小・中学生の「教育格差」を解消する第一歩
【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の試み
2016/3/10
「サプリ」といえば「受験」のイメージが強いが、2015年にローンチした「勉強サプリ」を母体として、小中学生を対象とした学力向上コンテンツを提供している。公教育の領域において、いちはやく「スタディサプリ小学講座」を活用した改革をスタートしているのが千葉市だ。先進的な自治体が公教育に感じている課題とは何か。熊谷俊人市長に話を聞いた。
公教育こそ「教育機会の格差」に踏み込まなければならない
──公教育の方針を決定するうえで、熊谷市長は現在の小中学校教育にどんな課題を感じていますか?
熊谷:日本の公教育は諸外国と比べると、基本的な部分は極めてしっかりしています。千葉市に関しても全国学力テストの状況を見ると、大都市のなかでも優秀な部類に入っている。問題なのは、子どもたちの「教育機会の格差」です。保護者の方々のさまざまな状況によって、学校以外の教育機会をどれだけ作れるかが、結果的に大きな差として出てきている。
教育機会の格差は、日本全体の格差の拡大に伴って広がっています。所得の問題もあるし、共働きやひとり親世帯など、どうしても子どもに対して十分に目が注がれない状況もある。公教育はその部分、そのままでは環境を改善できない子どもたちを、どうリフトアップしていくかを考えなければいけません。
──具体的に、千葉市としてどのような対応を検討されているのでしょうか。
いま千葉市では、「放課後の学びの機会」を大規模に充実させる事業を進めています。その施策のひとつとして、「スタディサプリ小学講座」を取り入れた実証実験を始めます。具体的には、平成28年度から市内5~8カ所程度の学童保育で、小学4年生100人以上の児童を対象にスタディサプリを導入する予定です。
これまで学童保育は小1から小3までが対象でしたが、国の政策のなかで、平成29年度までに小6まで拡大することが決まりました。対象年齢がそこまで上がると、もう“保育”だけでは足りない。放課後、子どもたちに価値のある学びを提供できる場に変わらなければいけない。
そういった状況を受けて、既に民間のビジネスも花開き始めています。さまざまな民間事業者の方々が、子どもの預かりと勉強や習い事をセットにするなど、多様な放課後サービスを売り出している。市内の街中でもチラシをたくさん見かけます。
これは、そのままでは教育格差がより広がっていく状況です。そこで千葉市としては、所得や家庭環境の差にかかわらず、教育課程外で学びの機会を得られる環境づくりを推進したいと考えています。
「オーダーメイド的学習」が、多様な環境に暮らす子どもたちにフィットする
──なぜ、学校ではなく「学童保育」で実証実験を行うのでしょうか?
公教育そのものに、いきなり新しいテクノロジーやカリキュラムを導入するというのは、極めて困難なことです。国の施策で定められた教育課程から、根本的に見直す必要が出てきてしまう。これは自治体だけの判断では動かせません。
家庭ごとに教育機会に大きな差が出てしまっている状況をどう補うべきか、という観点から、まずは学童保育から導入するのが望ましいし、同時に導入の障壁も低いという判断です。
学童保育で実証実験をスタートし、効果が実証されれば、教育課程内で「スタディサプリ小学講座」を取り入れるかどうかの議論も可能になる。まずは「放課後」から、今できる部分から始めようということです。
──では、実証実験の対象としてスタディサプリを選ばれた理由はいかがでしょう?
子どもたちの教育機会が二極化しているなか、公教育を提供する立場としては、それぞれの子どもの勉強の進捗(進捗)、理解の状況に応じた勉強の機会を用意していかねばなりません。しかし、従来の学校教育の手法そのままで個別学習に対応するには、教員の人材が絶対的に足りない。そこを補えるのがICTです。
私自身がスタディサプリを触ってみて、「これなら個々の進捗状況に合わせた学びを提供できる」と感じました。授業でわからなかった箇所があれば、そこだけ集中的に授業の動画を見直す、小テストで学習進捗状況をチェックするなど、そういうオーダーメイド的な学習ができる。
その結果、学習意欲が上がって、学校本体の授業に対しても好影響を与えてくれるんじゃないか、という期待があります。
反発は想定内。現場から理解を広げていく
──導入するにあたり、学童保育の先生や、学校の教員の方たちから反対の声はないのでしょうか?
