられ、契約を更新してもらえない選手も出てきます。その選手はクラブに協力してもらいながら、来年度プレーする他のチームを探します。

育成期間という位置付けですが、選手(学生)はクラブとの契約交渉というプレッシャーを受けます。

※厳密には、各アカデミーは「ディベロップメントチーム」と呼ばれる正式契約に至らない30名程度のサブチームも保持していますが、簡素化のため今回は省略します。

Unsplash / KOBU Agency

2010年W杯敗戦をキッカケに自国の育成戦略を策定したイングランド

イングランドサッカーが個人の能力開発を強めることになったのはW杯での敗戦がきっかけでした。

2010年に開催された南アフリカワールドカップのベスト16でイングランド代表はドイツに敗戦して有望な自国選手を輩出する必要性を感じ、エリート・プレイヤー・パフォーマンス・プラン(EPPP)という計画を作成。

EPPPは、リーグが中心となってサッカー協会や各クラブと共同で作成され、2012年から本格的にスタートしました。

EPPPは、9歳から23歳までを育成期間と捉えて、選手がサッカー界の内外で活躍するために、施設、教育環境、コーチの育成に対する目標設定を行いました。

(個人的には、選手のメンタル面のケアや生活習慣の改善を促すことが組み込まれている点は好印象を持ちました。)

「リーグには独自の教育部門があり、全てのアカデミー選手の技術、戦術、フィジカル、メンタル、ライフスタイル、福祉の向上をサポートするプログラムを実施している。」
プレミアリーグのEPPPより一部を抜粋 (Premier League, 2023)

ちなみに、EPPP作成時にイングランドサッカー協会の育成部門で中心的人物だった1人が現在のイングランド代表監督を務めるサウスゲイト氏でした。

イングランド代表監督サウスゲイト氏(Getty Images / Catherine Ivill)

最後に感想

マンチェスターシティのフォーデン、リバプールのトレント、チェルシーのジェームス、アーセナルのサカなど、イングランドでは近年有望な若手選手が次々にアカデミーから輩出されています。

選手個人と向き合って面談や評価を繰り返すのはコーチに膨大な工数が掛かるため、全てのチームが導入できるものではありませんし、例えば人数の多い日本の部活動の場合は運用しづらいと思いますが、参考にできる部分もあるのではないかと思いました。

おわり

Reference

England Football (2022). Personal Player Development Plans [online]. Available at: https://community.thefa.com/coaching/f/youth-club-football-forum/3275/personal-player-development-plans (Accessed 29th July 2023).

Indeed (No date). Individual Development Plan (With Template and Example) [online]. Available at: https://www.indeed.com/hire/c/info/individual-development-plan-examples (Accessed 29th July 2023).

Fifield, D. (2022). The EPPP 10 years on: Has it transformed English football for the better? [online]. Available at: https://theathletic.com/3904495/2022/11/18/eppp-england-academies-premier-league (Accessed 29th July 2023).

Premier League (2023). Long-term strategy designed to advance Premier League Youth Development [online]. Available at: https://www.premierleague.com/youth/EPPP (Accessed 29th July 2023).

Harris, J. (2023). Explained: When did Brentford restore their academy and why? [online]. Available at: https://theathletic.com/4563954/2023/06/02/brentford-academy-bedford-explained  (Accessed 10th August 2023).

Professional Footballer's Association (2023).  The After Academy: PFA confirmed as supporting partner to Trent Alexander-Arnold’s new initiative [online]. Available at: https://www.thepfa.com/news/2023/4/27/pfa-excited-to-support-trent-alexander-arnolds-after-academy  (Accessed 10th August 2023).

サムネイル画像:Unsplash / Adrià Crehuet Cano

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