やることが前提って、こういうこと

2023年5月30日
全体に公開

大企業のオープンイノベーションは、「オープンイノベーションごっこ」と揶揄されることがあります。

実際に、「オープンイノベーションごっこ」を検索すると約25万件くらいヒットし、ChatGPTに、「あなたは、新規事業の専門家です。オープンイノベーションが、オープンイノベーションごっこと揶揄されていることについて、合計500文字程度、箇条書き、キーワード洩れなく、わかりやすく、教えてください」と依頼すると、揶揄される理由は「表面的な取組み、内部主導のイノベーション、閉鎖的な組織文化、トレンド追いの動機の4つが挙げられる」というようなことを教えてくれました。

ちなみに、ごっこと揶揄される理由を守屋の言葉で表現すると、「やらないことが前提だから」になります。ありがちで象徴的なのは、オープンイノベーションの予算は取っているけれど、その後の予算は取っていない(取ることは想定していない)というケース。例えていうなら、家を建てる打ち合わせはするけれど、建築予算は用意していません、ということです。「建てる気ないですよね?」ということかと。

その一方で、「本当にやる気があり、やることが前提で、やりまくっている取組み」もあったりします。

たとえば、JR東日本。

JR東日本は「課題先行型ピッチ」という「この課題を解決するために、共創してくれるスタートアップを募集します」という、やることを前提としたピッチを開催しています。すでに6回開催していて、いずれの回にも100名を超える方々に参加をいただきました。

特筆すべきは、参加人数が多いことではなく、「課題の提示者と、解決策の保有者の、解像度が互いに高いこと」です。オープンイノベーションが「イベント」だとしたら、参加人数が多いことが成功の尺度だったりすると思いますが、課題を解決するのが目的だとしたら、成否を分けるのは、「本当に課題が解決できたか、真の共創相手と出会えたか」のはずです。

第6回の課題先行型ピッチのプレスリリース

テーマは「線路メンテナンス」でした。JR東日本の線路は、69線区7,400kmもあります。そのメンテナンスは、毎日、多くの人の努力で実行されているわけですが、その負担は大きく、課題もたくさんあります。その課題を詳らかにし、解決の可能性があるのか、具体的に打合せをしていくピッチだったのです。

たとえば、こんな感じ。

線路の仕組みは、砂利(バラスト)を盛って、砂利の上に枕木をのせ、その上に一本25mのレールを敷くのが大まかな構造です。当然ながら、電車が通ると砂利が動きます。そうすると少しずつ線路がたわんでいくわけです。このたわみは事故の元になるので、「ミリ単位」での調整が必要となります。

そのたわみの確認方法は、両サイドから2人でタコ糸を持ってピンと張って確認します。たわんでいると真ん中に凹みができるので、その凹みをもう一人の作業員が定規で測り、必要な分の砂利をその下に補填するのです。砂利の調整はスコップでおこなうのですが、かなりの重労働となるので一人では大変です。なので、スコップにロープをくくりつけて、スコップを持っている人と、その人と息を合わせてロープを引っ張る人の、2人掛かりで力を合わせて作業に当たるのです。(伝わりますでしょうか?)

他にもおびただしい数の仕事があるのですが、多くは人力のため、人手不足、熟練者不足など、将来の問題が透けて見えているのです。だから、「次世代の線路メンテナンス技術」が必要だという発想に至り、共創の可能性を探る課題先行型ピッチが開催されたのです。

ちなみに、背景をもう少しお伝えしておくと、こうした状況については、「機械化すればイイじゃないか」というほど単純ではありません。厳しい制約条件下で作業が行われるため、新たな技術が導入しにくいという課題を抱えているのです。

たとえば、作業ができるのは終電から始発の3時間30分の間だけ。工事着手手続き、準備、片付け時間、忘れ物確認時間を除くと実質3時間しかありません。運行時には何一つ残しておけないので、撤収に時間がかかる重機や大きめの計器などは入れられない。それどころか、小さな忘れ物一つ許されないので、深夜の暗闇の中、作業を終えると皆横一列に並んで歩いて、線路に忘れ物がないかの目視も大切です。そして、この作業の現場は毎日変わり、内容も変わります。そのための多種多様な資材は、300種類に及び、年間で3万個の管理も発生しているのです。

当然、これらに対する解決の努力はこれまでもおこなってきていて、150年掛けて蓄積した線路メンテナンスの状況を事細かに説明した上で、「次世代の線路メンテナンスを共創しましょう!」としているのです。JR側が課題をピッチし、スタートアップから質疑(課題の詳細確認)が入り、共創の応募がおこなわれ、面談実施、実証実験をおこない、その結果に応じて、事業展開やJV設立などに進んでいきます。JRからすると課題解決に向けた新しい発想が手に入り、スタートアップからすると、JR東日本が困っていることは、JRグループ各社も私鉄も同じ課題を抱えているはずで、インフラ管理という視点で言えば、鉄道以外にも展開の可能性が見える場合もあります。

「やること」前提のオープンイノベーションなので、質疑応答の時間にはひっきりなしに参加者から質問が飛び、その内容も「具体的な質問」に「具体的な返答」が「その場」でなされるのです。

こうした事例が、良い意味で、横並びや集団主義を刺激して、どんどん広まっていくとイイなぁ、と思っています。

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