「匂いセンサー」が男性と女性の血圧の違いを説明?

2024年3月25日
全体に公開

若い女性の血圧が、同年代の男性よりも拡張期血圧(下の血圧)と収縮期血圧(上の血圧)の両方で10mmHgほど低いことはよく知られています。

この違いは性ホルモンによるものとされてきましたが、その理由は未だに不明です。例えば、閉経後の女性に対するホルモン補充療法は血圧を変えることはありませんし、高齢男性のテストステロン低下は心血管疾患のリスク増加と関連しており、性ホルモンだけでは説明できません。

同様なメスとオスの血圧の違いは、C57BL/6マウスでも観察され、メスはオスよりも約10 mmHg低いそうです。

3月20日のScience Advances誌に、ジョンズ・ホプキンス大学のチームが、マウスとヒトの両方のデータを用いて、匂いや化学物質を感知する細胞表面タンパク質の一つが、この血圧の性差に関与する可能性を示唆する研究を報告しています。

Xu J. et al. (2024) An evolutionarily conserved olfactory receptor is required for sex differences in blood pressure. Sci Adv. 10(12):eadk1487.

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adk1487

この研究は、プレプリントとして、2022年に公開されています。

チームは、嗅覚受容体の一つであるOlfr558が、体内で鼻以外に発現する場所を探す研究を行いました。Gタンパク質共役受容体 (GPCR) の最大のファミリーである嗅覚受容体は、合計約350個ほどがあります。そのなかでも、Olfr558は、ヒトやマウスを含む多くの哺乳類で進化の過程でよく保存されている3つののうちの 1 つです。この受容体のヒトバージョンはOR51E1と呼ばれています。

興味深いことに、チームは、腎臓でOlfr558が発現していることを見つけました。詳しく調べてみると、腎臓の血管細胞と、血圧の調節に重要な役割を果たすホルモン「レニン」を分泌する腎細胞の一種である傍糸球体細胞にこの受容体があることがわかりました。

冒頭でも説明したように、通常、Olfr558受容体のレベルが正常なオスのマウスは、メスよりも拡張期血圧と収縮期血圧が10ポイント高くなります。

そこで、Olfr558を持たないノックアウト(KO)マウスの血圧を測定してみました。メスのKOマウスでは血圧が上昇しましたが、オスのKOマウスでは血圧が低下し、血圧の性差が見られなくなりました(下の図で、平均動脈圧MAP、収縮期血圧SBP、拡張期血圧DBP)。 KOにおける性差の消失は、主にメスの血圧上昇によるもので、オスの血圧低下の寄与は小さいようです。

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adk1487

メスのKOマウスでは、脈波伝播速度(PWV、心臓から出て動脈を伝わっていく脈の速度)の上昇がみられました。これは、血管の壁が硬くなっている可能性を示しています。対照的に、オスのKO マウスはレニンの発現と活性が低下し、拡張期血圧が低下しているようです。

英国バイオバンクに保存されているヒトのゲノム情報を解析した結果、ヒト版の嗅覚受容体OR51E1にまれな変異が見つかりました。この変異を持つ50歳未満の女性では拡張期血圧が上昇しますが、男性では拡張期血圧が低下し、血圧に典型的な性差が見られないことがわかりました。

通常、嗅覚受容体は、嗅上皮に発現していて嗅覚に関与します。しかし、一部の嗅覚受容体は腎臓、目、前立腺、精子などの非嗅覚組織でも発現し、機能的な役割を果たしていることが知られています。これまでの研究では、Olfr558/OR51E1のリガンドは酪酸であり、IVA、VA、3-メチル吉草酸(3-MVA)、4-メチル吉草酸(4-MVA)、シクロブタンカルボン酸(CCA)などの他のリガンドでもあることがわかっています。しかし、このことと、血圧変動との関係は不明です。

このようなタンパク質受容体と血圧の性差との関連性は、長年知られてきた閉経前の女性と男性の血圧の違いについての原因の解明につながるほか、低血圧や高血圧の治療に役立つものと考えられます。

合成生物学は新たな産業革命の鍵となるか?」担当:山形方人

【合成生物学ポータル】 https://synbio.hatenablog.jp

【Twitter】  https://twitter.com/yamagatm3

応援ありがとうございます!
いいねして著者を応援してみませんか



このトピックスについて
津覇 ゆういさん、他1322人がフォローしています