100年後の住まいをどうデザインするか。「家」のコンセプトを問い直す

2018/10/30
パナソニックが本格的に住宅領域に参入したのは約60年前。以来、「くらし」と「空間」の創造を掲げ、住宅建築からまちづくりまでを手がけてきた。
住まいに求められるものは、ライフスタイルの移り変わりや新しいテクノロジーの台頭によって大きく変化する。IoTなどの技術やインフラの急激な変化が予想されるこれからの時代、家のあり方はどのように変化していくのか? パナソニック エコソリューションズ社の本山仁氏と、デザイン組織NOSIGNERを率いる太刀川英輔氏が、その未来像を語る。

新しいデザインが、人のくらしをアップデートする

── 本山さんはパナソニックの住宅領域のなかでも、ずっとデザインに携わってこられたんですね。
本山 1988年に松下電工に入社して住建デザイン部に配属され、20代の頃はイタリアで働きました。その頃に仕事をしていたミラノのデザイナーたちは、建築やプロダクト、グラフィックなどのデザインをあまり区別していませんでした。
彼らは「Progettista(プランナー)」や「Architetto(アーキテクト)」といった、より広い概念でデザインをとらえていて、「デザインというのは、絶え間ない意味の再定義だ」と教わりました。
それ以来、私のなかでもデザインの定義が変わって、今も「くらし・空間コンセプト研究所」という部署で、住まいやくらしの概念を一から定義し直すような仕事をしています。
1988年、松下電工に入社し住建デザイン部に配属。イタリア松下電工出向、R&D企画室(空間事業推進部兼任)、デザイン部戦略企画グループ(R&D企画室、空間事業推進部兼任)を経て住宅研究所(現・くらし・空間コンセプト研究所)所長に就任、現在に至る。趣味は建築名所への旅。好きな言葉は「非志無以成学」。
── そんな本山さんが「未来の住まい」を語り合う相手として選んだのが太刀川さん。ノザイナーも一般的な「デザイナー」のくくりに収まらない活動を行っていますが、「何を」デザインしているんでしょうか。
太刀川 いつも答えに困るんですが、総じていえば形によって良い関係性を作ることを目的にデザインの仕事をしています。グラフィックなどの平面、椅子やデバイスなどの立体、オフィスなどの空間という3種類のデザインスキルを使って、未来に起こってほしい関係性を作る仕事と申しましょうか。
あとは、そういった革新的なデザインや事業構想が起こるプロセスを生み出す方法。それを生物から学ぶ「進化思考」を提唱しています。先日も、パナソニックさんと会津大学さんとともに進化思考で発想していただく機会を持たせていただきました。
僕は「形や形態によって世の中の関係をどう変えられるか」に興味があるので、新しい形態を企画・提案することによって生まれる人と人や、人と道具の関係性の変化を目指して、デザインで社会実験を続けているようなイメージです。
デザインの社会実装や知の構造化を目指すデザイン活動体「NOSIGNER(ノザイナー)」の代表。生物の進化からイノベーションの方法を学ぶ「進化思考」を提唱するデザインストラテジスト。建築・グラフィック・プロダクト等の領域を超えて活動し、グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞(香港)、PENTAWARDSプラチナ賞(食品パッケージ世界最高位/ベルギー)SDA 最優秀賞など国内外の主要なデザイン賞で受賞多数。審査員も歴任する。
── お二人ともかなり観念的というか、意味やコンセプトを問い直すようなスタンスでデザインと向き合われているんですね。
本山 デザインというのは単に色や形といった見た目だけのことではありません。一方で、今は色彩や造形デザインがコモディティ化しています。つまり、かっこよさは、もはや品質といえるのです。
ですから、素材からディテールの仕上げまで、ますます手を抜けません。
太刀川 デザイナーとは形態を深める職人であり、形態の可能性を見出すコンセプターでもあります。昔からこの両方が「デザイン」だったけれど、高度成長期の頃は形をきれいに、かっこよく研ぎ澄ますことが重点的に求められていました。
でも、今はそういう時代ではなくなって、いい意味で本来のデザインに立ち返ったのだと思います。
── 「形態の可能性を見出す」とは?
太刀川 形態によって生まれる関係って、たくさんあるんです。自然はその達人とも言えますし、人間もそれにならってたくさんのイノベーションを生み出してきました。たとえばオットー・リリエンタールは鳥そのものを模した飛行機の原型のようなものを作って、空を飛ぼうとした。これは鳥に擬態するという新しい形態を発見し、その後の航空機につながるような関係を生み出す、新たな可能性が切り拓かれた瞬間だったと思うんです。
このように、形によるイノベーションが生まれるときに、どういう思考プロセスがあったのかを研究するのが、僕のテーマです。

