【実録】喧嘩を止めたら容疑者にースナック喧嘩犯人誤認事件・前編ー

2023年11月1日
全体に公開

以前の記事「【保存版】痴漢冤罪ー痴漢に間違えられた人や犯人を間違えたくない被害者はどうすれば良いのかー」で、冤罪は他人事だと思われてしまいがちだという問題点をお伝えしました。 

そこで今回は、私が実際に弁護人を担当した冤罪事件を紹介します。この事件は私も冤罪事件に巻き込まれてしまうかもしれないと特に感じた事件だったからです。

この事件では、冤罪であるにもかかわらず傷害を負わせた犯人として懲役1年6月を求刑されました。

それでは、現実の冤罪事件はどのようなものなのかについて解説します。

※ありがたいことに、こちらの弁護活動について季刊刑事弁護の新人賞(最優秀賞)をいただきました。本トピックスでは刑事弁護向けの弁護レポートではなく、一般の方にも分かりやすくどのような事件だったかという観点から書きたいと思います。

スナックへの入店

私の依頼者の小林さん(仮名)は、仕事で付き合いのある吉川さん(仮名)と軽く飲んだ後、二次会として何度か行ったことのあるスナックに入りました。

お店のドアの前や店内のカウンター席では若い男女の客が泥酔していちゃいちゃしており、「スナックでの飲み方を知らないな」と思ったそうです。

店内はほぼ満席で、店の奥のボックス席を空けてもらって座りました。若い男女が騒いでいる様子に空気の悪さを感じつつも、小林さんたちは気を取り直して飲むことにしました。

吉川さんはカラオケが好きで、その日も店内で一人で歌い、小林さんは飲みながら手拍子をしたりしていました。

Getty ImagesのVershininの写真

喧嘩の発端

吉川さんが1曲目を歌い終わり、他のお客さんが何曲から歌ってから、2曲目に入りました。吉川さんはボックス席で立って歌うと歌詞が見えずらかったことから、小林さんの背中側に少し動いてカウンター席の横に立って歌いました。

小林さんは前を向きながらお酒を飲んでいると、2曲目が終わろうとしている時に、後ろから吉川さんの「おい」という大きな声が聞こえました。振り返ると吉川さんがカウンター席に座っていた宮本さん(仮名)と口論になっていました。

後から分かることなのですが、カウンター席に座っていた宮本さんは吉川さんの歌を真横で聞くことになり、「うるせえなあ」と小声で毒づいたところ、それが吉川さんに聞こえてしまったため喧嘩になってしまったのです。

しかし、当時、前を向いてお酒を飲んでいた小林さんはそんなことを全く知りません。小林さんとしては、理由は分からないものの、吉川さんが誰かと口論になっていることに驚くとともに、二人は今にももみ合いになりそうな物々しい雰囲気であることに気が付きました。

Getty ImagesのWirestockの写真

事件の発生

小林さんは当時、二人の横の壁に並んでいたお酒のボトルを落としてしまうと危ないし、喧嘩はお店の迷惑になると考えたそうです。

そこで、小林さんは立ち上がり、吉川さんの背中を後ろから押して、2人を店の外に出そうとしました。周りからも続々と人が2人を止めようと集まってきます。

結局、皆で吉川さんと宮本さんを店の外に出すことができたのですが、小林さんが店内に再び戻ってきたとき、宮本さんと一緒に飲んでいた佐々木さん(仮名)という男性が床に倒れていたそうです。実は、佐々木さんは全治2カ月を要する左眼底の骨折という大怪我をしていたのです。

何も知らない小林さんは、倒れている佐々木さんを見て急性アルコール中毒だと勘違いし、救急車を呼ぶように店内の人に声をかけたそうです。

Getty ImagesのPNCの写真

事件の捜査

お店には救急車と警察が駆けつけます。その場で宮本さんと一緒に飲んでいた人たちが佐々木さんは吉川さんに殴られたと警察に言いました。そのため、吉川さんは警察に現行犯人逮捕されました。

小林さんは逮捕されてしまった吉川さんが心配になり、タクシーで警察署までついていきました。朝まで吉川さんを待っていたのですが、その日は釈放されなかったことから家に帰ることにしました。

ところが、その約9か月後、警察が小林さんの元を尋ねてきました。

ちょっと、お話を聞かせてもらえますか
Getty ImagesのJFLAURINの写真

小林さんはその時点では自分が犯人として疑われているなんて夢にも思いませんでした。自分の記憶のとおり警察の質問に答えました。

その6日後、再び警察署に呼ばれます。

この時、小林さんはある供述調書の記載に気が付きました。

「上記の者に対する暴行、傷害被疑事件につき、令和2年11月25日、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がない旨告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した」

「被疑者」、つまり小林さんは佐々木さんを殴った犯人だと警察から疑われていたのです。

Getty ImagesのAtstock Productionsの写真

冤罪の発生

検察庁でも検察官の取調べを受けることになりました。小林さんは、自分は何もしていないと懸命に検察官に説明しました。しかし、いくら説明しても聞き入れられない雰囲気です。小林さんとしてはなぜこのようなことになってしまっているのかまるで分かりません。

事件から1年半が経過したとき、小林さんのもとに起訴状が届きます。小林さんは、傷害罪の被告人として刑事裁判を受けることになりました。驚いた小林さんは、私たちの事務所に訪れることになったのです。

なぜ小林さんが犯人だと疑われ起訴されてしまったのか、刑事裁判がどのように進んだのか、それは次回の「喧嘩を止めたら刑事裁判にースナック喧嘩犯人誤認事件・後編ー」に続きます。

参考文献:大阪地判令和5年1月17日、冤罪File 2023年夏号(メディアックス)。なお、記事タイトルの写真についてGetty Imagesのstu99の写真。

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