忙しくしがちな私たちを「休ませるデザイン」|前編:夜の自由時間にフォーカス

2023年8月4日
全体に公開

待望のポケモンスリープがリリースされた。開発者の思惑通り「朝起きる瞬間」が楽しみになった。夜型人間のわたしは睡眠時間が短いため、ゲームの進捗が極めてスローなのだが、それでも毎朝どのポケモンがどんな寝姿で現れているのかをチェックするのが楽しい習慣になり始めている。と同時に、これを完成させるには相当な知恵と労力を要したのだろうなぁと思わず感服してしまった。人を楽しませる仕事って大変そうだ。

寝る時間が短い分、爆睡している筆者。常駐のカビゴンは、よく寝てよく食べると大きくなる。料理も寝ながら豪快に「器ごと」食べる。

近年、睡眠や休息の重要性が再認識されている。ウィズコロナ生活の長期化で生活意識が変わったこともその動きに拍車を掛けている。OECD(経済開発協力機構)の調査データ*¹によると、日本人の1日の平均睡眠時間は7時間22分で、加盟国33カ国中最も短い。世界中の人たちに十分な睡眠を促すポケモンスリープの生誕の地が、最も睡眠不足というのも皮肉だ。しかし、休日の概念の歴史が浅く(日曜休日制が導入されたのは明治時代以降)、勤勉さを美徳とする価値観を根強く持つ日本だからこそ、たくさん寝ることの「動機付け」が必要とも言える。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=4uisJg6qUFI

歩くことの次は「眠ること」をエンタメ化。

コロナ禍の巣ごもり生活で大ヒット商品になったリングフィットアドベンチャーは、「運動」をゲーム化すること(ゲーミフィケーション)で、運動不足の人たちのやる気を起こした。
先送りにしがちなことを「やる気にさせる」ことは大事だ。それには何かしらの「ワクワク」が必要である。アイデア創出を含め、ここでも「デザイン」が重要な鍵を握る。

そこで今回は、昨今の睡眠や休息を重んじる時流を具体的なデザイン事例を挙げて考察する。忙しくしがちな我々を「休ませるデザイン」である。以下の3つの視点でまとめてみた。

① 夜の自由時間にフォーカス
② デジタルデトックス
③ パワーナップを奨励

① 夜の自由時間にフォーカス

仕事から解放され、就寝するまでの「夜の自由時間」に着眼した製品やサービスが増えている。アサヒビールが今年発売したYORU BEERは、エスプレッソコーヒーをブレンドしたビールで、夜のリラックスタイムのお供として考案された。同社が開発時に行ったリサーチで、お客様にとって「夜の自由な時間はとても大切で大好きな時間だ」ということが判明し、この気づきからこの商品の実現に至ったそう*²。

出典:https://www.asahibeer.co.jp/yorubeer/

言われてみれば確かに「夜の自由時間」は、楽しい。とりわけ金曜日の夜時間は最高だ。外飲みやカラオケに行くよりも家でまったり過ごしたい人は少なくないだろう。その場面に相応しい商品のニーズがある。そこに商機があったのだ。
YORU BEERは、ビールらしからぬ「ほっこりとしたデザイン」で、夜のくつろぎ用であることを示している。イラストは、飲用シーンを想起させる。滑り出し好調な売れ行きにこのデザインも一役買ったのではないだろうか。

出典:https://www.suntory.co.jp/rtd/barpomum/

サントリーが昨年発売した果実のお酒、BAR Pomumは、飲酒離れが進む若い世代に向けて、「何もしない時間」を楽しんでもらうことを目的に開発された商品。果実をランプに見立て、余白を持たせた幻想的なデザインも、ゆっくり飲みたい気分にさせる効果がありそうだ。
同社は、2017年に発売した500mlのペットボトル入りのコーヒー、Craft BOSSでも「逆転の発想」で成功を収めている。「ちびちび飲み」を奨励し、一気飲みのイメージが強い缶コーヒーに疎遠な若いユーザーを獲得した。