これから実験を進めるうちに、さまざまな声が出てくることは想定できます。ただし、サプリに限ったことではなく、千葉市全体として今後「放課後の学び」に関するたくさんの改革を進めていく。そうした全体的な施策を理解していただく必要があります。
また今回の導入にあたっては、実際に「スタディサプリ」がハイレベルな講師の授業を配信していることを、教育センターの教員が確認しています。実証実験の結果がよければ、十分に理解を得られると考えています。
学校で子どもたちを直接見ているのは教員ですから、その教員自身が受け入れられる形で変革を進めることは重要です。トップダウンの教育改革もありますが、公教育の立場からは、ひとつの学校だけでなく、すべての子どもたちに同じ機会を提供できなければいけない。
そのためには、今までの教育の流れをしっかりと理解したうえで、関係者全員に受け入れられるような形での、一歩ずつ、しかし着実な前進が求められます。
──今回の実証実験を行ううえで、成果の目標や評価指標は決まっていますか?
今年の4月以降からスタートして、平成28年度でしっかりと実証実験をしたうえで、平成30年度以降、本格的に拡大していくべきかどうか、保護者と子どもの意見をくみ上げながら判断していくことになります。
アフタースクールで千葉市全体のリソースを活用する
──「放課後の学び」の拡充に関して、スタディサプリ以外ではどんな施策を進めているのでしょうか?
大きな取り組みとしては、教育課程外における「学びの機会の多様化」を進めるということ。具体的には、地域社会と小中学校をつなげることで、オープンな学びの環境を創りだす施策を進めています。
「子どもたちの状況を良くしたい」という思いは、日本の企業や団体など、多くの方々が強く感じています。しかし、従来は外部の方々が学校のなかで講義や授業といった貢献をしたいと提案をしても、「気持ちはうれしいけれど、できない」ということが多かった。
たとえば、地元の電気設備協会から「電気は身のまわりでこんなふうに使われているんだよ、ということを子どもたちに伝えたい」という提案があったとき、アフタースクールで授業ができるようにする。そういう形で、子どもたちに学びの機会を作りたいと考える地域の人たちのエネルギーを学校に取り込んでいきたい。教育委員会にしっかり担当を作ってコーディネートし、市長部局も積極的に協力していく、という方針で動き始めています。
そのアフタースクールで何を伝えるかという部分では、さまざまな提案や候補がありますが、保護者と子どもたちの現実的な取捨選択によって、実際に意義があるものがシビアに浮き上がってくると考えます。スタディサプリも同様に、これから行われる実証実験によって、その部分での判断が下されることになるでしょう。
この街に暮らしている子どもたちの「学びたい」という気持ちを呼び起こし、所得や家庭環境の差にかかわらず「学ぶ手段」が用意されている状況を作ること。それによって千葉市の人材力を上げていくことがわれわれの目標です。
──実証実験の結果によっては、スタディサプリの活用が千葉市以外の自治体へも波及していきそうです。
それは間違いないですね。この取り組みが意義のあるものであり、保護者や子どもたちが求めていたものだ、という話になれば、もちろん千葉市内の全小学校で実施したいですし、当然ほかの地域にも広がっていくはずです。
(聞き手:呉 琢磨、構成:教育ジャーナリスト/大塚玲子、撮影:下屋敷和文)
*目次
<受験サプリはなぜ「スタディサプリ」になったか?【全9回】>
#1 スライドストーリー「日本の教育2020年問題」
#2 インフォグラフィック「スタディサプリの軌跡」
#3 700の高校が実践。学校が「サプリ」を導入する理由
#4 【藤原和博】スーパー・スマート・スクールの全貌
#5 【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の第一歩
#6 【中室牧子】「エビデンスベースト」の教育はなぜ必要か
#7 【佐藤昌宏】いま世界でおきている「教育の新潮流」とは
#8 【本間拓也】途上国で急成長する「Quipper」の躍進
#9 【山口文洋】すべての人に質の高い「学び」を届ける