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Chapter 4:地方消滅の危機

国民の大半が、地方創生に関して「あきらめムード」

2015/8/31
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第五弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』(初版:2015年5月22日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
Chapter4では、人口減少に伴う「地方消滅」のリスクを分析し、地方創生のための打ち手を考える。2040年に日本の市町村のおよそ50%が消滅するという試算結果が発表され、各界に衝撃を与えた。若者が流出し、高齢化に歯止めがかからない地方を活性化させるための具体策を、諸外国の例を引きながら考察する。
前編:2040年に向けて沈みゆく日本。この国はどうなるか(7/13)
後編:少子化問題と移民政策は国の最優先事項だ(7/20)
本編第1回:人口減少による「国債暴落」のシナリオは回避できるか(7/27)
本編第2回:「産みづらく」「育てにくい」国、日本(8/3)
本編第3回:出生率が上がらない理由。他国と比較して考える、日本の問題点(8/10)
本編第4回:移民受け入れ「後進国」の日本(8/17)
本編第5回:2040年、50%の市町村が「消滅」する?(8/24)

円高が加速する産業の空洞化

図-29を見ていただきたい。地域別の製造業就業人口も完全にピークを過ぎています。円高という不幸な事態があったために、20%以上のメーカーの就業人口が海外に流出し、国内産業が衰退、産業の空洞化が進んでしまったのです。

この後、円安になっても、一度海外に出た製造業は戻ってきません。海外に造った工場は最新の設備を備えているので、日本の古い工場をもう一度再開させるメリットは少ない。しかも、日本の工場を閉鎖するときにリストラで苦労していますから、もう一度そんな思いをするのは嫌だという企業が多いでしょう。
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米国では、メーカーが海外に生産拠点を移した際、IT、金融、通信などの業界が労働力の受け皿になりました。日本の場合、そのような現象は起こっていません。メーカーで働いていた人たちは、低賃金の運送業やサービス業に入りましたが、就業人口の落ち込みを完全に吸収できたわけではありません。地方圏・三大都市圏ともに、いずれの産業も就業人口が落ち込んでいます(図-30)。
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国民の4分の3が「地方は活性化しない」

地方の活性化について、国民はどう見ているか。2014年10月に日本経済新聞が行った世論調査では、「地方は活性化すると思うか」という質問に「そう思わない」と答えた人が全体のおよそ4分の3を占めています(図-31)。
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「なぜ思わないのか」と言えば、「人も企業も東京に集まっているし、国も東京を重視しているから」という感じです。「地方活性化を国が支援することについてどう思うか」と尋ねれば、「支援しても構わないけれど、できるだけお金を使わないでほしい」という人が半数近くいます。

日本の政治は、「お金を使うのがサービス」という考え方に基づいています。本来は、自由な裁量を与え自立させることが、地方創生にとって最も重要なことなのですが。地方には何の権限も与えず、中央集権のままお金をばら撒いても、うまくいくはずがありません。

地方創生の肝は「道州制」

地方創生に関しては、これまでの中央集権型バラマキ政策を脱却して、ドイツ型の道州制(Keyword! 参照)に移行していく以外に打ち手がありません。これが地方創生の一番の肝になります(図-32)。
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高度成長期ならいざ知らず、現在の日本で、バラマキ政策に意味がないことは歴史が証明しています。多額の交付金・補助金を投入した結果、地方は中央からのカネに依存するようになり、自助努力をしなくなってしまいました。この状況を打破するためには、根本から統治機構を変えて、地方が意思決定できるようにする必要があります。

たとえば、ドイツのミュンヘンでは、教会の塔より高い建物を建ててはいけないと決まっています。誰に押しつけられたわけでもなく、住民が自ら決めたのです。一方、フランクフルトでは、建築物の高さ制限はありません。ニューヨークと競って、世界の金融センターを目指しています。何もかもを国が決めるのではなく、州が自主性を持って、自分たちの強みを生かすやり方を決めているわけです。

【Keyword!:ドイツの連邦制と道州制】
戦後、ナチスの再来を恐れた連合国は、憲法に相当する「ドイツ連邦共和国基本法」を制定。各州に大きな権限を与え、ドイツの中央集権体制を徹底的に解体した。ドイツの州は、議会や憲法を有する「地方政府」であり、財政運営から雇用創出まで、すべて州が責任を持つ。ドイツ連邦政府が受け持つのは、軍事・外交・防衛などの基本政策のみで、産業基盤の整備はそれぞれの州に委ねられている。各州が経済的に自立することで、近隣の州との競争原理が働き、一時的には州ごとで税収格差が開いても、自助努力によりその差が縮まっていくという特徴がある。

大前氏の案では、日本でも都道府県の区割りを廃し、新しい国家構成の単位として道州制を導入する。各道州に裁量と責任を付与することで自助努力が促され、地域色を生かした産業振興につながると考えられる。
資料:『PRESIDENT 2013年12月2日号 お金をムダにしない「ドイツ連邦制」のしくみ』
『新・大前研一レポート』(1993年、講談社)