閉じられた住まいを、くらしを起点に開いていく

── では、お二人にお聞きしますが、現代の「住まい」を再定義するとしたら?
太刀川 住まいというのは寒さや雨風をしのいだり、外敵を遠ざけたりするフィルターとして、言葉よりも前からあったわけですよね。家を建てる前には、群れとして寄り合うことがそのフィルターになっていた。この定義は今も変わりません。
ただ、今の日本社会は、かつてのように村や複数世帯のコミュニティで寄り合わなくても生きていけるようになりました。
その結果、核家族化が進み、住まいも細分化されてどんどん小さくなった。すると何が起きるか。僕は一つひとつの家族が脆弱になってしまったのではないかと思います。
たとえば、一人息子がグレたとしても、昔は寄り合いの中で「あそこの家がどうもおかしい。なんとかしよう」と解決していました。でも、今はそもそも他人を家に呼ばない。閉じられた家の中で難題が起こって初めて、自分たちの家族がいかに脆弱であるかに気づく。
そこで、再び新しい寄り合いを求め始めたのが、今の流れではないでしょうか。
本山 閉じられた家をどう開いていくかというのは、ポイントの一つですね。
昔の家には他人が行き来できる縁側がありましたが、今は誰でもウェルカムなわけではない。自分が信頼できるコミュニティに向けてだけ開放したいという欲求が強くなっています。
それに、最近は街全体をホテルに見立てた「クラウドホテル」のような試みもあります。一つの建物内だけで完結するのではなく、食事は近所の行きつけの食堂で、入浴は銭湯でと、外にくらしの機能を拡張する考え方ですね。
そうやって外との接点を持つことで、一つひとつの家族は脆弱でも補完し合うことができます。現在は三角屋根で玄関が一つの閉じた建物が家としてイメージされますが、その概念は、これからもっと広がっていくかもしれません。
くらし・空間コンセプト研究所では、家の一部を外部に開き、家族以外も出入りできる「サービスポート付き住宅」を提案している。このポート(港)を利用した、宅配業者からの商品受け取り、教室や店舗、部屋の賃貸などの用途が考えられる。
── これからの住まいは、境目があやふやになっていくのでしょうか?
本山 そう思います。当研究所はこれまで「住宅研究所」という名称でしたが、今年から「くらし・空間コンセプト研究所」に変わりました。それは住宅に限定せず、もっと広く「くらし」をとらえて社会生活の改善と向上を目指すためです。
言葉って怖いもので、「住宅」という名称を冠していると、家から一歩出た先のことは何も考えなくなってしまう。それを「くらし」と言い換えるだけで、思考の範囲が大きく変わるんです。
たとえば、家から会社に行くまでの道のりも「くらし」ととらえて、そこで何か新しい価値を提供できないかと考えるようになる。そこから新しいサービスや、事業の種が生まれることもあるでしょうし、住まいとくらしはシームレスにつながっていくと思います。

