【ヘドニックトレッドミル(快楽順応)】「長続きしない幸福感」を商品のアイデアで持続可能か考えてみた!
「ヘドニックトレッドミル」という言葉がある。人は幸福な状態にすぐ慣れてしまい一時満たされても次の欲望が生じてしまうことを指し、日本語では快楽順応(或いは適応)と呼ばれる。心理学者のフィリップ・ブリックマン氏と社会科学者のドナルド・T・キャンベル氏が1971年に発表した論文(Hedonic Relativism and Planning the Good Society)で提唱した理論で、宝くじの高額当選者が一年後にはそれ以前の幸福度に戻っていたことを追跡したブリックマン氏による調査結果に象徴される現象である。
宝くじほどの大きな出来事ではなくとも誰しも思い当たる節があるだろう。試験に受かった!プロジェクトが成功した!といった時のガッツポーズしたくなる大きな喜びもいつの間にか忘れていたりする。高層階からの素敵な眺望も見慣れると気にしなくなるのも同様かもしれない。
ヘドニックトレッドミルは、過度な刺激を避けるための「心理的免疫システム」という見方もあり辛い状態からの回復にも作用するようだ。ブリックマン氏の調査でも事故で体が不自由になり絶望した人たちが一年後には一定の幸福度に戻っていたことが判明している。
幸福感を長持ちさせる「意識的な感謝」と「喜びの多様性」
高い幸福感→元の状態に戻る→欲求が増すの「無限ループ」に陥るとなかなか主観的に幸福になれない。そこで満たされた状態を長続きさせる方法も提案されている。
米国ミズーリ大学の心理学教授ケン・シェルドン氏がカリフォルニア大学のソニア・リュボミルスキー教授と共に開発し2012年に発表した快楽適応予防モデルで「感謝(Appreciation)」と「変化/多様性(Variaty)」を挙げている*¹。「現状を意図的に味わうこと、または意図的に感謝の気持ちを育むこと」で欲のスパイラルに歯止めを掛け、「思い出に残るポジティブな経験をたくさんすること」で脳が一つの出来事にすぐになれてしまうことを防げるということだ。
意図的に味わう/感謝するというのは言葉にすると理解しにくいが、喜びに浮かれながらも一瞬我に返り今の状況を強く認識するイメージだろう。わたしも音楽ライブで盛り上がっている時などに一瞬自分を俯瞰してみることがある。今ここにいるんだと意図的に再認識してその場面を脳内キャプチャーしておくと、後でVR体験のように鮮明にその時の感情が蘇ってくる。既に実践済みの読者の方もいらっしゃるのかもしれない。
ただ、この教えを覚えている時は意識して感謝したり他の楽しみに注意を向けたりできるが、忘れていると目の前の快楽に心が奪われてしまう。せっかく上がったテンションを持続させられたら自分にも周囲にも良い影響を与えるのではないか。そのエネルギーを再利用できたらとも思う。そこで「商品」でそれをサポートできないか考えてみた。
【変化】日々の小さな変化を作る(毎日が単調にならない)
12月1日からクリスマスまでの24日間をカウントダウンする「アドベントカレンダー」というものがある。元々はキリスト降誕を待ち侘びるものだが、現代では日にちが印字された窓や袋を開けると中にお菓子などが入っているものが多く「娯楽的」な要素が強い。近年はシャネルのような高級化粧品ブランドも展開しており完全に商売になっている。
このアドベントカレンダーを通年化し、そのアイデアを快楽順応抑制に活かせるのではないかと考えた。例えば、毎日違う色や香りの「入浴剤」のカレンダーとかはどうだろうか。今日はどんな種類なのか開けてみないとわからないことは日常の小さなイベントになる。湯船に浸かる人の方が浸からない人よりも幸福度が高いという調査結果もあることから、入浴剤にこのアイデアを応用したら一石二鳥かもしれない。
リラックスのために毎日飲用するコーヒーや紅茶も対象物として良さそうだ。ネスプレッソやフランスの伝統的な紅茶ブランド・マリアージュフレールも毎年アドベントカレンダーを出している(通年商品の場合、包装はここまで重装備ではなくて良いが…)。
【感謝】良かったことを記録する(+振り返り再度味わう)
コミュニケーション支援を事業の核とする香港のCraft Internationalが2018年にリリースした三行日記アプリ「ハッピーノート」を始めてみた。その日に起きた良かったことや感謝したいことを3つ挙げて一日を振り返るノートで、仕事帰りなどのすきま時間にさらっと書けるので便利だ。
