トランスジェンダーの戸籍変更要件違憲判決

2023年10月31日
全体に公開

弁護士の最所です。

10月25日にトランスジェンダーの戸籍の変更について、最高裁の決定が出されました。最高裁は、戸籍変更に必要な要件として掲げられている特例法3条1項4号の、手術要件を違憲と判断しています。なお、同条同項5号の外観要件についての憲法判断はなされていません。

インターネット上での様々な投稿を見ると、最高裁の判断の内容を誤解されている人が多いのではないかと思っています。

そもそも、最高裁は、トランスジェンダーの戸籍が変更された場合に、変更後の性別のトイレを使用できるとか、公衆浴場に変更後の性別として入浴できるとか、そのような判断は全くしていません。

最高裁は、性同一性障害の人の戸籍を変更する為に要求されている4号の手術要件に関して、概ね、次のとおり、判断しました(「 」引用部分は、判旨より引用。)。

①「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」が憲法13条によって保証されること、

②生殖腺除去手術は「生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果をもたらす身体への強度な侵襲である」から、それが強制される場合には、「身体への侵襲を受けない自由」に対する重大な制約に当たること、

③「性別変更審判を受けるためには」、生殖腺除去手術を受けることを余儀なくされ「身体への侵襲を受けない自由」が制約されることから、

④それが正当化される為には「規定の目的のために制約が必要とされる程度と制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を比較して判断されるべき」であるとし、

⑤「身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはでき」ず、憲法13条に違反する、このように判断しました。

要するに、戸籍を変更する為の要件として、手術要件を必要とすることが、「身体への侵襲を受けない自由」に対する重大な制約であって、その制約を必要かつ合理的なものであるということができないから、憲法13条に違反する、最高裁は、このように判断した、というものです。

最高裁は、上記判断以上に、変更後の性別のトイレを使用できるとか、公衆浴場に変更後の性別として入浴できるとか、そのようなことについての判断は、全く行っていません。

むしろ、5号についても違憲であると判断した三浦守裁判官は、自身の反対意見の中で、公衆浴場における「身体的な外観に基づく男女の区別には相当な理由がある」とした上で「上記男女の区別は、法律に基づく事業者の措置という形で社会生活上の規範を構成している」と述べ、さらに、「浴室の区分や利用に関し」「条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができ」「公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる」と述べています。

三浦守裁判官の意見では、仮に、戸籍の変更に、5号の外観要件を不要とした場合であっても、男性から女性に戸籍が変更されたトランスジェンダーが、外観要件を満たしていない場合には、女性として公衆浴場を利用することを制限しうるとの見解を示したということもできます。

そもそも戸籍の変更と、公衆浴場やトイレの利用との間には、何らの関係性もありません。

少数者であるトランスジェンダーに対して、特別な配慮が必要であるというのは、その通りですが、戸籍が変更されたから、当然に女性用の浴室に入ることができるというものでもありませんし、当然に、トイレを使用できるというものでもありません。

その意味では、トイレの利用や公衆浴場の利用は、それ自体、戸籍の変更とは何らの関係もないはずなのですが、その点を誤解されている方が、非常に多いように思われます。

確かに、経産省のケースでは、女性用のトイレの利用が問題となりました。ただ、経産省のケースは、不特定又は多数の人々による使用が想定されている場所ではなく、想定されているのは職員のみ、また、「例外的」取扱について検討すべきなのは、特定のトランスジェンダーのみという極めて限定されたケースに関する判断です。

(「経産省のトイレ使用制限(最高裁)」についてのブログ

特定の個人に対して、使用者が配慮すべき義務に関する判断で、不特定又は多数の人々による使用が想定されている場所において、当然に、女性用トイレを使用できるとの判断がなされたものではありません。

また、今回、最高裁は、特例法3条1項4号の手術要件について違憲判断を行いましたが、これによって、直ちに法律自体が無効となるものではありません。違憲判決を受けて、国会には、法律を改正することが求められている、現状は、そのような状況です。

法律を改正するにあたり、国会においても様々な議論がなされ、トランスジェンダーが性別を変更することに伴う一般の人が抱く様々な不安(それがトランスジェンダーに対する理解が不十分なことから生じるものであれば、十分な説明が必要でしょう。)を解消するような手立ては必要だと思います。

おそらく、一般の人が漠然として抱いている不安としては、戸籍上の性別が男性から女性となった場合、女性であることが原則となって、トランス女性に対する別異取り扱いが例外的なものとなる、その場合、トランス女性の存在が「蟻の穴」となってしまい、これまで、女性だけのテリトリーとして捉えられていた場所にも、男性が入り込んできてしまう、そういった不安感があるのかもしれません。

また、性別変更の要件が緩やかになることによって、男性と女性との壁が壊され、これまで女性だけのテリトリーとされていたところに、男性が入り込んできてしまうのではないか、そのような不安があるのかもしれません。

ただ、いずれにしても、圧倒的な少数者であるトランスジェンダーに対し、日常生活上の著しい不利益が生じているのであれば、それを解消しなければならないことも、国家に課せられた義務であると思います。

トランスジェンダーが普通の生活を送ることが出来る社会となるよう、冷静な議論と検討がなされなければならない、そのように考えています。

(見出画像:gettyimages)

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