テクノロジーにこそ、プリミティブさが求められる

── 「次の100年のくらし」について、お二人はどんな展望をお持ちでしょうか?
本山 ゆくゆくは、家事をAIやロボットがすべて代行し、食事もサービス料を払えば自動的に供給されるような時代になるでしょう。そうなると、あえてコストをかけて高い食材を買い込み自分で料理するということが、より特別で贅沢なものに感じられるのではないかと思います。
つまり、人は生活において必然ではないことに、価値や面白さを見出すようになっていく。
太刀川 そうですよね。便利になりたいだけなら、わざわざジムにお金を払って苦しいランニングをするはずがない。必然的でないことをわざわざやるのは不条理なようですが、人はただ便利さや効率だけを追い求めているわけではありません。
我々は、「好きなものを最大化して、ペインを最小化したい」という本能的な欲求に従って行動しています。それは能力を高めることだけでなく、たとえば「思い出に残る」とか、「根源的に生きているよろこびを感じられる」みたいなことも含まれるでしょう。
本山 利便性や合理化ばかりを追求するなら、住まいは無機質で画一化されたものになっていく一方ですからね。でも、決してそうはならないはずです。
むしろ、テクノロジーが進化すればするほど、人は「くらしの原点」に回帰していくのではないかと思います。
── 「くらしの原点」とは、たとえばどんなことですか?
本山 たとえば、人類は原始時代から火の周りに集まって暖を取り、食事をし、コミュニケーションをとってきました。日本では竪穴式住居の時代から「囲炉裏」のようなものがあったともいわれていますし、「住まいの中心に火がある」ことは、人間にとって長らく当たり前だったんです。
今では間取りを効率化するためにキッチンを家の隅に追いやっていますが、果たして本当にそれでいいのかということを考える必要があります。
そういったことを突き詰めていくと、未来の住まいには、AIに代表されるテクノロジーと、「火のあるくらし」のようなプリミティブな要素が同時に存在するようになるのではないかと思います。
太刀川 デザインの視点でも、これからはハイテクなものにこそプリミティブなビジョンが必要になるでしょうね。こういった兆しはすでに現れています。
たとえばGoogleがミラノサローネで行った「Softwear」という展示はまさにこのコンセプトでしたし、彼らのスマートスピーカーにも布が使われていて、まるで「おばあちゃんの裁縫バッグ」のようです。テクノロジーを、素朴なデザインで包んでいるんですね。
それはハイテクなものも、表面上はプリミティブに擬態してほしいという欲求の表れでしょう。そういったプリミティブな感覚とテクノロジーをどうつなぐのかが、これからのデザイナーの腕の見せどころになるのだと思います。

何が、新しいデザインを生み出すのか

── ノザイナーは「希望ある未来への社会変化を加速させる」ことを活動方針として掲げています。パナソニックのような企業に期待することはありますか?
太刀川 一つには、パナソニックほどの会社だからこそ、「未来ビジョン」となるようなデザインシステムをきっちりと編み上げ、示してほしいと思いますね。
UXやUIをしっかり統一することもそうですし、未来を予測したビジョナリーなコンセプトを作り、同じタイミングでその未来に向かうためのリアルなプロダクトを出す。ビジョンだけを作る会社も、プロダクトだけを作る会社もありますが、それを同時にやることでより多くの人が未来を思い描けると思うんです。
本山 本当にその通りですね。パナソニックのように、社会やくらしに関わるさまざまなものを取り扱っている会社こそ、しっかりと未来を描くべきです。
これまでは、メッセージを発することを怖がっていた部分もあるのではないかと思います。しかし、今年で100周年を迎え、これからの100年に向けてとにかく一度描いてみよう、と。パナソニックが未来に向けて何をする会社なのか、それを今まさに問うているところです。
私なりの考えでは、未来を作るためには、技術や効率化に投資するのと同じように「発想」と「発想の仕方」への投資がカギになると考えています。
太刀川 パナソニックというのはこれまでもさまざまな領域でくらしや社会を変えてきた企業ですし、今この部屋を見回しただけでも、おそらく100個以上のパナソニック製品が目に入っているわけです。
本山 (この取材が行われている空間では)建材やスイッチなど、割と目立たないところが多いかもしれませんけどね。
太刀川 でも、その目立たないスイッチのデザインを刷新してUXを変えられれば、社会全体に大きなインパクトを与えられますよね。
僕のような外野としてはそういうことをどんどんやってほしいし、パナソニックが本気で仕掛けたら、我々の生活はどう変わるんだろうということを考えるだけでもワクワクします。
本山 ありがとうございます。でも、新しい発想という点では、社内だけで完結することにとどまらず、一緒に考えてくれるパートナーを探すことも大事なんですよ。
パナソニックは豊富なリソースを持っていて、大抵のことは自分たちでできてしまいます。だからこそ、いつの間にか同じループのなかでしか物事を考えられなくなってしまいがちです。
それに、世の中を変えるようなデザインや優れたクリエイティブは、一見無関係に思える情報やアイデアの点が線でつながった時に生まれるものです。その点と点はできるだけ遠くにある方が、大きなイノベーションを起こせます。
住まいやくらしを変えるような新しい価値を作るには、太刀川さんのように外にいる方とアイデアを交換し、協業していくことが大事なのだと考えています。
(取材・執筆:榎並紀行、編集:宇野浩志、撮影:林和也、デザイン:國弘朋佳、タイトルイラスト:小笠原徹)