遂にトヨタがKDDIを売却した「その意義」

2023年7月28日
全体に公開

驚きました。あのトヨタが、あのKDDI株式を遂に売却しました。遂に、とはどういうことかというと、トヨタは事実上KDDIの創業株主であり、そしてトヨタはKDDI発足以降頑なにKDDI株式の売却を拒んできたからです。

今回の売却には3つのストーリーがあると思います。1つ目が、コーポレートガバナンスコードにおける意義。2つ目が、携帯キャリアというインフラにおける支配権。そして3つ目が、トヨタの今後の戦略的意義ということになろうかと思います。

それぞれ解説していきたいと思います。その前に、単に株価水準という観点で見てみれば、今回のトヨタの株式売却のタイミングは歴史的高水準での実行ということが言えるかと思います。10年ほど前の底値圏からからすると実に五倍に株価が上昇しています。

コーポレートガバナンス・コードにおける意義

日本でも遅ればせながら2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入されてから、日本で古くから行われていた相互保有株式(持ち合い株式)は止める方向で、より企業が株主との対話を行い企業価値を上げていく経営に向かうよう進んできました。どれぐらい持ち合いが日本のコーポレートガバナンスを歪めてきたいたか、時系列のデータを見てもらうと一目瞭然かと思います。信じられないことに、広義の持ち合いを含めると50%以上の株式が持ち合いされていたのです。Japan as a No.1の時代、世界の時価総額ランキングを今の米国以上に支配的に独占した時代に、日本の株主は日本企業そのものだったのです。

参照)http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2022_stn/2022spr13.pdf

それが90年代にバブル崩壊以降、財務と経営の穴埋のために、どんどん資金化、資本化する動きが広がり一気に低下してきました。そして2000年ごろにメガバンクの再編が終わる頃には銀行を除くと2-8%程度の保有割合まで減少してきました。そして、2000年前半は銀行の公的資金注入など財務立て直しが引き続き急務で、2005年ごろには概ね金融機関持分は5%程度まで減少しましたが、事業法人の持分はまだ7%程度と高止まりしていました。

参照)http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2022_stn/2022spr13.pdf

メガバンクを筆頭とした金融機関の持ち株がもっとも槍玉に上がってきましたが、それ以外で金額的に最も悪目立ちしていたものが、京セラやトヨタが保有するKDDI株式でした。実に現在時価にして1.3兆円。

トヨタがリーマンショックの後、2009年度に創業以来の赤字決算に陥りました。その当時これは大きな話題となり、高い経営管理能力、SCM力を有するトヨタでさえも、このインパクトを黒字で乗り越えることができなかったというものです。実は、トヨタの本当の危機はリーマンショックではありませんでした。記憶にある方もいるかもしれませんが、2009-2010年にかけて、大規模なリコール問題が発生しています。当初、創業家として新たに社長に就任した豊田章男氏(前社長)が「社長就任してすぐに会社が潰れる」と思ったと言わしめたトヨタ最大の経営危機です。

最終的には、豊田章男前社長の2010年2月の米公聴会におけるスピーチもあり、最終的にはこの経営危機の乗り越えるわけですが、当時も二期連続赤字を乗り切るために、経営危機乗り切るために、「遂に」KDDI株式を売却するのではないかと騒がれました。当時の時価で全株式を売却すれば2,500億円程度でした。

最終的にはここで売却をせず、その後2015年にコーポレートガバナンス・コードが日本で導入されて以降は一貫して、戦略的意義を主張してきました。直近の有価証券報告書で以下のように大変丁寧に戦略上の保有理由を説明しています。

トヨタの2023年3月有価証券報告書より

結局、一度も売却することはなく、むしろ2020年に戦略的意義がありということで552億円の第三者割り当て増資に応じて、保有比率を引き上げているのです。戦略的意義が大いにあるということで説明を行なってきました。

参照)https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2020/10/30/4767.html
参照)https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2020/10/30/4767.html

ここまで頑なに売却してこなかったKDDI株式を、このタイミングで売却に踏み切ったことが大変大きな岐路であり、様々な観点でインパクトがあると思う次第なのです。

携帯キャリアにおける影響力

KDDIは、KDDとDDIとIDOの3社合併によって設立された会社。DDIが京セラ、IDOがトヨタなので、今も京セラとトヨタがKDDIの筆頭株主であり、直近では両者で30%を保有しています。

