【考察】ビジョナルは成長戦略の転換点、「大M&A時代」が到来する

2023年9月27日
全体に公開

村上誠典です。さて、ビジョナルの業績が素晴らしく好調です。先日2023年7月期の通期決算発表を行い、同時にプライム市場への市場変更を行う予定である旨を発表しました。時価総額も3,000億円程度と上場時の初値水準を維持しています。

今回はグロース市場で最も時価総額が高く、日本のVCエコシステムから誕生したスタートアップとして、メルカリ(約5,000億円)、SHIFT(約5,000億円)、マネーフォワード(約2,500億円)、ANYCOLOR(約2,200億円)、カバー(約1,500億円)、freee(約1,500億円)、Sansan(約1,500億円)に並ぶポストIPOスタートアップの1社であるビジョナルについて、現状、そして今後の戦略について考察してみたいと思います。結論として、今後より大胆に成長戦略を転換してくると考えています。

目次

  1. ビジョナルの事業構成
  2. 成長率とポテンシャル
  3. 株価は踊り場
  4. 高いキャッシュフロー創出力と財務基盤
  5. オーガニックなSaaS事業での飛躍は時間がかかる
  6. 成長性を財務余力が凌駕するフェーズへ
  7. スタートアップの「大M&A時代」の到来へ

ビジョナルの事業構成

創業BIZREACH事業を中心にHR領域で成長を続けていますが、周辺のHR関連事業、またLUXAなど非HR事業も積極的に手掛けてきています。足元の主力サービスはBIZREACHとHRMOS(SaaS事業)になっています。

かなり積極的に新規事業や小型M&Aを推進。事業売却の実績もある

報告セグメントは以下の2つ(+関連会社)で構成されており、主な黒字事業はHR TechセグメントのBIZREACH事業でそれ以外は財務規律を効かせながらも先行投資フェーズ(赤字)になっています。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

実際は主力事業のBIZREACH事業も事業別に開示しているので、投資家はBIZREACH、HRMOS、Incubation事業の3つに分けて財務数値を確認することができます。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

成長率とポテンシャル

驚こくべきは過去2年間の高い成長率です。IPOはFY22/7の高い成長が見込まれるタイミングかつ、市場環境が最も良好だった2021年春に実施しています。コロナで一旦ブレーキがかかったとはいえ、FY21/7から2年で倍近い売上高の拡大を実現していることは採用関連事業とはいえ脅威的です。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

ただ、足元ではBIZREACH事業の成長率の鈍化が顕著になってきています。四半期別にYoY成長率を見てみると、39%→31%→24%→22%とどんどん低下してきています。このセグメントには50%成長を続けているHRMOSも含まれていますので、BIZREACH単体だともう少し低いことにも留意が必要です。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

足元のモメンタムを反映し、FY24/7は連結売上高成長率を18%と設定し、主力BIZREACH事業も20%となっています。昨年度の四半期売上の推移から見ると20%でもチャレンジグに見えますが、これまでの予算達成精度を考えると是が非でもこの数字は達成してくるのではないかと期待させます。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

今後、主力のBIZREACH事業がどれだけ成長し続けられるかが焦点の一つですが、それを占うにはもう少し細かいKPIを見ていく必要があります。

現状、ダイレクトリクルーティングが浸透してきたことで、直接採用企業の割合が7割に達しています。すなわちヘッドハンターに依存しない形で成長が実現できる基盤が整っています。これは強みの一つです。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

実際利用ヘッドハンター数も年率10-20%で増加していますが、ヘッドハンターへの依存が大きすぎると、ヘッドハンターあたりの成約数にも限界がありますから、成長のボトルネックになりかねません。実際に20-30%の成長を実現してきたドライバーは、利用企業数の増加にあるように思われます。実際に導入企業数は25%程度、利用企業数は30%と高い成長率で拡大しています。スカウト可能会員数も25%程度で成長を続けているため、需要と供給側の双方がバランス良く成長できていることが確認できます。それでも、このペースを維持し続けるのは難しく、今期は20%程度が妥当であろういう会社の判断かと思います。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

