SaaSスタートアップビジネスにおける価値共創セールス実践:なぜ従来のセールスと違うのか

2024年1月23日
全体に公開

今回このようなタイトルでSaaSスタートアップビジネスを取り上げるのは、このトピックで題材としている価値共創セールス(Value-based Selling)の目指す姿を共通点も多く、かつ従来の営業スタイルでは成功が難しい、アンラーニングできない苦しみもあるためです。スタートアップに挑戦する人材が増える中で、もちろん最初からスタートアップキャリアを歩む人材もいるでしょうが、特にフェーズが浅い場合は経験者が引き抜かれるケースの方が多いため、その際の気をつけるべきポイントも何回かに分けて触れられればと思います。

そもそもSaaSビジネスってどういうものか?

Software as a Service(通称SaaS)は、インターネットを介してクラウド上にあるソフトウェアを利用するサービスのことです。名前の通りですが「サービス」としての「ソフトウェア」になり、従来必要とされていたソフトウェアを購入してPCにインストールして、という作業が必要なく利用できる手軽さが利点です。ビジネス上のポイントをあげると、売り切り型のソフトウェア販売とは異なるリカーリングビジネス(購読型、継続ビジネス)であるため、長く使ってもらうことによって企業の収益を上げることになります。Product Led Growth(PLG)と呼ばれるような、最初はまずプロダクトをフリーで使ってもらい、より高度な作業をおこなったり容量をさらに確保するために課金していくような形で顧客あたりの売上単価を伸ばしていくものは、身近に数多く存在します(最近だと画像生成AIのmidjourneyなど、無償提供がなくなってしまいましたが、、、)。

似たような言葉にPlatform as a Service(PaaS)やInfrastructure as a Service(IaaS)などもあり、それらの違いは以下の記事が分かりやすく解説してくれています。

さて、先ほど触れた通りSaaSビジネスは特徴的で、顧客側は従来のIT投資と比較しても初期費用が少なく済み手軽にスタートできる利点があるものの、売り手側は売っただけでは十分な収益を得ることができず継続利用していただくことで収益が積み重なっていくため、契約後の世界がとても重要になってきます。ここが、従来の売ること、売り方にこだわってきた営業スタイルとのギャップになります。

スタートアップセールス(特にB2BでPMF前のプロダクトフェーズ)に必要なもの

スタートアップの初期フェーズでは、プロダクト自体がまだ完成しておらず、何がマーケットの課題を解くことができるかを模索している状態です。特に最初期では、顧客の課題を解くための仮説を検証する最小限の機能を持ったプロダクト(MVP; Minimum Viable Product)を作って、そのプロダクトが顧客課題を解消し、お金を払って利用したいと思ってもらえるかフィードバックを得ながらプロダクトを磨き込んでいきます。このフェーズでの営業活動は企業のトップやプロダクトオーナーが行なっているケースも多いです。その理由はリソースの問題だけではなく、このような仮説検証を行なってプロダクトを磨き込むサイクルがその後のビジネス成長にとって重要だからです。

こうしたフェーズで営業パーソンがスタートアップに参画する場合、成熟したプロダクトを「販売する」能力とは異なる能力が求められます。特にSaaSスタートアップでは、これまでになかった(もしくは顧客が諦めていた)課題に対して、これまでになかったテクノロジーで解決手段を提供することで、今まで以上のビジネスインパクトを創ることを目指すため、売上としてのキャッシュと同様に顧客から得なければいけないことがたくさんあります。

B2BのSaaSスタートアップ営業の目指すべきもの

SaaSはソフトウェアというプロダクトでありながら有形資材ではない、売り切りではなくサブスクリプション形態で売上が計上される特徴的なビジネスモデルです。B2BのSaaSスタートアップ営業では、顧客のビジネスプロセスを改革して価値を創造することが顧客に対する価値提案となるため、これまで以上に深い顧客課題への洞察とビジネスモデルの理解を通じた価値ドライバーを動かす実現可能性を議論する必要があります。

