【解説】性同一性障害特例法の生殖不能要件違憲決定

2023年10月25日
全体に公開

本日、最高裁が性同一障害特例法の生殖不能要件について戦後12例目の法令違憲決定を出しました(※法令違憲:具体的な事例に関わらず、法律自体が違憲・無効だと宣言する判決・決定)。

これにともない、ネット上では「男性器のある人が女子トイレや女風呂に入れるのでは?」などの様々な憶測や不安が飛び交っています。

このような疑問に答えるために、実際の決定文をもとに違憲決定を解説させていただきます。

戸籍上の性別変更のルール

生物学的な性別と心理的な性別が異なる「性同一性障がい者」については、家庭裁判所が性別の取り扱いの変更の審判をすることができるとされています。性別変更の要件としては、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が次のとおり定めています。

●「性同一性障がい者であること」(2条):生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているもの

●「十八歳以上であること」(3条1項1号)

●「現に婚姻をしていないこと」(3条1項2号)

●「現に未成年の子がいないこと」(3条1項3号)

●「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(3条1項4号:生殖不能要件)

●「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」(3条1項5号:外観要件)

特に、問題とされているのが生殖不能要件(4号要件)と呼ばれる「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」と、外観要件(5号要件)である 「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」です。

これらは、体に何も問題がなく心の問題を抱えている人に対して、心の性に戸籍上変更するために手術を強制しているということが問題になっていました。

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性同一障害特例法違憲決定

まず、4号要件と5号要件が違憲無効であって、手術をしていなくとも戸籍上の性別変更が認められるべきだと主張した人が違憲訴訟を提起しましたが、2019年に最高裁は合憲と判断しました

4年後に同じ訴訟が提起され、地裁・高裁は違憲主張を退けましたが、最高裁は大法廷で最高裁裁判官15人全員で判断することにしました。

そして、本日、最高裁は、違憲と判断しました。

最判令和5年10月25日

なお、原審である高裁が生殖不能要件についてのみ判断し、外観要件については判断しなかったため、生殖不能要件についてだけ判断された形にはなりましたが、最高裁裁判官のうち3人は生殖不能要件に加えて外観要件も違憲だという反対意見を付しました

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生殖不能要件の必要性に関する判断

最高裁は、まず生殖不能要件の目的や必要性について、「社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくものと解される」としました。

要するに、子が生まれた場合、「女である父」や「男である母」が生まれてしまうということです。これは2019年に重視されたことでもありました。

しかし、最高裁はこれについて次のとおり判断しました。

「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する不快感等を解消するために治療として生殖腺除去手術を受ける者も相当数存在することに加え、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を有する者も少なくないと思われることからすると、本件規定がなかったとしても、生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことであると考えられる。」

「性別変更審判を受けた者が変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」 や「男である母」が存在するという事態が生じ得るところ、そもそも平成20年改正により、成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合には、「女である父」や「男である母」の存在が肯認されることとなったが、現在までの間 に、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたとはうかがわれない。」

「これに加えて、特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けるに至っている中で、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われていることからすると、上記の事態が生じ得ることが社会全体にとって予期せぬ急激な変化に当たるとまではいい難い。」

「以上検討したところによれば、特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。」

要するに、そもそも不具合が生じることはまれであって社会的な混乱というのは大きなものではなく、それも社会のジェンダーに対する理解の促進も相まって予期せぬ急激な変化とまでは言えないということです。

既に世の中には子を持つトランスジェンダーの方々もいるのであって、それで何か混乱が生じているということはありません。むしろそれで何か混乱が起きるのであれば、それは社会実態に法が追いついていないのかもしれません。

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生殖不能要件による人権制約に関する判断

次に、最高裁は生殖不能要件による人権制約の大きさについて、次のように評価しました。

「特例法の制定趣旨は、性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにあると解されるところ、その制定当時、生殖腺除去手術を含む性別適合手術は段階的治療における最終段階の治療として位置付けられていたことからすれば、性別変更審判を求める者について生殖腺除去手術を受けたことを前提とする要件を課すことは、性同一性障害についての必要な治療を受けた者を対象とする点で医学的にも合理的関連性を有するものであったということができる。」

「しかしながら、特例法の制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し、性同一性障害を有する者の示す症状及びこれに対する治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない。