BIZREACHの躍進は2013年のアベノミクスと完全に重なります。景気が良いと企業の採用ニーズが高まるため、またリーマンショック以降、企業が収益性向上、ROE向上に対する意識が高まり、並行して終身雇用が徐々に崩れ、かつより生産性の高いハイスキル人材、即戦力人材のニーズが高まりました。それもあってか、この10年は一時コロナがあったものの、既存顧客の売上高(NRRに相当)は採用市場らしく年度ごとにばらつきはあるものの、ならしてみれば100%を超えて拡大しているように見えます。詳細は数字は開示されていませんが、この点が事業の安定性と成長性につながっていると思われます。とはいえ、顧客あたりの売上高も一定程度高くなってきたせいか、NRRも100%を大きく超える水準ではないため、今後の成長はより新規企業による利用拡大がメインになってくるフェーズに差し掛かっているように思います。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

ただ、一点注意すべき点があります。当方も人材採用系の事業はリーマンショック前にインテリジェンス(既にテンプが買収済み)が急速に減速した時にかなり痛い目を見た経験があります。それだけ採用市場の冷え込みリスクは高いため、この10年は比較的堅調でしたが、今後には注視が必要でもあります。この点は、いかに成長を続けても高いPERで評価されずらい要因にもなっていると考えられます。

とはいえ、BIZREACHの強みは単純な採用市場ではなく、新たに開拓したダイレクトリクルーテイング市場であり、まだまだ全体の採用市場からするとマイノリティであると考えれば、景気による影響は比較的受け難いという強みもあるとは思います。

株価は踊り場

これだけ堅実かつ高い売上高成長率を実績で見せ続けてきたにもかかわらず、上場してから2年半の株価推移は、一言で言えばボックス圏に留まっています。PERは30倍程度で現在推移しています。

上場来の株価推移。公開価格5,000円は常に上回るも、初値7,150円あたりのボックス圏で推移

本来であればこれだけ成長しているともっと株価が上がっても良いと思われるかもしれません。実際には、2021年4月時点のIPOでは市場環境が極めて良く、来期・再来期の成長性を一定程度織り込んでいたものと思われます。実際に想定以上の成長を遂げた部分もあるかもしれません。その材料が強く見られたタイミングでは一時1万円を超える時期もありましたが、徐々に足元の成長性の鈍化が顕在化しいてくると、短期的に飛躍的に株価を上昇させる材料にかけるということで、今のボックス圏で推移しているものと考えられます。

高いキャッシュフロー創出力と財務基盤

成長性に加えて、もう一点大きな強みがあります。強固な財務モデルです。

高い営業利益率

まず一般的なスタートアップと比較して際立っているのが、高い営業利益率です。SaaS事業のように将来的な営業利益率が高いモデルもありますが、多くの企業は成長の半で赤字もしくは低い利益率にとどまっていることが一般的です。かなり成長しない限り、大きな利益創出に至らないモデルがスタートアップには多数存在します。

BIZREACHは違います。上場前から(少なくとも)3期黒字を継続していることも勿論ですが、何より凄いのが、この2年間の営業利益の成長率です。実に5.6倍に拡大しています。そして、その額も脅威的です。132億円、スタートアップでこれだけの営業利益を単年度で稼ぎ出した会社があったでしょうか。

実は同時期にメルカリがようやく大きな利益創出を実現しました、その額170億円。単体でこそ272億円(海外赤字で相殺)と脅威的ですが、キャッシュフロー効率が悪いため、利益ほど資金が使えないビジネスでもあります。他にはSHIFTも今期(2023年8月期)の営業利益予想を94億円と開示しており、国内でトップの営業利益額になっています。