世界の主要国では「都市再生」が喫緊の課題

前述のように、世界では、地方よりも都市の問題が重要な政治課題になっています。日本とドイツは、メガシティの問題がない、世界的には珍しい国です。たとえばブラジル・サンパウロでは、都市のスラム化、犯罪、交通などが大問題になっていますが、東京は世界のメガシティと比べて人口が多いにもかかわらず(図-33)、この種の問題が起こっていません。ドイツの場合も、ベルリンを除いて100万都市がありませんので、各州が均衡ある昔ながらの秩序を保っています。道州制のメリットのひとつです。
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東京がスラム化しなかった最大の理由は「私鉄」

なぜ、日本で都市問題が起こらないのか。一言で言えば「私鉄が発達しているから」です。図-34を見ていただきたい。左側のグラフに「輸送分担率」を示しています。首都圏で58.4%、東京23区で76.1%が鉄道輸送です。日本の都市部では、私鉄が大きな役割を果たしています。仮に、私鉄が受け持っている輸送力がすべて車に振り替えられると、インドネシアのジャカルタのようなすさまじい交通渋滞が起こるでしょう。
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戦前、当時の内務省(今の総務省や国土交通省)は、鉄道開発、住宅開発などの認可を一手に担っていました。鉄道会社は、鉄道と同時に住宅開発の許可を取り、都市と都市をつなぐ私鉄の沿線に住宅地を作りました。そこに病院ができ、スーパーができる。私鉄に沿って、都心から50キロ圏に、通勤可能な人たちがばら撒かれる結果になったのです。これが、東京が過密化しなかった最大の理由です。日本では、私鉄の存在がプラスに働いて、通勤圏、都市が広がったわけです。

大都市に建設ラッシュを起こす秘策

前項で「東京が過密化しなかった」理由を述べたにもかかわらず、私はこれから逆さまのことを言います。すなわち、「都心にもっと人を住まわせるべきである」ということです。東京だけでなく、名古屋も大阪も一極集中を目指したらいい。目的は、通勤時間を短くすることです。

そのために、どんな方法が考えられるか。図-34の右側を見ていただきたい。東京、パリ、ニューヨークの容積率を表すグラフです。容積率とは、敷地面積に対する建物の延べ床面積の割合です。たとえば、容積率が倍になれば居住可能面積が2倍になる計算になります。東京23区が136%、山手線の内側は236%です。パリはルイ14世がベルサイユ宮殿を築いたときから、上限350%のまま変わりません。ニューヨークのマンハッタン・アッパーイーストサイド地区が631%。ミッドタウンは1421%。

日本でも、思い切って容積率を緩和すれば、大都市で建設ラッシュが起こるはずです。人口減少の環境下では、地方創生より、むしろ都市再生を図ることが現実的な経済刺激策だと私は考えています。

容積率緩和には「日照権」棚上げが不可避

容積率緩和に際しては、安全設計を徹底し、日照権は20年間棚上げします。

わが家の隣に2階建ての家があって、老夫婦が住んでいますが、わが家の「日照権」を気づかって建て替えができない。彼らが6階建てのビルを建てて、下の4階を貸せば一気にキャッシュフローが増えるはずです。ABS(Asset Backed Security、資産担保証券)という金融商品を利用すれば、将来のキャッシュフローを抵当に銀行からお金を借りることができ、おまけに老夫婦は最上階で太陽の光を浴びて暮らせるのです。

私は日照権を気にしていないのだから、建て替えればいいと思うのですが、建設会社が許さないのです。東京に四角いビルが少ないのも、日照権の影響です。よく見ると、日照権を考慮して、上部が斜めの構造になっているビルがたくさんあります。

大阪をマンハッタン化する?

たとえば大阪では、大阪城をニューヨークのセントラルパークに見立て、大阪城を囲むように一大住宅地を開発できるはずです。大阪の経済人は「大阪の復興」と言いながら、自分たちは芦屋(兵庫県)や生駒(奈良県)に住んでいます。街中に住んでいるのはせいぜい単身赴任のサラリーマンくらいです。容積率を緩和すれば、大阪でも建設ラッシュが起こり、20年は続くでしょう。

そうすると、東京でも大阪でも、ドーナツ状の「通勤圏」から電車で1時間かけて通っている人々が、20分で会社に着くことになる。効率的ですし、前述の通り日本は私鉄が発達しているので、都心の人口が増えても交通渋滞は起こりません。

次回、「日本企業は人口ボーナス国を狙い撃て」に続きます。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

本特集は、2014年に大前氏が経営者に向けて開催した定例勉強会「人口減少の衝撃(2014.10 向研会)」を基に編集・構成している。

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