わたしはこのアプリに「ログ機能」があることに惹かれた。毎週、毎月、毎年など期間を設定すると該当する日付の過去の日記が表示される。数年続けていれば、去年、一昨年、三年前の今日何があったか一覧できる。その時の経験を再度味わえる自分専用のタイムカプセルみたいで面白そうだなと思った。
↑ 毎年度間隔に設定すると過去年の同日に書いたことが並列に表示される。忘れていたその時の気持ちも蘇りそうだ。
Forbesの関連記事には “特別幸せに感じている時こそ「活動スケジュール法」を実践するとよいかもしれない。” と書いてある。うつ状態の改善に用いられるツールだ。同記事では今の喜びをさらに増幅する行動予定を組むことを提案しているが、わたしは日ごとの活動記録の一つ一つにその時の気分をパーセンテージで表すところが応用できると感じた。
本来の用途は一週間を振り返り気分を軽くした活動を見つけ、その行動を増やして症状を良くすることにある。先述のハッピーノートにもこの機能があればと思う。「星評価☆☆☆☆☆」でも十分だろう。五つ星だった「良いこと」が一覧できると自分が何に喜びを感じるかメタ認知できて幸福な状態を増やせるのではないかと考えた。
【多様性】気軽にできる楽しみを増やす(喜びを分散)
シェルドン教授が指摘する「思い出に残るポジティブな経験をたくさんすること」も大切だ。好きなことがたくさんある人は、一つの幸福感に慣れてもまた別の喜びを得られるので幸せ気分を持続できる。ただお金が掛かることばかりだと大変だ。欧州では人を外出に誘う時によく「散歩に行こう」と言う。日本で「散歩」という言葉を使うのは気晴らしに一人でコンビニに行く時くらいなので、向こうで初めて言われた時には少し驚いた。
2012年に特定非営利活動法人issue+designが超高齢化社会をテーマにしたデザインコンペを開催していた。その公募作品に「歩いてしか行けないとこマップ」(八木祐理子さん発案)というのがあった。魅力的な店や景色のある徒歩限定の場所をルート化した地図で、高齢者が自主的に歩く動機付けをすることで生活習慣病予防を図り、且つ地域活性を目指す提案だった。
高齢者に限らずこういうマップをガイドに近場を散策するのは「発見」があって楽しそうだ。日常の小さな刺激になる。例えば家を購入して幸せ気分に満たされ、しばらくしてその気分が減退したら普段の通り道ではない近所の散策をしてみるのも良いのかもしれない。
2017年に浅草にオープンした「WIRED HOTEL ASAKUSA」(現在は浅草九倶楽部HOTEL)のロビーに掲示されたカード式の街案内「1 MILE GUIDE BOOK」の形式も良いと思う。表に「甘い金魚」などの内容を想起させる言葉が書かれており、裏をめくると飴細工の説明やそれが行われている場所が記載されている。愛媛県の湯治湯「喜助の湯」にも設置されているようなので街場の銭湯や喫茶店などにあっても良さそう。
現状を意図的に味わい感謝 ~ GWは試せるチャンス
最近では企業が「ウェルビーイング」を事業化する動きがあるが、ヘドニックトレッドミルを課題にした取り組みをまだ聞いたことがない。だが、幸せに慣れてしまう経験は誰にでもあるだろう。だからこそ、高まった幸福感を長持ちさせる方法を「自分事」として考えられるのではないかと思い、ヒントになるかどうか不明だがこの記事を書いてみた。
連休前に快楽順応の話をするのも野暮だが、もし楽しい最中にこのことを思い出したりしたらシェルドン氏の「現状を意図的に味わうこと、または意図的に感謝の気持ちを育むこと」を試してみてもらえたらと思う。
本当に快楽順応が減速するのか… わたしもやってみる。
《脚注》
参考文献:Gigazine「幸せに慣れて鈍感になってしまう『快楽適応』を避けるためにすべきこと」2018.12.27
*¹ Medium「Your Brain is Wired to Suck the Joy Out of Good News」2018.11.14
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ
(トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストを組み合わせて作成いたしました)
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