その他冒頭で紹介した企業では、マネーフォワードやfreeeは赤字、Sansanは2億円の黒字にとどまります。高収益モデルのVTuberのカバーでさえ2024年3月期で46億円の予想、Anycolorが2024年4月期に127億円を予想しています。近年エコシステムも発展し、少しずつ100億円規模の利益が出せる会社が出てきていますが、まだ少数です。ビジョナルが如何に稼ぐ力が強いかが見て取れます(注:人材事業ゆえのボラティティは留意)。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

実はより脅威的なのはBIZREACH事業単体の利益率です。実に本社費配布前で40%を超える営業利益率を誇ります。これはB2B向け事業を行うスタートアップの中では圧倒的な水準です。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

圧倒的なキャッシュフロー創出力

そして同規模の営業利益を稼ぐメルカリよりも圧倒的に優れている点がキャッシュフロー創出力です。キャッシュフロー計算書を見てもらうと、稼いだ利益から税金を引いた額以上の資金効率を実現しています。全く期中に稼いだ利益が無駄にならず投資資金に回すことが可能なのです。

2023年7月期通期決算短信資料より

結果、ビジョナルはほぼ無借金経営を実現しています。

2023年7月期通期決算短信資料より

加えて、積み上がった利益により、手元現金は412億円まで拡大しています。これが脅威的だと思うのです。マネーフォワードやfreeeも近い水準の現金を保有していますが、彼らはまだ毎年事業投資(=赤字)で現金が減っていく状態にあります。したがって、全額投資することはできないわけです。一方で、ビジョナルは今後ますます利益が拡大するため、ある程度投資をしていっても最低100億円の現金の積み増しが期待される段階に達しています。単純計算だとあと5年もすれば1,000億円を超える現金をバランスシートに保有することになります(※勿論投資するし、投資しないなら株主還元が必要です)。

2023年7月期通期決算短信資料より

のれんに負けない財務基盤

さらに注目すべきは純資産額です。391億円(のれんが28億円存在)とポストIPOスタートアップの中で屈指の財務基盤を誇ります。大きなM&Aを実施する際にネックになるのが、純資産やのれんであることを考えると、これは大きな強みになります。

2023年7月期通期決算短信資料より

オーガニックなSaaS事業での飛躍は時間がかかる

今後売上高成長が期待されるポートフォリオ(=既存事業)の筆頭はHRMOSになります。確かに新規事業として50%成長は立派ですし、売上22億円も素晴らしいと思います。ただ、4年かけて売上を15億円増加させるに留まっており、その間グループ全体では350億円売上が拡大しているわけですから、貢献度は4%に留まります。グループ全体の成長力、稼ぐ力からすると成長貢献は小さすぎるのです。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

一方で、さらに踏み込んで成長を加速するのかと思えば、むしろ前期からコストコントロールによる財務規律を重視しています。むしろ3年後の黒字化をコミットし、成長よりも採算確保を重視した経営に切り替えているわけです。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

成長性を財務余力が凌駕するフェーズへ

ここまでのまとめになりますが、BIZRREACHの稼ぐ力は脅威的です。これまで同様の稼ぐ力を手に入れたメルカリやSmartNewsは大胆にその資金を海外事業に投資してきました。ところが、BIZRREACHはそこまで大胆には仕掛けてきていません。確かに上場前は難しい側面もあっただろうし、せいぜい利益額も20億円程度でした。ただ、それがこの2年間で急速に拡大し、今後も益々拡大することが期待されるようになったのです。

今後、財務余力(=投資可能額)は益々拡大していきますが、一方で連結ベースで見た成長性は鈍化していくことが想定されます。今期こそ20%の成長が実現できたとしても、来期以降は20%を割り込んでくる可能性があります。そうすると、大企業のような低成長安定事業とみなされ、PERが現状の30倍から20倍、場合によっては10倍を割り込むような水準まで低下するリスクもあります。スタートアップでは以前DeNAなどがゲーム事業で安定的な利益を創出していましたが、一時期PERは6-8倍まで低下していました。この事業にも人材市場特有のマクロ要因によりPERが低くなる特性があります。パソナのPERが10倍であることが良い例でしょう。

