日本のコンテンポラリーダンスのキモとは何だったか?! 山猫団/市民参加型ダンス公演『1月29日』

2024年2月11日
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1年ほど前になるが、忘れられない公演を観た。長与江里奈(長井江里奈改め)が主宰する舞台芸術集団〈山猫団〉が、市民参加型のダンス公演『1月29日』を開催した。長与江里奈といっても、名前を知る人は少ないかもしれない。ダンサーであり振付家、ダンス・ファシリテーターを名乗っている。

長与江里奈(ながよ えりな:写真手前中央) 舞台芸術集団〈山猫団〉主宰。ダンサー・演出家・ワークショップファシリテーター。〈伊藤キム+輝く未来〉〈まことクラヴ〉にてダンサーとして国内・国外の様々な劇場のみならず、ライブハウス、商店街、美術館、廃墟などありとあらゆる場所でパフォーマンス。その経験を生かし、2013年に〈山猫団〉を立ち上げる。2015年よりワークショップファシリテーターとしても活動。日本各地で子ども〜大人向けのワークショップや市民参加型公演の演出を行う。2023年4月より活動名を「長井江里奈」から本名の「長与江里奈」に変更。©︎小林智之

その昔、〈伊藤キム+輝く未来〉というコンテンポラリーダンスのカンパニーが一世を風靡した頃、長与もダンサーとして所属していた。伊藤キムについてはいまさら解説しないが、彼の才能の一つに“素人に振り付けて踊らせてしまう”というものがある。大道芸に現れれば、ギャラリーの客いじりから引っぱり上げた観客をパフォーマンスに参加させ、一緒に踊って、ともに喝采を浴びてしまう。地域の公共セクターの企画では、ダンステクニックを持たない中高年男性を公募し、“踊るウェイター”に仕立てて「おやじカフェ」を経営(?!)するなど、劇場以外でのスペクタクルも面白かった。

そうした才能の根底には、ダンスが特権的なダンサーやそれを賛美するファンに独占されたものではなく、誰でも自由に実践でき、自ら踊って楽しめるものであるという認識があるのだと思う。これは近藤良平の〈コンドルズ〉をはじめ、同時代の他のアーティストに共通する問題意識でもあった。1990年代に爆発した日本のコンテンポラリーダンスが、特徴的に持っていた“キモ”といえるセンスだろう。

山猫団/市民参加型ダンス公演『1月29日』©︎小林智之

伊藤キムの場合、そのセンスが特に鮮明に発揮される場合が多かった。ダンステクニックを持たない素人の身体にも個性を見出し、その魅力を抽出して演出する手腕が巧みなのである。こうした身体の捉え方や見せ方は、〈伊藤キム+輝く未来〉のメンバーであったアーティストたちにも受け継がれていく。後に白井剛や森下真樹らが立ち上げた〈発条ト〉(ばねと)には、その名の通り『彼・彼女の楽しみ方』という、出演者一人ひとりの魅力を抽出していく作品もあった。

当の白井剛も、〈珍しいキノコ舞踊団〉の伊藤千枝(現・伊藤千枝子)や、〈ニブロール〉の矢内原美邦とともに取材で鼎談してもらった際に、そうした身体観に同意していた。技術の完成されたバレエダンサーよりも、どこか歪で個性的な身体に魅力を感じると三者の意見がまるっきり一致したのは、決して偶然ではなかったと思う(シアターガイド2002年3月号「演劇ファンにもオススメのコンテンポラリーダンス特集」)。

振り返って考えてみると、素人のダンスだけでなく、障害者のダンスも、土方巽の舞踏の「衰弱体」の読み直しも、その後に日本のコンテンポラリーダンスのキモがそれぞれに展開していったトピックであったように思える。そして現在も、こうした取り組みに積極的なのは、「とつとつダンス」の砂連尾理、現実の“人と”作品づくりにいそしむ倉田翠(〈akakilike〉主宰)あたりだろうか。

日本のコンテンポラリーダンスのキモを再確認する

山猫団/市民参加型ダンス公演『1月29日』©︎小林智之

長与もまたそのキモを自覚し、伊藤キムのDNAを受け継ぐアーティストとして現在も活動している一人なのである。遠田誠主宰の〈まことクラヴ〉に参加後、自ら〈山猫団〉を結成し、公演を実施。ほかにも、学校でのワークショップ(NPO法人芸術家と子どもたち・アーツカウンシル東京「パフォーマンスキッズ・トーキョー」)や、“ダン活”(一般財団法人 地域創造「公共ホール現代ダンス活性化事業」)の登録アーティストとしても地域に赴き、子どもたちや一般市民を相手に活動している。

その活動の詳細は、毎週一回配信している長与のPodcast「From my living room」で知ることができる。日本各地で保育園児から高齢者までを対象にダンスワークショップを行い、年齢やダンス経験も関係なく、普通の人々に接してきた。普段は学校で自閉的だった児童が、反応を示す。体が硬くダンステクニックを持たないおばちゃんの踊りに、魅了される。ダンスとは生の喜びであるという本質を思い返し、突き動かされることもあるという。

山猫団/市民参加型ダンス公演『1月29日』©︎小林智之

長与の場合、面白いのは、普通であれば公共セクターの事業で派遣されるアーティストという立場で終わるところを、今回は市民参加型の公演として自主的に企画し、実施した点だろう。公演案内には、以下のようなコピーが記されていた。

どんな体も美しい!
骨格、筋肉、癖などその人の身体はそのままその人の歴史です。ダンスは個人の歴史と分かち難く結びついていて、切り離すことができません。

2023年1月29日、誰の人生にもたった一日しかないこの日にバラバラな私たちはバラバラなままで一緒に踊ることにしました。生演奏に乗せて踊りあげる人間讃歌をどうぞご覧ください。
〈山猫団〉市民参加型ダンス公演『1月29日』フライヤー

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