エジプト・スタートアップの最前線

2022年12月30日
全体に公開

(聞き手・構成:長谷川リョー)

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前回の記事「なぜ今、エジプトに投資家が殺到しているのか」に続き、日系VC初となるエジプト/北アフリカ特化のSunny Side Venture PartnersのGP、才木貞治氏をゲストに招いた対談続編。

現地カイロに移住し活動を行う才木氏に、なぜエジプトがアフリカ大陸や中東地域のなかでも注目されているのかを語っていただく。

アフリカ他市場との比較、実際の投資先であるエジプトのスタートアップの事例を交えながら、なぜ今投資家がエジプトに殺到しているのかの理由を探る。

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“additionality”とは「どれだけ自分の活動がユニークな価値をもたらすのか」

品田:冒頭の自己紹介で才木さんは、“additionality”という言葉を挙げて、ご自身のVCとしての原点について説明されていました。ここで改めて、“additionality”という言葉の定義や意味についてもう少し詳しく伺えますか。

才木:この言葉に初めて触れたのはHBSの授業でのことだったのですが、この言葉がそれ以前の学生の頃から自分が考えていたことを端的に表現していると思いました。簡潔に説明すると、自分の能力や価値、あるいは自分の活動のインパクトが最大化される活動を「additionalityの高い活動」と考えています。たとえば、すでに同じことをやっている人が多い活動を真似たとしてもadditionalityは高くない。一方、それまで誰もやっていないことはadditionalityが高い。それはスタートアップにも、投資家にも、人の生き方そのものにも言える。以前まで私は日本で会社員をやっていたわけですが、わざわざアフリカで日本人としてスタートアップに投資をすることには、規模ではなくその行動自体の特殊性が高いことに起因する価値が生まれるのではと思っています。

品田:もう少し嚙み砕くと、いかに自分が他者に対してadd(加える)することができるかどうかということでしょうか。addする内容は相手が求めているもの、自分が実現したいことに基づいて、さまざまな形でのvalueがあると思いますが、いかに自分が他者に対してadd valueできるのか、というのが”additionality”の本質なんでしょうかね。

才木:一番シンプルな形でいえば「自分の活動がどれだけユニークな価値をもたらすのか」と言えそうです。単に“uniqueness”と言ってしまうと、ややマーケティングっぽく聞こえてしまうのですが、“additionality”というと、よりマーケット全体の価値に着目している感覚があります。“additionality”が高いとはユニークであることを表すものの、より生み出す価値にベースを置いた表現で、「既存のA社、B社、C社に加えて、新たにD社のおかげで全体の価値が大きくなった」というようなことを“additionality”という言葉は指し示していると思います。日本企業の進出や日本のキャピタルの流入がまだまだこれからであり、もっと言えばそもそも世界レベルで見ても投資活動自体がまだまだ少ないアフリカにおいて、その将来を担うスタートアップ達へ投資を行うことは、非常にadditionalityの高い活動だと個人的には考えておりますし、また、アフリカで活躍するスタートアップにはadditionalityの高い事業が多く見られます。

“additionality”を体現する具体例としてのエジプト・スタートアップ

品田:「additionalityが高い」と思って投資した実際の事例をいくつかお伺いできますか。

才木:まず紹介したいのは、アラブ圏ならではのペインをフェムテック領域で解決しようとしている「Motherbeing」。アラブ圏では、慣例的に女性がしっかりとした性教育を受けられない環境に置かれています。また、文化として婚前交渉が認められていないため、結婚をする段階になって急に不安に襲われることが少なくありません。女性の性や生殖に関する知識が不足していることに加え、女性が健康のために必要とされるサービスや商品へのアクセスがほとんどないのが現状です。

Motherbeingの創業者は、元々はドゥーラという妊婦に対して出産に関するアドバイスをして心身をサポートする仕事の経験を持っています。また、イギリスで性教育専門家としての認証も取得した女性です。彼女はアラブ女性が持つ自身の身体に関する知識と科学的事実との間のギャップを感じ、まずソーシャルメディアで発信を開始したところ、すぐさま240万人のフォロワーを獲得。2022年夏より事業化し、①「Bridal Bootcamp」という結婚を控えた女性に対するOnline educational programや、②「Beam」という自社ブランドでの女性のセクシャルウェルネス向上や心身ケアに関する商品を開発、D2Cでオンライン販売を開始しました。

彼女の取り組みは、私のなかでも極めてadditionalityの高い活動と認識しています。長らくペインが存在していたにもかかわらず、今まではそれを解決するための活動をする人がいなかった。また、エジプト・MENA地域ならではのユニークなビジネスモデルという点も注目です。

品田:単なるグッズ販売であれば、おそらくユニークなだけなのでしょうが、ユーザーの大きなペインの文化的背景まで抑えた上で、それに対する解決策としてビジネスまで昇華させているから、社会に与える価値の大きさの意味でも“additionality”が高い事業なのでしょうね。

こうしたフェムテック分野は、今後、国際機関をはじめとした公的なプレイヤーとも連携しながら、スタートアップの支援を行える仕組みが構築できると、より“additionality”が高まっていきそうですね。

