ものづくりの「現場」から、くらしのアップデートが始まる

2018/11/27
パナソニック100周年記念フォーラムでの津賀一宏社長による基調講演では、火鍋レストラン・海底撈との共創事例が取り上げられた。同社がこれまで製造業で培ったファクトリーオートメーションやプロセスマネジメントのノウハウを応用し、食の安全やトレーサビリティを高めるスマートレストランをつくる試みだ。
この事業を担うのが、「現場プロセスイノベーション」を掲げてさまざまな業種へBtoBソリューションを提供するコネクティッドソリューションズ社(CNS社)である。パナソニックの製造現場で得られた知見とノウハウは、これからのビジネスをどう変えていくのか。CNS社副社長・青田広幸氏と、ECをはじめとするプラットフォームを構築し、ものづくりの現場を支援するアペルザ代表取締役・石原誠氏に、BtoBの未来を語ってもらった。

現場の“お困りごと”を解決する

── まずは両社が手がけられているビジネスの紹介ならびに、なぜそのようなサービスを手がけようと思われたのか、お聞かせ願えますか。
青田 パナソニックが製造業で培ってきたノウハウには、生産性向上のためのプロセス改善やオートメーション化の技術など、さまざまな業種に応用できるものが数多くあります。
 そういったビジネスのプロセス自体をソリューションとして提供することで、お客様のBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)に役立てていただくことができる。
 そんなふうに、これまで表に出ていなかったパナソニックの知見とノウハウを新しい価値として社会に還元していこうというのが、「現場プロセスイノベーション」のコンセプトです。
パナソニック 執行役員、コネクティッドソリューションズ社 副社長、パナソニック スマートファクトリーソリューションズ 代表取締役社長。1983年、松下電器産業入社。アメリカ松下モータ社 社長、オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社 副社長、パナソニック ファクトリーソリューションズ 社長を経て、現職。
石原 私は以前、産業用のセンサーや測定機器を扱うキーエンスという会社で、営業マンをしていました。ですから、パナソニックさんのようなメーカーの製造現場には、よく足を運んでいたんです。
 その時に見えてきた製造業特有の問題や課題を解決するため、ものづくりの産業構造をリ・デザインし、日本の基幹産業として再び元気にしたい。これが、当社がビジネスをスタートさせた根幹の想いです。
── 製造業の課題とは何ですか。
石原 大きくは3つ。「情報流通」「取引のあり方」「コミュニケーション」です。
 製造現場の技術者は、何か部品や設備、工具などを買おうとした場合、情報を集め、スペックや値段で比較検討し、購入します。この購買フローが、とても非効率だったんです。
 製造業で扱われる商品は数が膨大で、ネジやボルトの種類もミリ単位で細かく分かれています。そのバリエーションは、800垓(=800兆×1億)種類以上にも及ぶと言われています。
 それにもかかわらず、インターネットがこれだけ発達している今もなお、多くの技術者は展示会に足を運び、会場で手に入れたカタログやパンフレットを参考に製品の情報を入手します。
 購入に関しても約束手形といった決済が多く、注文してからも販売代理店、卸業者と複雑で中間の多いサプライチェーンを通る。そのため製品が届くのは数日後。営業マンが車で納品するところもまだまだ残っています。
 そこで私はこれらの購買フローを全てインターネット、パソコン上で行えるプラットフォームを構築しました。製造現場でよく使われる生産財などに特化したECモールや、PDF化したカタログが閲覧できるデータベースサイトなどです。
新卒でキーエンスに入社後、コンサルティングセールスに従事。2001年より社内ベンチャープロジェクトとして「iPROS(イプロス)」の立ち上げに参画。執行役員として「サービス開発」「メディア運営」「経営企画」を担当。14年に退職すると複数のスタートアップ設立を経てアペルザを創業。
青田 実はパナソニックは、石原さんがおられたキーエンスさんに、何度もお世話になっているんです。いや、助けられたといった方が、正しいかもしれません。
 特に私が印象に残っているのは、自動車のあるデバイスをつくるプロジェクトでした。画像認識システムを備える必要があったのですが、当社が持つ製品やシステムだけでは、実現が難しかった。そこでどうにかならないかと、お願いしたわけです。
 そうしたら必死になって検討してくださり、クライアントの要求を満たす部品を提供してくれた。それもスピーディーに。おかげさまでプロジェクトは成功。現場の技術者はみな大喜びでした。
 その時に強く感じたのは、仕事に対する姿勢、特に、ものづくりに対する熱い思いです。目の前の問題から逃げるような素振りは一切なく、我々のプロジェクトに、まるで当社に前からいたメンバーのような姿勢で、全力でコミットしていただきました。服装まで、パナソニック社員と同じ作業着を着てくれていたんです。
 ただものを売るだけでなく、お客様に真摯に寄り添い、製造現場のお困りごとを解決する。その姿勢に深く共感したのを覚えています。
 石原さんはキーエンス時代の志を受け継ぎながら、インターネットやデジタルテクノロジーによってより良い製造業の未来を描こうとしていますよね。我々CNS社が手がけているビジネスも、根幹はまったく同じ。現場の課題に寄り添い、逃げずに解決していきます。

