【白河桃子】すべては「長時間労働是正」から始まる

2017/2/5
少子化ジャーナリストとして、婚活、妊活、専業主婦、専業主夫などあらゆる角度から少子化問題に取り組んできた白河桃子氏。現在、政府の「働き方改革実現会議」の有識者議員も務める白河氏がとくに力を入れているのが、働き方改革だ。なぜ働き方改革が少子化対策となるのか? そのメカニズムを解説する。

女性の「3つの壁」

私は女性のライフキャリアという観点から、少子化問題に長く関わってきていますが、少子化を解決するには、女性が出産のハードルと感じているものを取り除くしかありません。
とくに大切なのは、「女性が食いっぱぐれないようにする」ことです。
女性が食いっぱぐれない世の中が来たら、少子化は解決します。実は、男性よりも、女性の経済問題のほうが大事なのです。今や子どもを産むことは、女性には大きなリスクです。
フランスは「子どもを産むことで失うものがあれば国が補填する」「パートナーがいなくなっても、仕事がなくなっても、子育てだけは大丈夫です」というメッセージを政策で送ることで、少子化を克服しました。
【フランス】「育児する父親」の増やし方
しかし、日本はどうでしょうか?
男性1人の稼ぎでは、一家を養うことは難しい時代となっているのに、相変わらず日本の社会構造は「旧来の男性稼ぎ型モデル」で家族形成するようになっています。
結婚は「3割倒産する会社」ですし、第一子の出産で退職する確率が5割、離婚すれば貧困なシングルマザーになる確率も5割です。結婚や出産に慎重になるのも当たり前でしょう。
たとえば、みずほ総合研究所の大嶋寧子・主任研究員が女性の雇用について興味深いレポートを書いています。
レポートによると、2002年から2015年の間に、女性雇用者は315万人増加していますが、成長のほとんどは非正規社員の伸びによるものです(非正規社員は324万人増加する一方、正社員は10万に減少)。増加分の4割を占めるのは、年収100万〜149万円の人たちなのです。
なぜ女性の賃金は低迷したままなのでしょうか。
この背景には、3つの要因があると思っています。
1つ目は、「男女役割分担意識」です。
日本は、「男女役割分担意識」が強く、男性が子育てに関わる意識が低く、女性の時間が子育てに割かれてしまいます。そのため、フルタイムの正社員として働くことが難しいのです。
2つ目は、長時間労働です。
日本の労働市場は、労働時間が短いと収入が得られない構造になっているため、必然的に女性の収入が低くなってしまいます。正社員は、残業が不可欠な「無制限な働き方」だとみんな思っているので、正社員になれる人でも、正社員になる時間的資源がないのです。
3つ目は、社会のインフラです。
保育園の不足に加えて、税制も足を引っ張っています。100万円の壁、130万円の壁とよく言われますが、税制の壁はやはり大きい。
これらの事情があるため、女性の賃金が「重力にとらわれた」状況から抜け出せません。
女性の雇用環境はいまだに厳しい。女性が食いっぱぐれなくなることが不可欠だ(写真:iStock/coward_lion)
とくに深刻なのが、地方です。
パートの場合、年収200万円以上(税制のは働き損を超え、働いてよかったと実感できる収入)を稼ぐためには、東北・九州地方では毎週45時間以上働かないといけません。45時間働き続けるのは、肉体的にもハードです(首都圏では時給が高いので35時間以内の場合もある)。
また地方では、子育て女性の採用実績がない企業がまだたくさんあります。未だに銀行や地銀の中には、「結婚したら退職するのが普通」という文化のところも多いのです。
加えて、学歴が高い優秀な女性たちも、“ガラスの天井”を感じています。
今の日本では「労働時間差別」が深刻です。正社員、特に、労働時間が短い正社員はすごく差別されます。
時短になると、「給料が約半分」と嘆く人も多いのですが、「時短をやめる=無制限な残業」では、時短をやめられません。評価のランクも大きく下がるケースが大半です。マミートラック(仕事と子育ての両立はできるものの、昇進・昇格とは縁遠いキャリアコース)問題です。
これでは、昇進コースには乗れません。女性に優しいように見えますが、優秀な人ほどモチベーションが下がり、辞めるケースもあります。
このように、“重力にとらわれた”年収と、“ガラスの天井”のどちらも解決していないことが、女性の自立を妨げているのです。