出典:https://www.suntory.co.jp/softdrink/craftboss/

何もしない時間で思い出した。オランダには「Niksen」というQOLを高める生活習慣があるそうだ。Niksenは、「積極的に何もしない」「何もしない時間を過ごす」意味を持つオランダ語の動詞で、同国ならではのリラックス法らしい。オランダ人は、長期休暇でも旅先で何もしないのが普通のようだ。現地に住む日本人の方々の複数ブログにそう書いてあった。家に人を招いてもわざわざ料理をしたりしないとのこと。旅程を細かく計画したり、何かと頑張りがちな日本人には耳が痛い話だが、それでいいのだ!ということだ。
ストレス過多や燃え尽き症候群の予防法として、欧米を中心にNiksenを取り入れる傾向が、数年前に現れた。日本では知らない人が多いだろうが、夜時間にフォーカスした商品が誕生しているということは、その習慣を知らずとも自然にそういう気分になっているのかもしれない。

UnsplashのDrew Coffmanが撮影した写真  

YORU BEERやBAR Pomumより早くに夜の自由時間に焦点を当てた事例がある。

出典:https://shop.morozoff.co.jp/f/mimizuku

老舗洋菓子店モロゾフが、2018年に開業した「みみずく洋菓子店」という名のネットショップだ。営業時間は21時からの3時間限定。忙しい毎日の中でほっと一息つく時間にスイーツを楽しんでもらうことを目的に始めた新業態のサービスで、その「隠れ家的」なビジュアルも訴求し、人気を博した。みみずく洋菓子店というネーミングも良い。立ち上げ当初は商品の争奪戦が起こり、ほっと一息つくどころではなかったようだが、その後、人気が定着したのか昨年11月から24時間購入可能になっている。

出典:https://www.instagram.com/mimizuku_yogashiten/

ゆったりとした夜の時間を感じさせる商品写真もブランドの世界観を伝達。

「休むこと」は、国際情勢の影響もあり2016年頃に市場化

多忙になりがちな現代人を休ませようとする動きが起きたのは、今から6~7年ほど前。

その頃、デンマークの伝統的な休息習慣「ヒュッゲ」が、英米で流行した。ヒュッゲは、親しい人たちと過ごす居心地の良い空間や時間を意味する。これが流行ったのがBREXITやトランプ政権誕生で動揺する人たちが現れた時期なのだが、国際的な影響力の強い大国が、北欧の生活に憧れるようになるのは意外に感じた。だが、一つの転換期だったと思う。その頃から市場も「心身を休ませること」に目を向けるようになった。元々クラブ音楽シーンで用語として使われていた「Chill Out」という言葉が、落ち着かせるという意味で一般にも幅広く使われ始めたのもこの頃。日本ではチルってるという若者言葉も生まれた。

出典:https://www.drinkjustchill.com/

2010年に発売されたアメリカ発のリラクゼーションドリンクJUSTCHILL。メディアで採り上げられるようになったのが2017年頃。エナジードリンクとは対象的に、緑茶に含まれるアミノ酸L-テアニンの作用で、精神を落ち着かせ、集中力を高める効能を商品価値とした。

他にもアンダーアーマーが、就寝中に筋肉疲労を回復させる「Athlete Recovery Sleepwear」を発売していた。筋肉の動きをサポートする同社の看板商品、コンプレッションウェアからの逆転の発想である。その後、リカバリーウェアやシューズの市場が生まれる道筋を作ったとも言える。スリープテック事例でもあるので、これについては次回、また改めてお話ししたい。

後編では、「休ませるデザイン」をデジタルデトックスとパワーナップの観点から考察する。次回もお読みいただけると嬉しい。また、読者の皆さまには是非、今日これから「夜の自由時間」を満喫していただきたく思う。

  最後までお読みいただき、ありがとうございました。m(^▽^)m
(トップ画像は、「てがきですのβ」の桜の花びらのイラストに自分で描いたカビゴンの絵を組み合わさせていただきました。)  

《脚注》
*¹ OECD:Gender Data Portal 2021のTime Useの調査データより
*² ASAHI YORU BEERの公式サイト情報より

トリニティ株式会社は今年、25周年を迎えました!(^ω^)☆

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