第六回 B2Bセールス成功の鍵:買い手と売り手の効果的な関係構築

2023年8月12日
全体に公開

B2Bの営業領域において、取引の成功は単なる商品やサービスの提供以上の深い関係構築に起因します。今回は、買い手と売り手の間における関係の性質とその重要性を探求します。従来の「御用聞き営業」のアプローチから、Value-based Sellingの考え方に基づき、売り手が買い手のビジネスプロセスや価値ドライバーを理解し、共同で価値を創出する(価値共創)関係を構築する重要性を説明します。特に、B2Bの複雑な購買組織構造の理解、長期的な関係性の構築、そしてバウンダリースパナーとしての役割を果たすことの重要性を深掘りします。

買い手と売り手の関係とは?

B2Bセールスにおける関係構築というと、定期的にお客様に連絡を取ったり顔を出しに行って状況を伺うようなアクション(御用聞き営業と言われる営業活動)を思い浮かべる方も多いかもしれません。実際にルート営業と言われるような担当エリアでの既存顧客を担当するような営業活動では、このような一般的に想像されるような営業活動、顧客とのコミュニケーションはまだまだ主流です。しかし、今回取り上げさせていただく関係構築は少し目線が違います。

Value-based Sellingを説明させていただく中で重要なポイントとして、売り手は顧客のビジネスプロセスを理解し、価値ドライバーを把握し、その価値実現に向けた伴走体制を作ることが挙げられます。ここで、買い手と売り手の関係構築はどのように影響を与えるのかを以下のポイントから考察します。

買い手の購買組織構造を正しく理解する
長期の関係構築に努める
境界越境者(バウンダリースパナー)になる

買い手の購買組織構造を正しく理解する

B2BセールスとB2Cセールスとの大きな違いの一つは購買意思決定に関与する人数や組織の複雑性です。B2Cセールスの場合は購買者は自分で購入意思決定を行うことが多く、決定までのプロセスも比較的シンプルです(家庭内で決裁プロセスなどあれば別ですが)。一方で、B2Bセールの場合は購入者と意思決定者が異なったり、利用者が別にいる場合が多いです。つまり、購買組織(Buying Center)を理解することは非常に重要です。

Buying Centerと呼ばれる購買組織の役割は大きく以下の通りです。

Buyers: 購買者、調達担当など、実際に購入プロセスを進める人で、上申したり決裁を取りに行く対面の担当者

Desiders: 意思決定者、Economic Buyerと言われるケースもあり、実際の購入決定権を持つ人

Influencers: 購買意思決定に影響を及ぼす人、例えば利用開始後に間接的に効果(悪影響)が期待される部署の上位者など

Users: 導入が決定したプロダクトを実際に使う人、現状の課題や継続利用のための所感を得る上で重要な役割

(Initiatorsと呼ばれる、購買プロセスを最初にkickする人がこのBuying Centerに含まれるケースも多いです)

B2Bセールスを効果的に進めるためには、買い手の公式な組織図以外に、このような非公式な組織力学を把握しておくことが必要になります。これを怠ってしまうと、例えば対面の担当者(UserやBuyer)は好感触で話を進めていても、予算決定権をもつDesiderや新規の導入によって影響を受ける部署のInfluenserからストップが掛かって案件が停滞するということも少なくありません。その場合に、これらステークホルダーをよく理解して、誰に対してどのような情報を提供することで正しく意思決定に導くことができるのかを考えなければいけません。

買い手の購買組織(Buying Center)を理解する、筆者作図

似たようなアプローチとしてMEDDICと呼ばれる営業フレームワークがあります。これはMetrics(測定指標)、Economic Buyer(決裁権者)、Decision Criteria(意思決定基準)、Decision Process(意思決定プロセス)、Identify Pain(抱えている課題)、Champion(自社サービスの擁護者)の頭文字をとったもので、Economic BuyerやChampionなどの購買関与者について含めた指標で構成されています。

長期の関係構築に努める

多くの方々がセールス活動と聞いてあまりいいイメージを持たないとすれば、それは自分自身が受けたような買わされるための販売行為を受けた体験から想起しているかもしれません。ここにもB2BセールスとB2Cセールスの違いは大きく見られます。(残念ながら、B2Bセールスでも売り切り思考で顧客志向ではない方々も少なからずいらっしゃいます)

B2Bセールスの場合、買い手と売り手の関係性は一度の購買(契約)のみで完了するケースは少なく、長期的に取引を継続するために関係性を構築することを目指します。これは、買い手にとってもビジネス活動を継続する上で売り手からのサービス供給が必要であり、安定的な取引をリスクなく実施できるパートナーを求めているためです。つまり、セール品を衝動的に買うような契約は基本的には行われず、そのための売り手主導な押し売りセールスは受け入れられないことになります。(消費すべき予算が余っているときに予算を充てがう様な衝動的な購買行動がないわけではありません)

