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Chapter 4:地方消滅の危機

2040年、50%の市町村が「消滅」する?

2015/8/24
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第五弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』(初版:2015年5月22日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
Chapter4では、人口減少に伴う「地方消滅」のリスクを分析し、地方創生のための打ち手を考える。2040年に日本の市町村のおよそ50%が消滅するという試算結果が発表され、各界に衝撃を与えた。若者が流出し、高齢化に歯止めがかからない地方を活性化させるための具体策を、諸外国の例を引きながら考察する。
前編:2040年に向けて沈みゆく日本。この国はどうなるか(7/13)
後編:少子化問題と移民政策は国の最優先事項だ(7/20)
本編第1回:人口減少による「国債暴落」のシナリオは回避できるか(7/27)
本編第2回:「産みづらく」「育てにくい」国、日本(8/3)
本編第3回:出生率が上がらない理由。他国と比較して考える、日本の問題点(8/10)
本編第4回:移民受け入れ「後進国」の日本(8/17)

人口減少により町が「消滅」する

日本のもうひとつの問題は、人口減少が進む中で「消滅」する町が出てくるということです。図-26を見てください。2000~2005年と、2005~2010年に分けて、都道府県別の人口増加率を表したグラフです。首都圏を除くほとんどの道県で、人口増加率はマイナス、人口減少が続いています。

首都圏の中でも、たとえば千葉県の内訳を見ると、千葉市の人口は既に減ってきています。稲毛区あたりでは人口が増えていますが、ニュータウンのある緑区を除き、千葉市でも外側の方は人口が減っているのです。
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2040年、日本の自治体の50%が消滅する?

「地方消滅」に関して、いわゆる「増田レポート」をご紹介したいと思います。民間研究機関「日本創成会議」座長の増田寛也氏※8がまとめたレポートです。図-27のグラフを見ていただきたい。消滅する可能性のある自治体の割合を、都道府県別に示しています。秋田県では、実に96%の自治体が消滅する可能性があるという計算結果が出ています。全国平均で言うと、およそ半数の自治体が消滅する可能性がある。

これらの数字をどのように算出したか。2040年に、20~39歳の若い女性、すなわち子供を産む可能性のある女性が50%以上減少する自治体では、もう子供が増えない、したがって消滅する蓋然性が高いというロジックです。

このレポートは、非常に大きなインパクトがあります。このまま放っておくと、日本に約1800ある市町村のうち、523が人口1万人割れするのです。Chapter1で述べたように、1万人を割ると、病院など社会インフラが維持できなくなります。

※8:増田寛也氏:元総務大臣、元岩手県知事、現野村総合研究所顧問、日本創成会議座長。
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「六次産業化」は農業の救世主になり得るか

安倍首相は成長戦略の中で「地方創生」を重要なテーマに掲げています。重点分野の一つ目は「移住」です。都市に住む人に、地方への移住を促すというもので、企業の本社も地方に移転すれば法人税が減税されます。

二つ目は「雇用」。「農業の六次産業化」などという言葉だけが踊っていますね。農業は一次産業ですが、生産物を加工する二次産業、流通・販売などの三次産業にも農民が積極的に関わることで、1+2+3=6、すなわち「六次産業」として発展するとして、農林水産省が推進しています。

しかし、日本の農民の平均年齢は65歳を超えています。高齢化の問題を解消しなければ、いくら税金を投入しても意味がありません。かつて、自民党政権は20年間にわたり「農業基盤整備事業※9」というものに42兆円を投入しました。減反する一方で農地を開発するという矛盾した政策です。結果、当然のことですが、農業の生産性も競争力もまったく向上しませんでした。

※9:農業基盤整備事業:自民党政権は、ウルグアイ・ラウンド(世界貿易の自由化を目指す通商交渉)対策として、農業の生産性向上を目指し、土地改良・農用地開発などの事業を行ったが、目覚ましい結果は得られなかった。

バラマキ政策が農家のモチベーションを下げる

実は私自身も、長野県佐久市で農業をやっています。地主である農家に「この土地を買いたい」と申し出たのですが、売ってくれませんでした。土地を売ったら、農民ではなくなってしまい補助金がもらえないからです。