お客様の真のニーズは何か

── 「現場に寄り添う」とは、具体的にどういったサービスになるのでしょう。
石原 私は、お客様の真のニーズを汲み取ることだと思います。先の青田さんのお話で言えば、ものを売るだけなら別に作業着まで着なくたっていいわけです。要求されたスペックを満たす部品を、送り届ければいいわけですから。
 でも、製造現場が求めていることの本質はそこではありません。その先、組み上がった生産装置が正しく動き、満足のいく製品をつくれることです。
 だから私どもの会社では、単なるECサイトだけではなく、お客様に必要な業界の最新動向や情報をオウンドメディアで発信するなど、関連情報の提供にも注力しています。
青田 今のお話にも大いに共感します。お客様が求めているニーズの本質は、高性能な製品やシステムではありません。ダウンタイムの減少やオペレーションの簡便化など、製造プロセスをいかに効率よくできるか。そして、より良いものをつくれるか。つまり、現場に寄り添うとは、現場プロセスを改善することなのです。
 このような考えですから、我々の事業はパナソニック製品を売ることが目的ではありません。他社の製品やシステムの方がお客様に最適だと判断すれば、積極的に採用します。「お客様が何を求めているか」。大切なのは、そこですから。
── これまで製造現場やSCMの改善は、商社やコンサルティング会社主導で行われてきたように思います。違いはどこにあるのでしょう。
青田 繰り返しになりますが、現場に目を向けている、という点が大きく異なります。
 失礼を承知で申し上げれば、ほとんどのコンサルタントは、視線が現場ではなく経営層に向いています。さらに言えば、経営層の立場で現場を詳細に把握するというのは非常に難しい。思考が机の上であり、描かれた改善案は、絵に描いた餅であることが往々にしてあります。
 なぜ机上の空論で終わってしまうのかというと、ただでさえ忙しい現場にさらなる負荷を要求するようなケースが多く、改善案やシステムが現場のフローに適していないからです。それなのに経営層は「高価なシステムに投資したのに、なぜ生産効率が上がらないのか?」と考える。
 そして怒りの矛先は、コンサルタントに向けられるわけです。すると、どういうことになるか。「御社の技術者のスキルや理解度不足が原因です」と現場メンバーのせいにされ、さらに費用をかけて新しいムダなシステムを構築するか、あるいは「もうできません」と撤退してしまう。
 このような経営層と現場の乖離を、我々は色々と見てきました。だから、まず現場に目を向けたうえで、経営層のリクエストに応えていくのです。
── なるほど。現場に寄り添うことの重要性はよくわかりました。そこから先は、具体的にどのような改善策を提案するのでしょう。
青田 現場の多くのトラブルは人的なミスだということが、経験からわかってきました。これまでの製造現場ではベテラン技術者の「勘・経験・根性」で、なんとかうまく回っていた。我々はこの3つを「3K」と呼んでいます。
 テクノロジーがこれだけ発達した昨今、この3Kをデータ化し、人の代わりにロボットやAIが行えば、ミスは減るはずです。もちろん技術者でなければできない業務もありますから、その住み分けも含め、人とテクノロジーが協働していくことが、これからの製造現場に求められているのです。
 さらにこの3Kは、いわゆる“匠の技”と呼ばれるものです。これをデータ化することは、現在の製造現場で問題となっている技術の継承にもつながると考えています。
パナソニック創業100周年記念「クロスイノベーションフォーラム2018」で展示された「モノづくりのデジタライゼーション」の一例。西陣織を特殊な方法でスキャンしてデータ化し、プラスチック板をレーザーで削り出して再現。色鮮やかさや質感、風合い、繊維の一本一本まで再現されている。(写真提供:パナソニック)
石原 テクノロジーを使って技術継承を支援するという考え方は、「調達」の現場でもまさに今必要とされていることだと思います。私がアペルザで展開しているサービスにも、同じような想いが含まれています。
 製造のサプライチェーンにおいては、専門商社やバイヤーなど、さまざまな人たちが介在しています。そのなかには、特定分野において現場の技術者でも知らないような商品知識を持つ方も少なくありません。
 ただ、その知識は属人的で、高齢の担当者だけが持っている場合が多い。つまり青田さんがおっしゃっていたように、素材や製造部品、加工技術の知識もデータ化し、共有されなければ潰えてしまうのです。私たちが提供しているプラットフォームであれば、その継承が実現できます。

