第十回 重要顧客に対するB2Bセールスアプローチ:キーアカウントマネジメント

2023年10月20日
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前回の記事では、営業の両利きを題材にしてB2Bセールスにおいての深化と探索について考察しました。その中でも一般的な「新規顧客獲得」と「既存顧客維持」の軸の中で、「既存顧客」へのセールスを今回は少し深めていきます。既存顧客の対応はルート営業と呼ばれるものであったり、もしくはカスタマーサクセスチームが近い役割も担うことがありますが、今回取り上げる「キーアカウントマネジメント(Key Account Management; KAM)」は組織として重要な顧客に対する営業戦略です。学術的な背景も取り上げつつ、割と実体験多めの内容になるかもしれませんが、実践的な面で参考にしていただけるかと思います。

アカウントマネジャー(AM)と呼ばれる営業パーソンの働きは、実態から考えると様々です。B2Bセールスのプロセスをフェーズ毎にとらえた場合はアップセルの機会を開拓して利益の増加を生み出す役割と考えられています。

「How To Structure Your Sales Organization For Maximum Efficiency」より引用(最終閲覧 2023/10/13, https://medium.com/saleshacker/how-to-structure-your-sales-organization-for-maximum-efficiency-804a01cd577a)

フェーズについて

Prospect: 自社のビジネスターゲットになり得る「候補者」
MQL: Marketing Qualified Lead、マーケティング部門がフォロー対象とするリード(ターゲットする個人を指す場合が多い)
SQL: Sales Qualified Lead、主にフィールドセールスがフォローするリード。案件(商談)と認定されたリードを指すことが多い
Win: 受注に至った商談
Live: 初期構築やトライアルが完了して、じつ仕様のフェーズに移管された状態
MRR: Monthly Recurring Revenue, 月々継続して売り上げが立っている状態
Profit: 製品やサービスを利用している顧客に対して、より利益が創出されるようビジネスが拡大されている状態

役割について(若干、参照元の記事を表現を変えています)

MDR(BDR):  Marketing (Business) Development Representatives、アウトバウンドで新規開拓を目指すインサイドセールス活動もしくは役割
SDR: Sales Development Representatives、いわゆる反響営業でインバウンド対応で案件(商談)を獲得するインサイドセールス活動もしくは役割
AE: Account Executives、Field Salesと呼ばれることもある、主にインサイドセールスが案件化した商談を受注に導くために提案、交渉する役割
ONB: Onboarding、受注後に製品やサービスを導入する最初の初期構築、トライアル段階もしくはそれを担当する役割
CSM: Customer Success Management (Manager)、導入した製品やサービスが顧客の業務の中で利活用され、価値創造される段階もしくはそれを担当する役割
AM/ADR: Account Management (Manager) / Account Development Representatives、 既存顧客が製品やサービスをより一層自社の成果につなげるために、利用拡大(アップセル)や製品拡張(クロスセル)を推進する活動もしくはそれを担当する役割

キーアカウントマネジャーの役割

少し古めの参考書ですが、Chris J. Noonanは著書の中でKey Account Managementとは顧客のビジネス理解と意思決定ネットワークへの関係構築、合意されたパフォーマンスのモニタリングに多くの時間を割くものであるとしています(Chris J. Noonan, 1998)。このKey Account Managementを担当するキーアカウントマネジャーは、買い手の購買担当者のみならずバイヤーネットワークにおける関係性と情報収集やフィードバック、製品やサービスへのサポートと関心、支持を高めるよう働きます。このような活動の中で、キーアカウントマネジャーは自社と顧客の相互理解を進め、パートナーシップを作り上げることが重要な役割となります。Key Accountの選定は様々な視点で行われますが、企業規模(自社にとってのTAM; Total Available Marketサイズ)やドメイン領域でのポジション(Key Accountからのフィードバックが業界のロードマップに紐付くなど)などが代表的です。

私の実体験を例にしますと、半導体向け製造プロセス化学品営業のストラテジックアカウントマネジャー時代は特定の1社に対して自社の他の事業部門の案件も含めてコーディネートしていました。直近の学術情報データサービス営業のキーアカウントマネジャーでは12社ほどの重要なグローバル企業(海外子会社など含む)向けのアカウントプランから実践まですべてに責任を持っていました。

いずれのケースから共通しているキーアカウントマネジャーの主要な役割を以下にまとめます。

顧客志向の社内外ネットワーキングとリーダーシップ:
窓口担当者以外の顧客ネットワーク構築と、各所からの要求の取り込みや提案すべき内容を届けるための自社内リソースのオーケストレーション

顧客価値を基点にしたABM:
アカウント戦略を作成し、自社が届けたいものではなく顧客価値に直結するコンテンツを顧客内のステークホルダーが理解できる様に届ける

インバウンドでもアウトバウンドでもない、価値共創に基づくSolution Developmentのパイプライン:
顧客理解と関係性の中から、顧客ビジネスにインパクトする、両者(両社)がリソースを投下することにコミットした案件を進捗させる