そうすれば、仮に300億円の当期純利益、すなわち今の倍=450億円の営業利益まで拡大したとしても株価が上がらない可能性があるのです。

これまでは成長性>財務余力だったかもしれません。そして、多くのスタートアップは成長性>>>財務余力であることが一般的です。ただ、この数年、そして今後数年でビジョナルは一気に、財務余力>>成長性というフェーズに、パラダイムシフトが起きるわけです。これが冒頭に成長戦略の転換点にあると私が指摘したポイントになります。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

スタートアップの「大M&A時代」の到来へ

では、今後ビジョナルはどうしかけてくるでしょうか。株主宛に以下のミッションコミットメントをしています。3つの軸がありますが、最後の一点が新規事業創出とM&Aになります。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

実際、これまでもHRMOSに代表されるように新規事業は立ち上げてきました。ただ、上述した通りこれでは時間がかかりすぎるのです。また、M&Aもこれまで比較的積極的に行ってきています。スタートアップの中では多い方だと思います。

2023年7月期通期決算会社説明資料より

では、どうするのか。当方の予想はこれまでにない規模の大胆なM&Aということになろうかと思います。数億円から10億円程度ではなく、数百億円、なんなら1,000億円を超えるようなM&Aも検討していくのではないでしょうか。

そうなると買収対象は限られますし、海外という選択肢も排除しきれないでしょう。その辺りは成功確率と投資家との対話を尊重しながら行うとは思いますが、そんな大胆な戦略が今後見られるかもしれません。

買い手主導でスタートアップ同士のM&Aが積極化

ここ数年、スタートアップ同士のM&Aが少しずつ増えてきたように思います。よく言われる「米国ExitはM&Aが9割」「日本はIPOが7割」というVC目線のExit観点ではなく、スタートアップの成長戦略としてのM&Aの増加です。

更なる成長のためにスタートアップが戦略的に売却に動くという方向もありますが、大きなうねりを生み出すきっかけは先行するスタートアップによる買収意欲の高まりだと思います。特に、これから益々潮目が変わるなと感じているのが、ポストIPOスタートアップによる未上場スタートアップの買収です。一時期上場市場がバブルだった時代に公募増資等で大きな資金力を獲得し、それを原資に買収するという流れもありましたが、より本格的に「大M&A時代」が到来するのは、ポストIPOスタートアップの稼ぐ力の向上だと思います。

まだ、日本のスタートアップエコシステムにおいて、日本のスタートアップが買い手となるM&Aで数百億円という事例は殆ど見られません。今後、ビジョナルに代表されるように財務余力を手に入れたスタートアップが出てくれば、合従連衡、大規模なM&Aというダイナミズムがエコシステムにもたらされるかもしれません。

先行するスタートアップが大規模化し、GAFAMならずとも競争は激化しています。日本でもグロース市場の高いバリュエーションでの上場が期待できず、資本政策に苦戦する企業も出てくるでしょう。単なるIPOを目指す戦略ではなく、大手のグループ入りでより大きな成長を確実に目指す選択肢が、相対的に魅力的になってきつつある背景もあります。それ以上に、買い手側の成長意欲と財務余力のバランスが新たなフェーズに入る影響が大きいのではないでしょうか。

以上になります。長文ありがとうございました。学びがあれば、是非いいねやフォローをお願いします。SNSで拡散いただければ大変嬉しく思います。スタートアップに経営知見が広がり、エコシステムがさらに発展することを願います。


筆者)

ポストIPOスタートアップ、経営エンゲイジメントで事業と組織の成長を実現グロースパートナー 村上誠典(シニフィアン共同代表)

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