KDD(国際電信電話):1953年に旧逓信省・電電公社から分離・設立
DDI(第二電電):1984年に京セラが主体で第二電電企画株式会社として設立
IDO(日本移動通信):1987年にトヨタ等が設立、その後支援し筆頭株主に

これは結構すごいことです。通信インフラの重要性はインターネット時代、モバイルスマートフォン自体、これからのメタバース、フィンテック、クラウド時代、どういう言い方をしても最も重要な社会インフラの一つです。

ちなみに、DOCOMOはNTTが66%超保有(※これも長い経緯あり)、そのNTTを政府が1/3保有しています。半民半官の会社ですね。

ソフトバンクはソフトバンクGが40%保有していて(※ボーダフォン買収以降100%だったが、IPOしてグループとしては現金化、その後のビジョンファンドを含めた投資戦略へ以降)、そのソフトバンクGは孫さんが30%弱保有(※じわじわ持分を引き上げており、MBOの噂も絶えません)しています。

楽天は目下モバイル事業が元凶となりグループ全体で極めて厳しい状況に追い込まれています。これはこれで、各所で憶測が出ていますが、今回は割愛します。

結果、期せずして苦戦している楽天を除く上位3社の携帯会社は、政府、孫さん、京セラ(稲盛さん)+トヨタが、1/3弱保有しているのが日本の状況なのです。そう思うと、孫さん、稲盛さん、豊田さん、の日本における影響力が如何に凄かったと思わされます。豊田さんは初代ではありませんし、世代的には、豊田さん、稲盛さん、孫さんと、各時代を作った稀代の経営者が、今の日本のモバイルインフラの実質的な支配権を握ってきたのです。

今回、この構造が崩れることになるかもしれません。今後京セラが、先ほど触れたコーポレートガバナンス・コードに従い、保有方針を変更するかもしれません。また、今後の楽天の動向にも注目ですが、この社会インフラの保有構造が変化する久々の一手という見方もできるのです。

トヨタの今後の戦略に注目

カーボンニュートラルへ社会が移行してからトヨタのEV戦略については国内外から高い注目を集めてきました。以前出資していたテスラ の台頭により自動車業界時価総額トップの座を失い、大きく水を開けられたことも有名です。

テスラ との関係では、今後EVでのインフラ含めた覇権、自動運転/MaaS領域での競争の2点が重要なテーマでしょう。今回のKDDI株式売却は、IoT自動運転的なテーマから言えば、KDDIと再度距離を取ることを意味します。一方で、資金使徒としてはEV強化というメッセージになります。

考えようによっては、相反する戦略的意図がこの売却に含まれているかもしれません。これ以上話を広げるとややこしいのですが、トヨタグループ全体でも非常に複雑な持ち合い関係、いわゆるトヨタ系列の基礎となるグループ構造が存在します。これはまた複雑すぎるので一旦割愛しますが、今後、EV時代、そして、MaaS時代、自動運転時代において、どのようなサプライチェーン、エコシステムを作っていくのか、大変注目されます。強力な支配関係、グループの構築により製造業で圧倒的な存在にまで上り詰めたわけです。

一方で、今の世の中は、一筋縄ではいきません。自動運転、バッテリー、どれをとっても、どの企業とどのような距離感で付き合うかのバランスが極めて難しい、「新たなバランス」の模索が必要な時代になっています。

今回、KDDIとの関係性は氷山の一角に過ぎませんが、社長交代以降より大きな戦略的舵取りを行いつつある、というかやらねばならないトヨタが、どのようにグループ力、サプライチェーン、エコシステムを作りながら、EVや自動運転、MaaSや都市インフラにおいて覇権を握っていくのか、日本全体にとっても大変重要だと思います。

このような大きなテーマからすると、今回の2,500億円程度の株式売却は極めて小さいものですが、これが有名なガガーリンの言葉のように、「ほんの少額に過ぎないが、これはトヨタにとって大きな一歩だ」となるのかどうか。古い時代のしがらみも振り切って、トヨタがどう変貌するのか、今後の展開に注目したいと思います。

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