仮に値段をつけるとしたらいくらになるのかと尋ねたら、3千万円だそうです。これでは、土地を買って米を育てても絶対に採算が合わない。それならば貸してほしいと申し出たら、あっさり借りられることになりました。賃貸料、年間たった5万円です。その代わり、収穫の10%を自分に分けてほしい、とのことでした。自分はそれで食べていけるからというわけです。

今、日本の農業は、おそらくどこも似たような状況でしょう。高齢化が進んでいて、「地方創生」の名の下に補助金をいくら投入しても、生産性が上がるとは考えにくい。逆に、モチベーションが下がっているという現実があります。

オランダの「ハイテク農業」がロシアを救う?

農業振興に関しては、やるとしたら「オランダ化」しかないです。オランダは世界第2位の農業輸出国です。人口1700万人に満たない小さな国の農業が、なぜこれほど競争力を持っているのか。それは、最新の技術を導入し、いわば「工業」として農業をやっているからです。

欧米は、ロシアに対する経済制裁を実施しています。そのため、ロシア国内に欧州からの生鮮食品が入ってこなくなりました。ロシア国民はパニックです。その最中、オランダの会社がロシアに行って、「心配するな。われわれがノウハウを教えてやる」と言って、「工業化」された農業の栽培ノウハウを伝える動きが、既に起こっています。オランダの技術をもってすれば、たった3カ月で、野菜や花き類、果物を収穫することができます。ロシアの農民も「このノウハウがあれば、我が国でも野菜を大量生産できる」と喜んでいるのです。

「地方創生」がナショナル・アジェンダになるのは日本だけ

地方創生の重点分野、これまで述べた「移住」「雇用」に加え、安倍首相は「子育て」「行政の集約と拠点化」「地域間の連携」を挙げています(図-28)。しかし、いずれもスローガンの域を出ず、具体的な成果が出ていません。「まち・ひと・しごと創生本部」と銘打って、安倍さんと石破さんがそろって看板をかけました。安倍首相が本部長です。この言葉、一回読んでも絶対頭に入りませんね。

そもそも「地方創生」がナショナル・アジェンダになるのは日本だけです。世界的には、まず政治課題になりません。これには、選挙における「一票の格差」の問題が深く関係しています。

衆議院で見ると東京と地方では、2倍以上の格差があります。参議院の選挙区では、実に最大5倍近い格差があります。人口の少ない地方の票が、人口密度の高い都市部の票よりも重くなっているのです。このため、選挙のたびに「地方創生」を公約に掲げて当選し、地元選挙区に公共事業や補助金を持ってくる議員が現れるのです。
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田舎は田舎のままであることで魅力が出る

加えて、「田舎は田舎のままであることで魅力が出る」ということがあります。米国のモンタナ州、バーモント州、ニューハンプシャー州などは、シーズンによって大勢の観光客がやってきます。たとえばモンタナ州には、「都市生活は疲れる、古き良き米国の風景が残っているここがいい」と言って、引退した人がたくさん訪れます。日本の場合、田舎へ行っても、国や自治体などによって建設された公共施設「ハコモノ」が並び、ほとんど都市と変わらない光景が広がっています。

フランスの南に「ラングドック=ルシヨン(Languedoc-Roussilion)」という地域があります(図-28)。湿地帯を開発して、リゾート施設、ヨットハーバー、ワイナリーを作りました。非常にいいワインが生産されるようになり、国内外から注目されています。国策で地方創生に成功した事例が世界的にもほとんどない中、私の知っている唯一の成功例です。

イタリアは、北部に比べ南部経済の発展が遅れているので、繰り返し南部の開発にトライしてきました。しかし、そのたびに北部独立運動が出てきます。「北部のお金を南部に回すなら、俺たちは独立しよう」というわけです。スコットランドの独立運動に刺激され、独立の機運が高まっています。したがって、あまり南部にお金を持っていくことができない状況です。

次回、「国民の大半が、地方創生に関して『あきらめムード』」に続きます。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

本特集は、2014年に大前氏が経営者に向けて開催した定例勉強会「人口減少の衝撃(2014.10 向研会)」を基に編集・構成している。

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