IoT時代の地方の現実。その課題と可能性

2017/10/24
少子高齢化によって生産人口が減少するなか、どのように産業やコミュニティを維持・発展させていくか――現在さまざまな課題に直面する地方で、先端テクノロジーを使った取り組みが行われている。
いまの地方を取り巻いているのは、東京などの都市部にも、いずれ訪れるであろう状況だ。未来の変革は、ローカルから始まっている。(全7回連載)
これからの50年で、日本の総人口は約9000万人まで減少する。その時代に65歳以上の人口が占める高齢者率は、約4割。人口減少と少子高齢化が加速していくことは、避けられない現実だ。
都会に暮らす人たちにとっては、遠い先のことのようで、実感が湧かないかもしれない。東京などごく一部の都市では、まだ人口が増加しているからだ。それは裏を返せば、地方からの人口流出が止まらず、東京への一極集中が続いているということ。将来的な超少子高齢化社会は、地方から始まり、都市部へと波及する。
※内閣府「平成29年版高齢社会白書」より抜粋
生産人口が減り、介護や医療などの問題も深刻化するなかで、どのように社会を存続させるのか。現在の地方が抱える課題と展望について、総務大臣補佐官として地方創生やIoT活用に取り組んだ経験を持つ、太田直樹氏に聞いた。

人材の発掘と育成が、地方のチャンス

── 太田さんは、今年8月まで総務大臣補佐官として地方創生に取り組んでいました。いま、「日本の地方」が直面している状況をどのように分析しますか。
太田:私は総務省にいた2年7カ月の間に、延べ100カ所の地域を巡り、約1200人にお会いしました。そうして出会った人たちは、とても前向きで意欲のある方が多かった。そのため、地方の問題については楽観的な見方をしています。
そもそも、国が「地方創生」に乗り出したのは、東京への一極集中を是正するためですが、その状況は東京と日本全国の「所得の差」と連動しています。つまり生産性の差ですから、短期間で急激に縮まるものではありません。
さらに言えば、一極集中の是正というのは、結局のところ地域間でパイを取り合うことにしかならないんです。日本全体の人口が減っているわけですから。
── つまり、人口を分散させようとすること自体が間違っている?
課題分析の入り口は、人口問題でいいんです。人口が減少する理由を分析すると、仕事が無い、学校が良くない、医療に不安がある、コミュニティが崩壊している……そういった、地方が抱えるさまざまな問題が浮かび上がってきます。
ただ、その出口、つまり解決のための目標を「人口増」にすると、非常に奇妙なことになってしまいます。おそらく、現在それぞれの地方が目標として掲げている人口増加数を全て合わせると、日本の人口は2億人くらい必要になるのではないでしょうか。
── 存在しないパイは取り合えないわけですね。そうすると、太田さんの楽観はどこからきているんですか。
私は、地方における人口減少という課題の出口は「人材」だと考えています。人材の発掘や育成という点では、飽和状態の東京よりも、広いスペースがあり、産業の伸びしろが大きい地方にこそチャンスがあると思うんです。
たとえば、タオルや包丁、鞄(かばん)などをつくっている伝統的な地場産業は、全国に250くらいあります。
現状ではそのうちの7割が疲弊、ないしは停滞していて、3割がなんとか頑張っている。でも、その疲弊している7割に外部人材を投入することで、ターンアラウンドするケースが出てきています。
なぜ多くの地場産業が衰退しているのかというと、たとえ歴史や伝統があったとしても、その産業が強かったかつての要因が、現代では陳腐化しているケースがあるからです。地場産業を再生するためには、今の時代の技術や価値観に合わせてブランディングをやり直す必要があります。
── 印象的な事例はありますか。
私が見に行ったなかでは、兵庫県豊岡市の鞄産業があります。なぜ豊岡で鞄なのかというと、江戸時代に豊岡藩というのがあって、柳行李(やなぎごうり)をつくっていたんですね。明治時代になり、その柳行李に取っ手を付けて、パリの万博などで売った。実は、それだけなんです。
でも、豊岡鞄は近年になって復活しました。豊岡の城崎温泉にあった文化ホールを市が手に入れて、劇作家の平田オリザさんを芸術監督に据え、現代アートで町おこしを行った。
経営難の箱モノを、アーティスト・イン・レジデンスという形で無償で劇団やアーティストに開放し、それが求心力になって人材が集まるようになったんですね。
市の中心部にも「Toyooka KABAN Artisan Avenue」という施設がオープンし、年間120万円ほど学費を支払い、フルタイムで鞄づくりを学ぶアルチザンスクールも始まりました。北は北海道から南は福岡、10代から40代まで幅広い人たちが集まっているそうです。
この施設をプロデュースしたのは、Iターンで豊岡に移住した方です。地元の人だけでなく、外部の人も交じり合いながら、伝統産業を再評価している。このようなアプローチでの成功事例は、これからもいろいろなところで起こりうるでしょう。