B2Bセールスの成功の鍵として、長期かつ複数のプロダクト(サービス)を顧客と契約することが挙げられます。例えば、ある顧客とのビジネスを進めるにあたって、複数の部署で複数の案件が同時並行に商談として進められることがあります。これは一般的にアップセルやクロスセルと呼ばれるように、ある企業との取引状況が拡大したり、他のプロダクト(サービス)が導入されることで契約規模が大きくなることを示しています。このように、企業が永続的な活動を目指す(つまりゴーイングコンサーン)と共に、その企業活動に必要なプロダクトやサービスの契約、調達についても長期的な関係構築の中で最適化を図ることが求められます。

この時に極めて重要なことは、買い手と売り手の目的が一致するということです。売り手が自分達の売りたいものを売りつけるのではなく、買い手のビジネス成功を支援するために必要なことを共に行う協創姿勢を示すことです。Huntley, J. K.ら(2006)は買い手企業へのインタビュー結果から、買い手と売り手の良好な関係構築は、買い手に「私たちはXYZ社(つまり売り手の企業)と共に成長してきた」と言っていただけるようなパートナーシップであると示しています。これらを実現するために、売り手は買い手と共通のビジネス価値観を持ち、買い手のビジネス目的を理解してそれに沿った支援活動を行い、担当者間だけではなく会社対会社としての関係性を作り上げていく必要があると述べています。

長期的な関係構築ののちにパートナーシップを築くために重要な「目的の一致」、筆者作図

境界越境者(バウンダリースパナー)になる

Boundary Spannerという言葉を聞いたことがあるでしょうか?境界越境者と訳されるこの言葉は、イノベーションを引き起こす人材としても重要視される働きを示しています。つまり、境界を超えて行き来しながら、それぞれをつなぐ役割です。

B2Bセールスには実の多くの境界(界面と表現しても良いかもしれません、筆者は化学研究出身で界面化学に少し携わっていました)が存在しています。一つは顧客組織に対する境界です。先にも触れた通り、買い手が売り手と目的を一致させてビジネスパートナーとして長期の関係性を構築するにあたっては、買い手と売り手は担当者間が繋がるだけではなく、会社対会社として手を繋ぎ、同じ方向を目指して協創体制にあることが重要なポイントです。

その関係性を実現するために、B2Bセールスで売り手は買い手担当者との間にある境界を超えて、買い手のビジネス理解を深め、必要とされる情報を収集、提供する伝達因子としての役割を果たすことになります。そして、その組織の接点と上位者(レベルコンタクト)に増やしたり、他部署に拡大していくことで、次第に接点は接面を形成することになります。組織間のつながりが一つの接点→複数の接点→接面形成となることで、情報交換の頻度や相互理解がより促進されることは想像に難しくありません。B2Bセールスにおいて、売り手はこの接面を自由に行き来して共に成功するための情報や活動を伝播するバウンダリースパナーになるということです。そして、この様な組織間のつながりの強さによって、買い手企業の売り手に対するコミットメント形成にも影響があることはMichaelら(2007)の報告からも示唆されています。

ちなみに、もう一つの境界として社内組織の境界(縦割り組織だったり社内リソース調整の様な意味合い)です。これらに対しては、特に大企業やグローバル企業においては社内営業によるネットワーキング形成で社内をオーケストレーションしたり、社内政治をたくみに活用するような自社の非公式組織攻略のアプローチが知られています。(詳しくはYongmei L.ら(2020)や David K.ら(1993)を参照)

Value-based Sellingの根幹を担うB2Bセールスの顧客関係構築について、いくつかの角度から触れていきました。近年では、実はB2BセールスでもB2Cセールスに近い「顧客体験」や「カスタマージャーニー」を強く意識したアプローチが増えてきています。それらの最新研究についてもこのトピックで触れていきたいと思います。

参考文献:

Huntley, J. K. (2006). Conceptualization and measurement of relationship quality: Linking relationship quality to actual sales and recommendation intention. Industrial Marketing Management, 35(6), 703-714. https://10.1016/j.indmarman.2005.05.011

Michael A. Stanko, Joseph M. Bonner, Roger J. Calantone (2007). Building commitment in buyer–seller relationships: A tie strength perspective. Industrial Marketing Management, 36(8), 1094-1103. https://10.1016/j.indmarman.2006.10.001

Yongmei Liu, Bryan Hochstein, Willy Bolander, Kevin Bradford, Barton A. Weitz. (2020) Internal selling: Antecedents and the importance of networking ability in converting internal selling behavior into salesperson performance. Journal of Business Research, 117, 176-188. https://10.1016/j.jbusres.2020.04.036 

David Krackhardt and Jeffrey R. Hanson. (1993) Informal Networks: The Company Behind the Chart. Harvard Business Review, From the Magazine (July–August 1993)

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