諦めなければ叶うのか?:イノベーションを叶える勇気

2024年1月16日
全体に公開

「諦めなければ夢はいつか叶う」という言葉はよく聞きますが、良いアドバイスだとは思えません。残念ながら、最後に愛が勝つとは限りませんし、夢だってずっと追い続けても叶わないこともあります。

「夢を追い求める勇気があれば、すべての夢は叶う」はウォルト・ディズニーの言葉ですが、ウォルト・ディズニーの言った「追い求める勇気」とは何でしょうか?

「夢」をイノベーションに置き換えるならば、必要な勇気は、失敗を恐れないこと 、可能性があるものを試行錯誤して育てること、そして自分で自分の行動に責任を取る勇気ではないでしょうか?

新しい価値に飛びつく数少ない人々

成熟した市場の商品やサービスは共通のバリュープロポーションを持っており、これを「カテゴリーバリュープロポーション」と呼びます。同じ特徴を共有しているため、差別化は「信じ得る理由」にかかってきます。

例えば、トイレットペーパー市場で「柔らかい肌触り」が共通の特徴だとすると、その差別化は「柔らかい肌触りの信じ得る理由」(例えば、どれだけ柔らかいか、どうやって柔らかくしているか)になります。もちろん成熟した市場においても、今までにない、全く新しい価値や特徴の商品やサービスで差別化することもできますが、 馴染みのない新しい価値や特徴は 大衆に理解されづらく受け入れられにくいです。特に新しい価値や特徴のバリュープロポジションは、現在のものより機能的に劣っていることも多く、コスパが悪く映るようです。

テクノロジー・ライフサイクル

ジェフリー・ムーアは『キャズム』の中でテクノロジー・ライフサイクルの各グループが異なるサイコグラフィック特性を持つため、各グループに合わせた固有のマーケティング手法が必要だと指摘しています。 新しい価値を多くの人々に理解してもらい、受け入れられるためには、テクノロジー・ライフサイクルの左側のグループから右側のグループへとマーケティング手法を変化させながら進む必要があります。ジェフリー・ムーアは各グループが持つ特性と、隣り合うグループ間の相互関係を理解することが重要だとしています。彼はテクノロジー・ライフサイクルの各グループ間のギャップを『キャズム』と呼び、企業がキャズムを超えないままでは成功しないと指摘しています。

私が前述した、馴染みのない、新しい価値に興味を持ち、最初に受け入れるのがテクノロジー・ライフサイクルの左端のサイコグラフィックグループ、つまりイノベーター(サイコグラフィックグループ名)の人々です。

ジェフリー ムーアは、イノベーターの最大の関心ごとは新しいテクノロジー(新しい技術だけではなく、新しい行動様式 、製品に付随する新しいエコシステム)であり、製品がどのように役立つかということは二の次だと書いています。乱暴に言えば、イノベーターにとっては、レイト・マジョリティー(テクノロジー・ライフサイクルの 右側のグループ名)、つまり大衆が魅力的に感じる、コスパや低価格などは関心ごとではないのです。

成功している企業の問題

『フューチャー・バック思考』の中でマーク・ジョンソンとジョシュ・サスケウィッツは、成功している企業はパイオニアな創業者によって破壊的イノベーションを起こすが、最終的には現在の成功に焦点を当てることに集中すると書いています。

ほとんどの成功した企業は、創業者のイノベーションマインドセットやスピリットではなく、破壊的イノベーションの末にたどり着いたビジネスモデルを効率的かつ持続的に繁栄させるための、経営理念、企業理念、行動指針などを強固にすることに焦点を当てるようになります。確立したビジネスに精通し、それに忠実な経営陣や社員、特に現在のビジネスを牽引している部門の社員にとって、イノベーターだけが魅力を感じ、試してみたいと思う新しい価値の製品やサービスは、現在の焦点である大衆 の要求から逸脱しているので受け入れがたいものです。

夢を育てるための試練

セス・ゴーディンは著書『ディス・イズ・マーケティング』で「消費者から断れすぎると、私たちは大衆に合ない部分を削り、何から何まで大衆に合わせようとしてしまう。誰よりもピッタリとフィットするまで。だが、そうなることに抵抗しよう。それは、大衆のためではなく、成長可能な最小の市場のため、つまり、はじめにあなたが貢献しようと決めた人たちのため。(中略)伸びるいちばん小さな市場での目的は、自分を理解してくれる人、自分を連れて行きたいと思う場所に惚れ込んでくれる人たちを探すことだ。」と記しています。

現在のビジネスを牽引している部門のとなりで破壊的イノベーションプログラムを遂行すると、現在のビジネスや大衆に合わせることへの要求との戦いが生まれます。セス・ゴーディンの指摘を実践し、イノベーションのプログラム(アイディアから製品やサービスを市場で育てるまで)を成功させる方法の一つは、現在のビジネスからイノベーションのプログラムとチームを隔離することです。

「ヤスの邪魔をするな」

上記のフレーズは20年程前、以前いた会社のインベーションプロジェクト, Philips Next Simplicity, のキックオフミーティングで、プロジェクトオーナーであった当時のCMOが各ビジネス部門の社長に向けて発言したものです。ちなみに、ヤスは私のことです。彼は未来の商品やビジネスを広げる目的で始めたプロジェクトが各ビジネス部門の干渉により、プロジェクトチームがセス・ゴーディンの言う「大衆に合わない部分を削り、何から何まで大衆に合わせようとしてしまう」ことを危惧していました。長い紆余曲折はありましたが、プロジェクから2つの新しいビジネスが生まれました。その一つは現在ビジネス部門の中心となっています。

2006 Philips Next Simplicity Light Switch Control
2006 Philips Next Simplicity Light Switch Control

夢をかなえる自主性と裁量権

先ほどイノベーションのプログラムとチームを隔離することをお勧めしましたが、 大切なのは隔離すること自体ではなくて、 イノベーションチームの自主性と裁量権です。チームにコンセプトの選択、商品の機能、価格をいくらにするか、どんなマーケティングにするのかなどを本部やビジネスの上級管理職の判断を仰ぐ必要がなく、「貢献しようと決めた人たち」を最も理解している人々が判断を下せるように自主性と裁量権を与えることです。

チームの自主性と裁量権だけでイノベーションのプログラムの成功は保証できませんが、少なくとも破壊的イノベーションを本部のトップダウンで行っているよりもうまくいく可能性が高い環境は整います。

ディズニーはこうも言っています。「失敗したからって何なのだ? 失敗から学びを得て、また挑戦すればいいじゃないか」。

環境が整ったら、勇気をもって困難にぶつかっても やりぬく力のあるチームを育てることです。

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