「そして、本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。」

「また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっているというべきである。 」

要するに、生殖不能要件は、法律を作った時の知見に照らせば合理的であったものの、その後の医学的知見の進展によってもはや合理的とはいえなくなってしまっており、現在は不要な手術を受けるか、性自認に従った性別の取り扱いを受けることを諦めるかという過酷な二者択一を迫るものになってしまっているということです。

最高裁の結論

以上を踏まえた最高裁の結論は以下のとおりです。

「以上を踏まえると、本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない

よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。」

今まで記載したように、必要性が低減しているのに対して人権への制約が重大であるため、憲法13条の幸福追求権に反し違憲だと判断しました。

最高裁は生殖不能要件だけについて違憲と判断して事件を高裁に差し戻したため、今後は高裁で外観要件についても違憲性の判断が行われることになります。

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女風呂に男性器のある戸籍上の「女性」が入れるのか?

最高裁の多数意見は特に触れていませんが、社会的にこのような不安の声もあることを念頭に、複数の裁判官が意見を付しています。

特に、三浦守裁判官は次のような意見を書いています。

「5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される。」「このような浴室の区分は、風紀を維持し、利用者が羞恥を感じることなく安心して利用できる環境を確保するものと解されるが、これは、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされているということができる。 事業者が営む施設について不特定多数人が裸になって利用するという公衆浴場等の性質に照らし、このような身体的な外観に基づく男女の区分には相当な理由がある。厚生労働大臣の技術的助言やこれを踏まえた条例の基準も同様の意味に解され (令和5年6月23日付け薬生衛発第0623号厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生課長通知参照)、上記男女の区分は、法律に基づく事業者の措置という形で社会生活上の規範を構成しているとみることができる。5号規定は、この規範を前提として性別変更審判の要件を規定するものであり、5号規定がその規範を定めているわけではない。

「5号規定がなければ、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用の公衆浴場等に入ってくるという指摘がある。しかし、5号規定は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり、5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。

要するに、戸籍上の性別とどちらの性の風呂に入るかは別のルールの問題ということです。

どちらの風呂に入るのかということは身体的な外観によって決めるという社会的なルールがあるのであって、女性の戸籍になったからといって異性の風呂に入れるわけではないし、戸籍法がそのようなルールを決めるものではないのです。

また、性別の変更は、治療を踏まえた医師2人以上の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として行われるものであり(特例法2条)、自称するだけの状態とは全く異なります。

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女子トイレ・更衣室に男性器のある戸籍上の「女性」が入れるのか

この問題についても、三浦守裁判官は次のような意見を書いています。

「トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘がある。しかし、トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではないから、5号規定がトイレ等における混乱の回避を目的とするものとは解されない。利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方とし て、個別の実情に応じ適切な対応が求められる。このように、トイレ等の利用の関係で、5号規定による制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである。」

要するに、女風呂の場合と同じく、戸籍上の性別はトイレや更衣室の区分とも別のルールの問題だということです。

どちらのトイレや更衣室を使うのかは、その施設等の状況に応じて個別具体的に決められるものであって、女性の戸籍をもっているからといって当然に法律上女子トイレや更衣室が使えるわけではないということです。

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さいごに

上記の三浦守裁判官は今回の決定で次のように述べました。

指定された性と性自認が一致しない者の苦痛や不利益は、その尊厳と生存に関わる広範な問題を含んでいる。民主主義的なプロセスにおいて、このような少数者の権利利益が軽んじられてはならない。

そもそも、最高裁判所は「憲法の番人」や「人権の最後の砦」と言われています。

国会や内閣といった多数派に基づく国家権力は、現実において少数派を迫害してしまうことがあります。選挙等によって選ばれるわけではない司法は、これらの権力から独立して、人権侵害がないかを判断する立場だということです。

だからこそ、今回のような性的少数者の人権については、特に裁判所が判断を下すべき事項であり、三浦守裁判官の上記の意見もそれを踏まえたものでした。

今回のようなニュースについては、ソースにあたることが最も重要だと思っています。憶測に基づく不安を流布してしまうことこそが一番の混乱の原因です。

最高裁判所も近時は判決文を当日中に公開するようになりました。私も司法と市民をつなぐ立場として、その最高裁の言葉を分かりやすい形で一人でも多くに届けたいと思っています。

ぜひ一人でも多くにこの決定文を届けるために拡散していただけると嬉しいです。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:最高裁令和5年10月25日、春山習「性同一性障害者特例法違憲訴訟の大法廷回付について」。なお、記事タイトルの写真についてGetty Imagesの Anastassiya Bezhekeneva の写真。

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