このような営業スタイルで求められる素養は成熟したビジネスモデルとはやや異なってきます。

1. 課題の深掘りと目指すべき姿の合意形成

スタートアップビジネスの場合、顧客に認識されている課題(顕在化された課題)をターゲットすることは多くありません。顧客のビジネスプロセスを変革することで新たな価値を想像するための課題仮説があり、それを検証するプロセスから真の「目指すべき姿」を定め、それを達成するためのステップを顧客と共に進めていくことが重要です。

そのため、一般的な営業のヒアリングで使われるようなオープン・クローズクエスチョンを織り交ぜた顧客診断的なアプローチでは足りません。具体的には、放置された(あるいは潜在的な)課題に目を向け、放置し続けることのネガティブなインパクトに気付きを与え、それが解決された世界で創造される価値とその実現可能性を議論するための投げかけが必要になります。このステップの中で、顧客の現在地(As-Is)と真の理想像(To-Be)を設定し、そのGapを乗り越えるためにできることこそがValue Propositionであり価値共創プロジェクトになります。

スタートアップ営業は、このValue Propositionを実現するために案件を受注し、価値共創プロセスをスタートして、顧客が価値を創造して受益できるようことを目指すことになります。

2. プロダクトフィードバック

プロダクトがまだ成熟していない、開発途中にある場合は、n=1の顧客フィードバックが非常に重要な開発原資になります。MVPは顧客の課題を解く仮説検証を回すためのエンジンであり、その活動の結果として足りていないものや、これができれば購入するという顧客の購買心理がどこにあるかを得ることが営業タスクとして重要です。

そのため、営業商談の場面でもどんな機能があれば使いたいと思うか、デモで見た機能で何ができるのか想像できない、こんなことが実現できる機能はあるのか?など多くの顧客フィードバックを得ることが求められます。

プロダクトを提供するビジネスで営業パーソンは機能説明的に説明してしまうケースが多いのですが、スタートアップで必要なプロダクトフィードバックを得るためには適していません。前提としてプロダクトの深い理解(機能の理解ではなくケイパビリティの理解)がなければ顧客と達成したい価値創造プロセスにおいて必要になり機能や要件に顧客の視点が向けられません。ここを踏み外すと営業商談は単なる機能訴求の売り子になってしまい、顧客のマインドも単なるモノとして必要か不必要かの意思決定になってしまいます。

3. ユースケース作りと最初の事例を早く作ること

成熟したビジネスの場合、プロダクトの利用者も多いため導入による効用が認知されていて、導入を検討する企業としても自社の課題が顕在化されているケースが多いです。一方でスタートアップビジネス(特にB2Bビジネスをターゲットにした場合)は先ほどの通り顧客の中で課題は顕在化しておらず、新たな洞察を買い手に与える必要があります。

この時に重要なのは顧客セグメントに合致した事例です。同業種であったり、課題感が近しい企業において先行して価値実現しているストーリーはどんな営業提案にも勝ります。そのため、スタートアップ営業ではターゲット業界で事例化を進めるための協力的なリファレンスカスタマーを早期に作り、プロジェクトを成功させ(もちろん小さな成功で良い)、事例を公開して導入効果をスケールさせるようにします。

この最初の事例を作るまでは当然時間がかかるため、日々の営業活動の中から(プロダクトフィードバック同様に)具体性の高いユースケースをまとめることが必要になります。このユースケースを複数かつ粒度高く持つことで、さまざまな顧客課題の顕在化と価値提案の実現可能性を高めることになります。

ユースケースの作成は営業パーソンが日々の商談から得た考察をもとにするべきではありますが、それだけではプロダクトのケイパビリティの面では浅くなってしまうこともあり、かつ売り目線が強くなってしまいます。そのため、商談フィードバックをプロダクトオーナー(Product Manager)と定期的に行って確度の高いユースケースをスライドやデモとして形にすることがポイントです。

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