パパ死んだ問題。平日母子家庭

そもそも、先進国において、少子化を克服した国には共通点があります。
それは、男性の「家庭参画」です。
OECD加盟24か国における女性労働力率と合計特殊出生率をみると、1970年代に男性の年収低下が起きています。同時に女性が社会進出が進み、いったん出生率は落ちました。
ただ、1985年ぐらいから、だんだん出生率は回復し、2000年代には女性の労働力率が高い国ほど出生率が高くなりました。
その間に出生率が回復した国に起きたのは「男性の家庭参画」です。男性がひとりで養えなくなっても、夫婦で共働きして、男性が子育てに参画することにより、共働き共育てで家族形成が可能になったのです。
ただし、日本では、男性の「家庭進出」がいっこうに進んでおらず、超少子化のままです。これが、出生率が低迷する要因ではないかと思っています。
男性の「家庭進出」は日本では不十分。女性が1人で家事を担うことも多く、「ワンオペ育児」という流行語も生まれている(写真:iStock/Yagi-Studio)
では、この状況をどうすれば変えられるでしょうか?
いちばん大事なのは、「働き方改革」です。「働き方改革」は少子化対策に直結します。
とくに、長時間労働の解消は、今の「負のサイクル」を「正のサイクル」に転換する、レバレッジポイントになります。
今の男性は、残業に追われて、とにかく子育てに割く時間がありません。
「残業ゼロ」とまでは言わなくても、2人で子育てをシェアできるようになれば、女性がずいぶん楽になります。男性も週に2日程度は子どものお迎えに行って、寝かしつけまで担当するぐらいにならないと、女性の賃金は上がりません。
子育てをする女性がよく口にするのは「パパ死んだ問題」「パパはソンビ問題」です。
夫が仕事でほとんど子育てに関われないため、子どもからすると、パパはいない人になってしまっています。よくママたちは「ワンオペ育児がつらい」と言っていて、最近では、「平日母子家庭」という言葉も出ているくらいです。
「パパ死んだ問題」は第二子が生まれる確率と強く関連しています。
夫の休日の家事、育児時間が第一子のときに0時間である場合、第二子が生まれる確率は1割にまで下がります。一方、夫が6時間以上家事育児をする夫婦は、7割近くが第二子を産んでいます。

長時間労働は結婚、出産にもマイナス

「働き方改革」は日本全体のテーマですが、とくに改革が必要なのは、東京です。
東京の出生率は日本最低の1.17(2015年)ですが、人口が多いため出生数では圧倒的No.1です。東京の出生率が上がることのインパクトはとても大きいのです。
そのためにも、長時間労働、長時間通勤という東京の働き方を変えないと、日本の働き方は変わりません。
私は神奈川県地方創生推進会議のメンバーを務めていますが、データを見て驚いたのは、神奈川の専業主婦率の高さです。
これは神奈川に限らない現象であり、埼玉、千葉といった、東京のベッドタウンでも同じことが起きています。大阪の周辺の三重なども似た構図です。長時間労働に長時間通勤が重なると、夫は育児の担い手になれないため、必然的に専業主婦が増えてしまうのです。
東京のベットタウンからの長時間の通勤は、子育てにおいて大きな負担になっている(写真:iStock/weisswald)
その意味でも、徐々に浸透しつつあるリモートワークはとてもプラスになると思います。
毎日は無理でも、週に1、2日自宅勤務できれば、いい効果があるはずです。子育て中の男女ともに、長時間労働が求められなくなって、かつ、リモートワークがしやすくなれば、女性は会社を辞める、またはマミートラックに長期に入るリスクが減ります。
長時間労働の悪影響はまだあります。独身者の結婚にもマイナスの影響を与えるのです。
その結果を見ると、1週間に60時間以上働く男性のグループは、結婚確率が5%を切っています。仕事が忙しすぎると、恋愛や婚活の時間もとれないため、結婚するのが難しくなってしまうのです。
また、60時間以上働いているグループは、「父となって出産を経験するかどうか」という点でも、労働時間の短いグループより4〜7%程度確率が下がっています。
こうした長時間労働の悪影響をいちばん受けているのは東京です。
今の東京は、子育て環境が本当に悪い。保育園にも入れず、長時間労働、長時間通勤で夫の協力も期待できなくて、女性の収入はどんどん低くなるという、本当に良くないパターンに陥っています。
近年、女性活躍という話がよく出てきますが、今の状況を変えないまま、女性にさらなる活躍を求めるのは酷です。
千葉大学法政経学部の大石亜希子准教授の調査によると、日本の女性の睡眠時間は、OECD諸国で最低です。
日本の女性は、スウェーデンの543分、アメリカの522分に対して、456分しか毎日睡眠がとれていません。その上、日本の男性の無償労働時間(子育て、家事などを手伝う時間)は世界最低レベルです。つまり、女性が少ない睡眠の中、無償労働を一身に背負っているのです。
結局、女性にしてみれば、「今以上に活躍せよ」と言われても、時間はすでにめいっぱい使われているため、それは不可能なのです。男性の働き方を変えるしかありません。