官が制度を整え、民が人材とサービスを育てる

── 地方創生において、国や地方自治体と民間はそれぞれどんな役割を担うと考えますか。
官が変えられることとしてよく挙げられるのが、「制度」「税金」「補助金」の3つ。国による地方創生事業は1980年代の竹下内閣時代から行われていますが、もっとも多く使われているアプローチは「補助金」です。個人的には、これが失敗の要因だと感じます。
何をやるにしても補助金ありきの事業になり、補助金の切れ目が事業の終焉になってしまっているのが実情ですから。
新しいテクノロジーが次々と登場している昨今の状況を踏まえると、官がもっとも効果的に民間をサポートできるのは、補助金よりも「制度」の面でしょう。
私はIoTやAIがこれからくるという時期に総務省にいたので、医療、教育、防災、観光、まちづくりなど、生活に身近なところでデータを活用できないかということをずいぶん考えました。
たとえば、日本が持っている医療データって、世界のなかでも飛び抜けて質がいいんです。どんな健康状態で、過去にどんな治療歴があるのか、個人が特定できる形でデータを取ってあります。
一方で、質の高いデータを扱ううえでのハードルが、プライバシーの問題。今年の5月に改正個人情報保護法が施行されましたが、いろいろな現場を見て分かったのは、データ活用は国が旗を振ったから動くというものではなく、地域の信頼関係のなかで進めていくべきものだということです。
── 国よりも地域が重要なのはなぜでしょうか。
日本の場合、個人情報取り扱いのルールというのは、自治体ごとに異なります。全国の自治体や特別区を含めると2000通りもの条例があり、「2000個問題」といわれています。教育や医療のデータを活用するには、その自治体が、運用も含めてルールを整える必要があるんです。
加えて、住民の総意を得るうえで、自治体スケールの方がやりやすいという理由もあります。私が注目している福島県会津若松市は、人口が12万人。ちょうど、日本全体の1000分の1のスケールです。ここでは市と会津大学が連携し、市民の医療データをプールして、いろんな企業や大学が自由に使えるようにしました。
すると、地元の企業だけでなく、NEC、富士通、インテル、GEヘルスケアなど、東京や海外に本社を置く企業の医療機器やウェアラブル研究開発チームが、会津若松市に集まってきた。
アクセンチュアも200人規模で人を雇い、高付加価値なデータ分析を行うICTの拠点を会津若松市に置くと発表しています。
── それだけ、医療データがオープンになることに価値があったんですね。
そうです。同じような構想を持っている地域はたくさんありますが、業界団体や住民の反対もあって、なかなか難しいのが日本の実情です。他方、「Data for Citizen」というビジョンを掲げてデータ活用に道を開いた会津若松市では、日本国内でも有数のデータアナリストが育ってきています。
会津大学というICTに強い大学があり、使えるデータの質も量も、東京よりよほどいい。そういう地域には、求心力があります。
データの使い方など、グレーな部分を国や自治体が整備し、イノベーションを起こせる環境をつくる。そのうえで民間や大学がいいサービスをつくり、人材を育てていくというのは、地方創生におけるひとつの理想形だと思います。

これからの10年、地方は日本のフロンティアに

── インターネットが普及したことによって、東京と地方の格差は緩和されたと思いますか。
残念ながら、マクロに見るとあまり関係がないと思いますね。近年のインターネットはソーシャルメディアの動きが大きくて、それを眺めている限りでは、むしろ地域の分断を広げているようにも見えます。
ただ、全国を回って個別に見ると、ICTによって“東京から離れた場所でも質の高い仕事ができる”という環境をうまく使っている人たちがいます。
そういう人たちがかたまりになって人口の流れを変えるとか、大多数が彼らのようになるとまでは思わないけれど、彼らのような人がツールをうまく使って、地域をプロデュースしていく可能性は感じています。
地場産業をターンアラウンドし、地域にIoTを実装していくなかで、チャンスがあれば人材は育ちます。また、そのキーパーソンたちはずっとその地方にいる必要もなくて、ひとつの地域を再生させた経験をほかの地域に生かすこともできるでしょうし、海外に出て行ってもいいわけです。
── 地場産業を再生させることが、地方にとっての最優先課題でしょうか。
まずはそうでしょうね。喫緊の課題として、地方は早急に、コミュニティの外から“外貨”を稼ぐ仕組みを整えないといけません。
今が本当に最大のチャンスで、IoTやデータ活用の分野で地方には大きなポテンシャルがあります。しかし、時間がたてばたつほど、チャンスは小さくなっていく。
これからの10年間で地元の金融機関も巻き込んで地場産業の新陳代謝を起こせなければ、その地域は存続が危なくなるでしょう。消滅する自治体も出てくるはずです。
“外貨”を稼ぐ産業がひとつ減ると、その産業に従事する1人だけでなく、周辺の5人の雇用が失われます。その産業があることで地域内の取引があり、衣食住が回っている。
全国250の地場産業は平均で2万人ずつ、合計すると500万人の雇用を生んでいます。この産業をターンアラウンドさせることは、3000万人の雇用を守るという話なんです。
全ての産業を活性化させるというのは楽観的すぎますが、そのうちの2割、100万人でも質の高い雇用を生み出せるとしたら、日本全体の経済から見てもインパクトは大きい。日本の自動車産業全体でも、就労者数は500万人程度。そのうち製造は50万~80万人ですから。
── 最後に、これからの地方に期待することをお聞かせください。
ひとつは、IoTなどのテクノロジーを社会に実装していくうえで、日本における事業開発のフロンティアとなる可能性。また、より広い意味で、これからの社会を担う人材育成の場としての可能性を感じています。
今の地方は、ダイナミックに社会のインフラを変えていくことができるという意味で、東京よりもとがったことができる場所です。失敗することも多いでしょうし、現在の取り組み次第で、10年後には自治体レベルで明暗がはっきり分かれるでしょう。
そういう環境だからこそ、面白い人材が現れるのだと思います。IT革命だといわれた1990年代は渋谷や六本木がフロンティアで、人が育つ環境でした。
でも、2000年代以降は、その環境が地方にシフトしたというのが私の実感です。これからの社会を担う人材や、新しい経済や社会のモデルが、地方から出てくると期待しています。
(取材・文:宇野浩志 編集:呉琢磨 撮影:後藤 渉 デザイン:片山亜弥)
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