戦略的プライシングと契約:
テーラーメイドである価値ベースの価格設定と契約を検討することで、長期的なメリットが両社に生まれるようなAgreementを結ぶ

Valeu co-creationと顧客ロイヤルティ:
契約締結はスタートであり、導入後の価値創造プロセスをサポートし、ソリューション拡大と長期的な関係強化に導く

なぜキーアカウントマネジメントが重要なのか

Key Account Managementは他の顧客に対する営業活動よりも組織の(あるいは企業の)戦略に直結していて、担当者の案件レベルでのやり取りに終始しない会社対会社の関係性を作り上げ、Trusted Partnerの存在になることが重要なミッションです。

KAMはnew logoの獲得とは違った顧客内での探索的なリード獲得の施策(つまりAccount-based Marketing/Management; ABM)や開発案件も含めたパイプライン管理と、契約後のコミュニケーションも含めhead-to-tailで営業案件に関わることになるので、分業制の営業スタイルとは違った働き方になります。(近年の分業制の営業スタイルであるTHE MODEL型については以下のリンクを参照)

価値起点のB2B営業においてKAMを取り上げる理由は、価値共創の実現におけるアプローチ(相互作用を起こす関係構築、価値の認識と伝達、その手段としてのVBS)を行うには、キーアカウントマネジャーとしての働き方が個人としても組織としても適していると考えるからです。Key Account Managementに関する総説論文(それまでの研究をまとめあげた論文)の中でKey Account Managementはリレーションシップ・マーケティング戦略を取り込み、顧客企業と深いレベルでの関係構築を行う事、価値創造・共創のために組織が内部組織構造を調整したりインテリジェンスを効果的に活用して、顧客産業における新しいビジネスモデルやビジネス戦略へ適応するものだと説明しています(Prashant K., 2019)。これはまさしく価値共創の営業が目指すべき営業実践であり、KAMは高度な価値共創プロセスをValue-based Selling(バリュー・ベースド・セリング)を使いながら進めていくために適切な営業roleになり得ます。

キーアカウントマネジャーに求められる能力

KAM incorporated relationship marketing strategies and relationship marketing incorporated strategies associated with KAMs.
Kumar, P., Sharma, A., & Salo, J. (2019). A bibliometric analysis of extended key account management literature. Industrial Marketing Management, 82, 276-292. doi:10.1016/j.indmarman.2019.01.006

会社対会社での関係構築や重要度の高い案件を社内外のリソースを巻き込みながら進めるB2B営業であるキーアカウントマネジャーには、どのような能力が必要になるでしょうか。

担当顧客と深いレベルで関係構築を行うために重要なポイント

  • 顧客志向であること(過去ブログへのリンクあり)
  • 顧客のビジネスや業界を理解すること
  • クリティカルなコミュニケーションにより成功を目指すこと

価値創造・共創のために組織が内部組織構造を調整したりインテリジェンスを効果的に活用するために重要なポイント

  • 社内ネットワーキング、社内営業ができること
  • 価値共創を達成するためのリーダーシップを発揮すること
  • 高い次元でビジネスを理解すること

顧客産業における新しいビジネスモデルやビジネス戦略へ適応するために重要なポイント

  • 顧客のビジネスや業界のトレンドやロードマップに興味を示し、理解すること
  • 担当顧客のビジネスプロセスや価値ドライバーを理解すること
  • 顧客の要求に適応する提案を社内リソースを活用して作成、デリバリーすること

この様に、キーアカウントマネジャーに求められる能力の多くがValue-based Sellingを実践するうえで必要なポイントであることがわかります。また、価値共創に必要な顧客との相互作用を促す(長期的な)関係性によるパートナーシップも重要なポイントであり、つまり価値共創の営業を実践するにはキーアカウントマネジャーの役割を取り込むことが有効です。実際に、キーアカウントマネジャーを務める営業担当者は担当顧客やその顧客の業界に対する高度な知識と理解が求められます。

このような背景から、キーアカウントマネジャーの経験はB2B営業パーソン個人のキャリア形成にも重要な経験値となることが期待できます。現代の多くのB2Bビジネスでは営業プロセスに応じた分業制の役割配置(THE MODEL型)を取っており、かつ営業パーソンは主にインサイドセールスやフィールドセールスといったビジネス契約を取るまでの仕事に携わることが多くなっています。ルートセールスの様な担当営業の場合でも、担当顧客を多く持つことで一つの案件や顧客へかけられるリソースは制限されることがほとんどです。キーアカウントマネジャーの役割を通してValue-based Sellingによる顧客価値創造を経験することは、営業パーソンとしての成長意欲と業界を超えた市場価値を高める大きなメリットになります。

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