子どものままの日本人

さらに、長時間労働は、家族のクオリティも下げます。
団塊ジュニア世代はあまり結婚できていませんが、「両親の夫婦生活があまり楽しそうでなかった」ということが影響しているように思います。
団塊世代はほとんどがお見合い結婚だったこともあり、97%が結婚するという異様な結婚率を記録しています。そのお見合いは、誰が意思決定したかと言うと、親です。だからこそ、みんな順当に結婚できたわけですが、家の中に父親と母親はいても、男と女はいません。
そうした恋愛関係に乏しい両親を見てきた団塊ジュニア世代には、「結婚が楽しそうに見えない」「結婚に憧れない」という傾向があるように思います。
一方、恋愛結婚全盛期に結婚したのがバブル世代であり、その子どもたちが今、大学生くらいになっています。バブル世代の夫婦は、男女の役割が分断された夫婦が大半です。そんな姿を見てバブル世代の子どもたちも、結婚はあまり楽しくなさそうと感じているわけです。
若い世代からは、「大人が楽しそうではない」「結婚が楽しそうではない」と見えているのです。これは大きな問題です。
逆に言うと、日本は子どもが一番楽しいわけです。今は子どもですらなく、ペットが一番楽しいのかもしれません。最近、幼児教育業界でよく言われるのは、おままごとで取り合いになるのは、昔はお母さん役だったのに、今はペットの役になっているということです。
今の日本は、「ペットが一番楽」「子どもが一番楽」という社会になっているので、みんな子どものままになってしまっているのです。
大人が楽しそうではない日本は、「子どもがいちばん楽」という社会になっている(写真:iStock/MJike)
日本とは対照的に、ヨーロッパ諸国では、大人に成熟を求めるカルチャーがあります。フランスを見ていると、大人にならないと好きなおしゃれもできないし、自由に恋愛もできないし、大人は自由で楽しそうというイメージがあります。
私はジャカルタに住んでいたことがありますが、ジャカルタでも、盛り場のトレンドのお店には、基本的に大人しかいませんでした。店のフロアでは、大人のおじさん、おばさんが自由に踊っています。ジャカルタでも大人が楽しそうなのです。
ほかにフィンランドの人に話を聞くと、「大人はリア充になって当たり前」というプレッシャーがすごくあると言っていました。高学歴なカップルであれば、2人で共働きして、子どもが3人ぐらいいて、家族も幸福で、仕事も充実していないといけないというプレッシャーがあるというのです。

働き方改革は、暮らし方改革

やっと日本では「働き方改革」が盛り上がり始めましたが、「働き方改革」は「暮らし方改革」でもあります。働き方を変えると、企業の生産性だけでなく、まさに暮らしのペースが変わるのです。
たとえば、「テレワークを実験しましょう」と企業の人事担当者に話すと、「でも、うちの若手の男性が嫌がるのです」という答えが返ってきます。なぜ男性社員が嫌がるのかというと、「家で仕事をされると、子育ての邪魔」と奥さんに言われるそうなのです。
働き方改革をすれば、否応なくこうした問題に向き合うことになり、家族の姿がドラスティックに変わっていくはずです。働き方改革は「家族のイノベーション」にもつながるのです。
もうひとつ、家族の形を変えるために必要なのは、税制改革です。税制を男女に差をつけない、中立的なものに変えていかないといけません。
いい例が、スウェーデンです。スウェーデンは、1970年代から“イクメンキャンペーン”を始めており、女性進出も進んでいます。わりと男女差別のない国になっています。
以前、スウェーデンの国会議員に「何が女性進出の一番のきっかけになったか」を質問したところ、「個人別の課税」だと言っていました。税制が変わると、人々の行動が大きく変わる。やっぱり税制のインパクトは大きいのです。
ですから、日本もきっちり配偶者控除などの税制を見直さないといけません。古い夫婦の形を前提にした税制は無理があります。メッセージ性の高い政策は、選挙対策のために妥協することなく、実施しないとダメなのです。
もし税制改革を行い、長時間労働をやめて、男女ともに共働きで子育てをして、幸せそうな夫婦を身近で目にするようになれば、若い男女も結婚や子育にきっと希望を持つようになるはずです。
そうして、結婚を望む人が望む時期に結婚できて、夫婦が第2子、第3子を持つようになれば、出生率がアップするでしょうし、次世代もポジティブな気持ちを持ち始めるでしょう。
それと同時に、働きやすい環境を整えることにより、労働力人口が増え、時間あたりの生産性がアップすれば、企業の競争力が高まり、イノベーションも起きやすくなるでしょう。そうすれば、GDPも増加するはずです。
さまざまな点で、ポジティブなサイクルが生まれるのです。
長時間労働の是正は、単に従業員の健康のためだけに求められるものではありません。それは、日本の働き方、暮らし方を変え、日本全体を正のサイクルへと導く、とても重要な改革なのです。
【著者プロフィール】
白河桃子(しらかわ・とうこ):東京生まれ、慶應義塾大学卒業後、住友商事、外資系金融などを経て著述業に。婚活、妊活、就活、キャリアプランなど女性のキーワードについて発信する。『婚活症候群』『女子と就活』『格付けしあう女たち』『産むと働くの教科書』『専業主婦になりたい女たち』『専業主夫になりたい男たち』など著書多数
(バナー写真:Atypeek/iStock)