Motherbeingの商品とチーム

品田:「Motherbeing」以外の事例についてもお伺いできますか。

才木:エジプトの特徴であるB2Cのなかでも、フィンテック以外のe-commerceについても触れておきます。

実は2021年、アフリカ大陸に投資されたe-commerceのスタートアップ投資の半分をエジプトが占めます。私たちSunny Side Venture Partnersとしても、厚めにe-commerce分野には張っています。たとえば、投資先の「Cartona」はその一例です。CartonaはKepple Africa Venturesがその前のラウンドからすでに投資している会社で、B2Bのe-commerceのスタートアップで、FMCG(fast moving consumer goods)を取り扱っています。Cartonaは途上国に数多く存在する小売店と卸しをつなげるマーケットプレイスを提供しています。以前まで、小売店は商品サプライヤーへのアクセスが限定的であり、価格の透明性も欠落していることが課題でした。加えて、FMCG(日用消費財メーカー)やホールセラーにとってもデータが不足していることで最適な販売が行いづらい状況でした。

Cartonaは在庫や輸送手段を自社で抱えない完全にアセットライトなマーケットプレイスモデル。このモデルによって、伝統的なリテールマーケットの非効率を解消し続けています。現在、年換算GMVは$100M以上。エジプト11都市において、6万の小売店、1500のディストリビューター/ホールセラーと200のFMCGブランドがCartonaのサービスを利用しており、急速に拡大を続けています。特筆すべきは、Cartonaが在庫を持たないモデルを採用していること。反対に、アフリカでは自前の倉庫を借りて、自分達で在庫を持ちながらビジネスを行うモデルがよく見られます。

品田:アフリカにおいては、倉庫やトラック輸送を提供してくれる第三者のサービス提供者が圧倒的に不足しているため、スタートアップ自身が自社で在庫やトラックを持たざるを得ず、結果的にアセットヘビーになりがちです。一方、エジプトはインフラが整っており、アセットライトでビジネスを遂行できる環境がある。こうした点にも、現在エジプトにスタートアップ投資が集まっている背景が見てとれますね。

Cartonaを利用する商店、アプリ

才木:もう一つtoCの文脈で取り上げたいのが「Mazadat」。こちらはエジプト発MENA初となるオークション機能を持つC2Cのe-commerceです。いわゆる「クラシファイド」と呼ばれる個人間の物品売買サイトはこれまでにも存在していたものの、固有の問題がいくつかありました。一つは見知らぬ者同士がやり取りしなければいけないことから生じる「信頼」の問題。また、「安かろう・悪かろう」の世界というイメージが長らく付きまとっていました。Mazadatはこうしたペインを解消するべく、空港ラウンジのように洗練されたサービスポイントと呼ばれる「商品受け渡しおよび支払いスポット」をカイロの街中に設置。これにより売り手と買い手は直接連絡先を交換したり顔を合わせたりする必要がなくなり、また「第3者の目」が入ることで不正も減りました。加えて、オークション機能およびBNPL(後払いシステム)も導入することで、C2Cを「安かろう・悪かろう」から「スマートでクールな新しい売買」へとアップグレードしようと試みています。

品田:Mazadatにも才木さんが言うところの“additionaltiy”の高さを感じます。インパクト投資をやっているわけではなくとも、“additionaltiy”の視点があるだけで案件を見る目が変わりますね。

才木:投資をする段階で通常VC投資で見るようなビジネスモデルやチームやマーケットサイズやスケーラビリティ等に加え、“additionality”のレンズからも見ることで、結果的に競合優位性の発見につながると思っています。“additionality”が高いことはすなわち、他のプレイヤーがやっていないことであり、また、まだまだ大きなペインが存在することだったりする。そのマーケットに大きな価値を生み出しているということに繋がるんです。

Mazadatの店舗とアプリ

アフリカ内での多様性。他国展開する前に持つべき視点

品田:最後に改めて、中東とアフリカの接点であるエジプトの重要性という点について触れておきたいと思います。冒頭でも才木さんから「まだエジプト発のスタートアップでアフリカ進出に成功した事例はない」とのお話がありました。個人的には、まずはエジプトから地理的に近い場所へ進出する方が正しいのではないかと考えています。たとえば、先日、才木さんと一緒にスーダンに出張する機会がありましたよね。スーダンは市場の特性としては非常にサブサハラアフリカ的でありながら、地理的・文化的には、エジプトの隣国、かつ、紅海を挟んでアラビア半島に向き合っており、アラブ文化圏の一部でもあります。マーケットの近さ、言語の類似性、文化の共通性などの観点から、今後エジプトのスタートアップが進出しやすいマーケットではないかと考えています。一足飛びにサブサハラアフリカの市場を目指すよりも、まずは距離が近い周辺諸国に展開し、そこからマーケットを拡大していくアプローチが賢明だと思われます。すでにエジプトのユニコーンであるFawryがスーダンのAlsougに出資した事例が象徴的ですが、今後このような動きは増えていきそうです。

才木:一口にアフリカといっても、54カ国ありその内実は多様です。この点を本当にもう一度考えなくてはならないと思います。「よし、ナイジェリアもケニアも南アも、全て制覇してやるぜ」とスタートアップが大きな夢を抱くのは気持ちとしては理解できますが、一方で拙速に他国展開を急いでキャッシュをバーンしてしまい、苦しんでしまっているスタートアップも散見されます。特に現在の世界的な市場環境の中では、アフリカのスタートアップ業界でも、今後はよりファンダメンタル(≒ profitablity)を意識した経営が重要になると思いますし、その点では先ほど説明したCartonaのようにアセットライトなオペレーションのビジネスモデル重視へとシフトが一層進んでいくと考えています。我々投資家としても、まずは現地にしっかりと根ざすことが大事だと思いますし、文化・距離の近接性も意識し、それこそ「地に足の着いた」視点を持ちながら、投資を考えていく必要があると思っています。

Cartonaチーム、Sunny Side (才木、多田)、Kepple(品田)

(了)

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