【徹底解説】アルツハイマー病新薬が導く未来

2023年1月12日
全体に公開

先日、米国FDAがアルツハイマー病の新薬であるレカネマブという薬を迅速承認したことが話題となりました。

今回は、このレカネマブについて徹底解説を試みたいと思います。

そもそもレカネマブとは?

レカネマブとは、アルツハイマー病の原因の一端を担っているのではないかと考えられているアミロイドβに働きかける薬です。このアミロイドβは、「脳に溜まるゴミ」と形容されることもあります。これを取り除くことによって、ゴミのなくなった綺麗な脳は再び認知機能を回復するのではないかと考えられたのです。

この薬は、2週間に1回、静脈内に注射して投与をする「抗体薬」と呼ばれるものです。薬といえば、飲み薬をイメージする方も多いかもしれませんが、一般的に抗体を用いた薬剤は注射が必要になります。

なお、「抗体」というのは、パンデミック以降ご存知の方も多いかもしれませんが、本来体の中でウイルスなどの外敵を攻撃し、取り除くためのものです。

この抗体を、病気の原因に働きかけるようにデザインして作ったものが抗体薬です。この薬を投与することで、脳に蓄積したアミロイドβを取り除くことができ、それによりアルツハイマー病をよくできるかもしれないと期待を持たれてきました。

臨床試験で示された有効性は?

この薬剤の承認にあたり、すでに18ヶ月に渡る有効性を評価する第三相試験が行われています(参考文献1)。この試験でのポイントの一つは、過去の類似薬の試験で、より進行したアルツハイマー型認知症の患者を対象としたのとは対照的に、この試験では比較的初期の、軽症のアルツハイマー病の患者のみを集めたという点です。より進行した段階で薬剤の投与をしても「時すでに遅し」で、早期の段階で投与してこそ効果が発揮できると考えられたからです。

結果をみてみると、レカネマブを投与された人の脳で、肝心のアミロイドβは確かに著しく減少していることが確認できました。そうなると、認知機能回復にも大いに期待が持たれます。実際には、どうだったのでしょうか。

Pexelsより

蓋を開けてみると、期待されたような認知機能の回復は見られず、残念ながらレカネマブを投与した人たちでも認知症には確実な進行が見られていました。しかし、偽薬の投与を受けた人と比較すると、レカネマブを投与された人で、その進行が遅くなっていました。

その差がどのぐらいだったかと言えば、18点満点のスケールで0.45点の差、進行の度合いで言えば、進行を27%遅くしたという結果でした。これがこの薬の「有効性」ということになりますが、残念ながら大きな差ではなかったと言わざるをえないでしょう。

ここで重要なのは、あくまで認知機能を改善する効果は見られず、「進行を遅くする」効果にとどまるという点です。このため、おそらく投与を受けている患者さんには、薬の効果はほとんど実感できないと考えられます。

ただし、同種薬剤で初めて、事前に決められた主要なアウトカムで有意な差が見られたということ自体は歴史的な快挙であったとも思います。

安全性は?

「効果が実感できるようなものではない」という点に加えて、安全性への懸念もあります。一定の割合で脳浮腫や脳出血が生じる可能性が報告されているのです。薬を投与された人の12.5%に脳浮腫、17%に脳内の出血の副作用が見られています。ただし、試験で観察された範囲内では、例えば脳浮腫では91%と、大部分が軽症から中等症であったと報告しています。

どのような人で脳出血などの副作用が多いかをみてみると、ApoE ε4と呼ばれる遺伝子変異を持つ人(アルツハイマー病との強い関連性が知られている)で多いこと、また、これは当然と言えば当然ですが血をサラサラにする薬を飲んでいる人でそのリスクが高い可能性が指摘されています。

脳梗塞治療中に死亡した例も報告されており、そうした治療薬の併用には警告が行われる可能性が高いでしょう。それ以外でも、アルツハイマー病を抱えた方には、血をサラサラにする薬を飲まれている人が多いため、投与する患者さんの選択には十分慎重を期す必要があるでしょう。また、試験で観察された期間よりも長期の投与が必要となると思いますが、長期投与の安全性についてはまだ何も分かっていません。

さらに、一般に抗体薬は薬価が高額となります。抗体薬投与前には高額な検査も必要となります。効果が限定的であることをふまえると、費用対効果が見合わない可能性もあり、保険料を支払う国民のコンセンサスを得られるものなのかという議論も必要でしょう。

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今後の展望

米国FDAが迅速承認をしたとはいえ、65歳以上の方の主要な保険であるメディケアは今のところこの薬の費用をカバーしていません。このため、仮に薬が入手可能になったとしても、ほとんどの方に支払い不可能なレベルの請求がいくことになり、現実問題としてこの薬を使うことはできないと思います。

以前FDAが同様に青信号を出したアデュカヌマブという薬剤では、メディケアが支払いを行わないという最終決定をしたこと、多くの主要な医療機関もこの薬を臨床試験の外では使わないという判断をしたことから、承認をされたものの使われないという形になりました。レカネマブがそうした未来に進む可能性もないわけではありません。

ただし、今回のレカネマブで異なるのは、しっかりと有効性が確認をできている点。今後正式承認となった場合には、メディケアがカバーをすると判断する可能性も十分にあると思います。

また、アデュカヌマブの際には承認申請を拒否した欧州が今回の薬剤をどう判断するのかという点も注目されます。有効性が確認されたとはいえ、安全性、コストとの天秤の中でこそ判断されなくてはいけないため、一筋縄でいく決断とはならないでしょう。

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いずれにせよ、アルツハイマー病の世界は治療の進歩が大きく滞っていた中で、これが大きな一歩となったことも間違いないと思います。少し未来の話をすれば、アミロイドβ治療薬は、将来の個別化医療の1ピースを担うことになっていても全く不思議ではありません。アルツハイマー病自体、その原因に多様性を持つ病気である可能性が高く、将来的には、個々のリスクや原因に合わせた予防策や薬の組み合わせで、今はまだ見ぬ認知症の早期治療が提供されることになるのでしょう。

アミロイドβ以外の治療戦略については、免疫炎症などのメカニズムも近年注目を集めていますが、その中でどんな分子を標的にすべきか、それらを活性化すべきなのか阻害すべきなのか、いつ標的にすべきなのかなど、まだまだ疑問文が多く残されています。 故に、アルツハイマー病克服への道はまだまだ長いと言わざるをえませんが、私たちはその長い道のりの中の歴史的な一幕を目撃していると思います。

参考文献

1         van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med 2022; published online Nov 29. DOI:10.1056/NEJMOA2212948/SUPPL_FILE/NEJMOA2212948_DATA-SHARING.PDF.

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