人はなぜ間違えるのかー捏造や改竄を生む”不正のトライアングル”

2024年2月17日
全体に公開

  『冤罪学』の視点から考える「人はなぜ間違えるのか」、今回は人が捏造や改竄といった不正行為に及んでしまう要因について考えます。  

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不正のトライアングル理論とは

ホワイトカラー犯罪に関する犯罪学領域において、「不正のトライアングル理論」というものが提唱されています。

不正のトライアングル理論によれば、不正行為は、

動機:不正行為を実行することを欲する主観的事情

機会:不正行為の実行を可能ないし容易にする客観的環境

正当化:不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情

の3つの不正リスクが揃った時に発生すると言われています。

筆者が2023年のヨーロッパ犯罪学会にて用いたスライド

この不正のトライアングル理論は、今日では企業の内部不正防止等に幅広く応用されている知見になっています。

捜査機関による不正行為と不正のトライアングル

不正のトライアングルがどのようにして完成してしまうのかについて、捜査機関による証拠の改竄を例に見てみましょう。

まず、動機についてです。前回の記事「人はなぜ間違えるのかー間違いを認めない心理のメカニズム」で説明したとおり、人間の心理作用には認知的不協和というものがあります。その結果、人間は間違っていたかもしれないと気が付いてもそれを受け入れず、なんとか自分の考えなどを守ろうとしてしまうことがあります。そのため、有罪だと思っている容疑者の容疑を裏付ける証拠がいっこうに出てこない場合にはそれを作り出すという選択肢が浮かぶことになりますし、有罪だと思っていた容疑者の無実を示す証拠が出てきた場合にはそれを消すという選択肢が浮かぶことになります。このような動機は、刑事事件の解決を望む功名心や正義感、上司の命令や捜査のスケジュールから生まれるプレッシャーによっても増幅されてしまいます。実際に、厚労省元局長冤罪事件においては、主任検察官は有罪立証の妨げになるフロッピーディスクを「いやらしい証拠」だと思ったとされており、上司から元局長の検挙を「最低限の使命(ミッション)」と命じられていたため、そのような証拠が公判で問題になることで上司から叱責されることを懸念したことが、その改竄を行う動機になってしまいました。

次に、機会についてです。捜査機関は施設の誰からも見られていないスペースにおいて証拠に触れることができますし、証人と接触することもできます。厚労省元局長冤罪事件においては、当時、検察官が証拠そのものを利用してその内容を分析するという取扱いがされていたため、主任検察官はフロッピーディスクそのものに触れて中身を操作することができました。

最後に、正当化についてです。捜査官が容疑者こそ犯人に間違いないと信じていた場合、悪い人を捕まえるためには多少の不正はやむを得ない、むしろそれも正義のためだなどと正当化してしまうおそれがあります。厚労省元局長冤罪事件は、国家機関内での犯罪が問題になるという重大事件の捜査であったことが不正行為の正当化に結びついてしまった可能性があります。

このようにして見るととても怖いことに気が付きます。それは、容疑者の有罪を信じている捜査官は、動機・機会・正当化の不正のトライアングルが常に完成してしまいかねないということです。

Getty Imagesのmiodrag ignjatovicの写真

不正行為を防ぐためには

結局、厚労省元局長冤罪事件の主任検察官については証拠隠滅罪で有罪判決が宣告されました。その判決文では「我が国の刑事裁判史上例を見ない犯罪であり、刑事司法の公正さを揺るがした」と判示されています。

再発防止のためには不正行為の処罰は必要不可欠です。不正行為が処罰されないとなると、それ自体が不正のトライアングルにおける「機会」を形成するからです。

ただし、不正行為を処罰するだけではその再発防止は図れません。なぜなら、不正行為の原因についてきちんと対処しなければまた同じ原因で同じような不正行為が生まれてしまうからです。不正行為に至った個人の問題ではなく、不正行為を生んだ組織や環境の問題として再発防止策を講じる必要があります。

不正のトライアングル理論を前提にす、不正行為は動機・機会・正当化の各要素を低減させることが予防策になると考えられています。例えば、「組織における内部不正防止ガイドライン」によれば、次のような観点から再発防止策を講ずるものとされています。

①犯行を難しくする(やりにくくする)

②捕まるリスクを高める(やると見つかる)

③犯行の見返りを減らす(割に合わない)

④犯行の誘引を減らす(その気にさせない)

⑤犯行の弁明をさせない(言い訳させない)

実際に、厚労省元局長冤罪事件の再発防止策としては、特捜部の捜査に対する上からのチェックと横からのチェックを制度化、電子データは複製して原本は操作しないというルールの制定などが行われています。

Getty ImagesのUrupongの写真

おわりに

再発防止策を講じただけで満足してしまってはいけません。再発防止策は時間の経過とともに形骸化したり、弱点が判明することもあります。

重要なことは、そのような再発防止策がきちんと機能しているかどうかを定期的に点検することです。

今回の記事は捜査機関だけの問題に留まらず、どのような組織にも生じ得る問題です。

そのような問題に対応するにあたり、不正のトライアングルのような専門的知見がヒントになれば幸いです。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼「冤罪学」、有限責任監査法人トーマツ『リスクマネジメントのプロセスと実務』、独立行政法人情報処理推進機構「組織における内部不正防止ガイドライン」。なお、記事タイトルの写真についてはGetty ImagesのThx4Stock の写真。

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