現場をつなぎ、くらしを変えていく

── 両社が展開するサービスが浸透した先、製造やロジスティクスの変化によって、私たちのくらしにはどんな未来が訪れるでしょうか。
青田 現場に寄り添うという流れは、BtoBに限ったことではなく、その先のCの部分、コンシューマにも当てはまります。メーカーが高性能な製品をつくることがビジネス成功のポイントではなく、エンドユーザーが求めているニーズにマッチしたサービスを提供していくことが、これからのビジネスに求められているからです。
── つまりプロダクトアウト型のビジネスではなく、マーケットインに変わっていくと。
青田 ええ。今でこそ郊外型の大型スーパーなどで買い物することが当たり前となりましたが、我々が子どものころは、家から歩いていける距離にあらゆるサービスがありましたよね。魚屋、花屋、八百屋、クリーニング屋、飲食店など。そしてこれらのお店は融通が利いた。つまり、一人ひとりのコンシューマに耳を傾け、対応していたわけです。
 ところが高度経済成長という名のもと、先のような大型スーパーが出現しました。関わる業者数は増え、サプライチェーンは複雑化。商品はこれら大勢の業者が扱いやすいよう、画一化されていきました。
 つまり、大量生産・大量消費型のサプライチェーンは、現場にいるお客様に寄り添ったサービスの提供よりも、企業側の都合を優先して物事を進めていった。その結果、製造の現場は、本来のお客様であるエンドユーザーからの距離が開いてしまいました。
石原 すごくよくわかります。大量生産の時代には、消費者や現場の声を聞くよりも、ものをつくり続けることが重要でした。また、大規模なビジネスと、一人ひとりの声を聞くことを両立できるテクノロジーもなかった。
 でも、これからの時代は違います。インターネットを介して売り手と買い手の双方からデータが蓄積され、AIをツールとして使えるようになれば、よりエンドユーザーに近いビジネスが可能になっていきます。
 私自身の生活を考えると、すでにBtoCでは自分好みにカスタマイズできる「融通の利く」サービスが増えているように感じます。それに比べて、BtoB領域はまだまだこれからなんでしょうね。
青田 そうですね。ただ、BtoBにも変化が求められているのは間違いありません。
 今の巨大なサプライチェーンは、サスティナブルな観点から考えても、相応しくありません。最終的なお客様のリクエストが100だとしても、間に入るサプライヤーや、物流、倉庫は小売店舗から2割増しの120を要求される。倉庫は余裕をもって150くらいをストックし、源流の製造業者はさらに余裕をもって製造する。そのようにして、本来の需要の2~3倍もの製品やパーツを製造していることがあります。
 これが食品であれば、廃棄ロスだけで膨大なコストがかかります。ですから、生産性という観点でも、サプライチェーンは簡素化し、コンシューマとメーカーが直接やり取りするようなケースが増えていくでしょう。
石原 ロジスティクスは重要ですね。多様化するニーズに寄り添うということは、多品種・小ロットの生産が増えるということ。その分、物流も複雑になります。
 人件費などのコストが安いという理由で海外に工場を移した時代も、もう終わりました。将来的には、一極集中型の巨大工場は減り、消費地の近くに小規模でスマートな工場が増えていくのではないでしょうか。
 そうするとサプライチェーン自体が短くなりますし、極端な例としては、店舗で製造することだってできるようになります。または、輸送中のトラックの中で、注文を受けた製品をアッセンブルすることもできそうですよね。
青田 今のお考えは、パナソニックの描く未来像とも近いです。私は、さまざまな生産物の中でも特に「食」の分野からスタートしていくのではないかと考えていますが。
 コンシューマとしては、できるだけ新鮮で安全な料理を食べたいわけです。しかし、現実には海外工場で加工された食品や食材が冷凍され、経路が見えないまま輸送されています。
 加工の現場を消費地に近づけてトレーサビリティを高め、モビリティで配送する間にも解凍や調理を行う。それによって商品を最高の状態でお客様にお届けすることは、まさに消費者の声を反映したサービスだと思います。
── そこまでいくと、サプライチェーンにパナソニックブランドがつく未来もありそうですね。
青田 できたらいいとは思いますが、正確には少し違います。我々はあくまでお客様のビジネスをサポートする立場であり、今の話で言えば、主役はあくまで物流会社様だからです。
 パナソニックは、今ある業界をディスラプトし、プラットフォーマーになろうとはまったく考えておりません。私たちのビジネスは、あくまで裏方。さまざまな業界の現場にいる皆さまと一緒に、イノベーションを起こしていくことなのです。
 自社だけで囲い込むようなビジネスは、今の時代にはそぐわない。異業種やコンシューマの声を聞き、「共創」していくことで、ビジネスの現場でイノベーションが起きていく。その結果、社会やくらしがより良くなっていくのだと思います。
(取材・編集:宇野浩志 構成:杉山忠義 撮影:林 和也 デザイン:國弘朋佳 タイトルイラスト:小笠原 徹)