【塩野誠×佐々木紀彦】ポスト平成時代の「仕事ができる人」

2017/12/27
ポスト平成の時代には、どんなキャリア戦略が必要なのか。ポスト平成は、昭和モデル、平成モデルとどこが違うのか。新時代のリーダーに求められる条件は何か。『ポスト平成のキャリア戦略』を上梓したIGPI(経営共創基盤)の塩野誠パートナーとNewsPicksの佐々木紀彦編集長が語る(全2回)。

「仕事ができる人」の定義が変わった

佐々木 なぜ今、「ポスト平成」を強調するかというと、最近、「昭和モデル」、さらには「平成モデル」の陳腐化や崩壊の気配をひしひしと感じるからです。
過去数十年で言うと、日本人の仕事観に与える影響がとくに大きかったのは、山一證券破綻やリーマンショックだったと思います。
それに比肩する変化、よりおおげさに言うと、明治維新や戦後復興なみの大変化が訪れるのではないかと読んでいます。
塩野 私も似た問題意識を持っています。これから時代は大きく変わりますよ。
佐々木さんは、「昭和モデル」「平成モデル」と言うとき、どんな整理をしていますか?
佐々木 キャリア面における「昭和モデル」を端的に言うと、右肩上がり、みんな一緒、男女完全分業、年功序列、ワーク・アンド・ノーライフです。
一方の「平成モデル」とは、長期停滞、みんな迷走、男女ほどほど分業、ほどほど年功序列、ワーク・ライフ・バランスです。
「平成モデル」とは「昭和モデル」の劣化版に近いです。昭和のいいところも悪いところも破壊したけれど、新しい前向きなモデルを生み出せなかった。なんだか中途半端な鵺みたいなシステムが出来上がったという印象を受けています。
経済のみならず、キャリアという面でも、平成は「失われた30年」でした。
塩野 「これまでのキャリア戦略が機能しなくなっている」という指摘には完全に同意します。
私は最近、企業の経営者たちから「なんでこんなに仕事ができない人ばかりなのか」という話をよく聞くのですが、それは、優秀さ、「仕事ができる人」の定義が変わったからなんですよ。
塩野誠(しおの・まこと)
経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター・パートナーJBIC IG Partners代表取締役CIO
慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。シティバンク、ゴールドマンサックス、起業、ベイン&カンパニー、ライブドア等を経て現職。政府系実証事業採択審査委員、人工知能学会倫理委員会委員等を務める。最新著に『ポスト平成のキャリア戦略』がある。
それなのに、「ポスト平成」のキャリア戦略を持っていないがゆえに、古いモデルに適応しようとする人があまりに多い。若者でさえ、未だ「昭和モデル」「平成モデル」に縛られています。
佐々木 私はとくにひどいのは「平成モデル」のほうだと思います。
「昭和モデル」も時代遅れではありますが、仕事面ではよりポテンシャルがあります。ブルーオーシャンがいたるところに広がっていた時代なので、とにかく攻めています。ガッツがありますし、ハングリー極まりない。
一方、退却戦を繰り返してきた「平成モデル」で優秀な人は、守りがうまい人ばかりです。しかも、コスト削減やコンプライアンスなど、せこい守りの人が多い(笑)。
ただし、時代が一巡して、守りのニーズより攻めのニーズが高まってきました。「ポスト平成」を考える上でのキーワードのひとつは「攻め」だと思います。

有名企業で働くリスク

塩野 ポスト平成の時代には、「キャリアの掛け算」によっていかに希少価値を出せるか、ユニークネスを担保できるか、そこが本当に重要です。
例えば、ウェブメディアの経験があって、東南アジアに詳しくて、自動車業界に人脈があって、取材が得意だったら、100人に一人の人材になって、生き残りが楽になりますよね。
それに、キャリアの掛け算は、心の安心にもなります。
いくつか武器を持っていると、これがダメだったら、あちらを伸ばして生きていけばいいや、というふうに思えます。逆に、「偏差値65以上です」と言える分野がひとつしかないと不安になってしまう。
加えて、自分のスキルが、どこでも通用する「汎用的スキル」だったらいいですが、あくまで組織内だけで通用する「組織固有スキル」だった場合、組織が立ち行かなくなると、どこにも行けなくなってしまう。
転職を考えている方は、「組織固有スキル」と「汎用的スキル」を自分の中で分けて考えて、自分のスキルの中でどういう構成になっているかを考えたほうがいい。
佐々木 毎年、人間ドックを受けるようにスキルも棚卸ししたほうがいいですね。
塩野 組織固有スキルを自分の実力と勘違いしてしまう人は多いです。実際には、組織を離れたら、100あった自分の力が50や40になってしまう可能性もあります。
最近は以前ほどではないですが、転職した人は古巣から「裏切り者」扱いされかねません。そうなると、過去の人脈も使えなくなるので自分の力は100から30になってしまうかもしれません。
自分の力が30になっても本当に戦えるんですか、という問いは、転職するときにはしっかり考えたほうがいいですね。
佐々木 そういう意味では、強力なシステムがある企業ほど、組織内スキルのほうが高いので、転職したときに大変でしょうね。
トヨタや三菱グループのような業界のトップ企業に入るのは組織人としてはメリットが大きいですが、個の力が弱まるおそれもあります。
有名な大企業で働くことが個のキャリアとしてベストとは限らない(iStock/ooyoo)
塩野 強い組織で組織人として働いたがゆえに、外に出ていくと汎用性がない、ツブシがきかないという可能性は大いにあります。
一方で、組織が全くもって役に立たないから、個としてのスキルが伸びるということはままあります。
佐々木 メディア業界で言うと、新聞はシステムががっちり出来上がっているだけに、個につく能力が低いですね。どうしても組織の歯車になってしまいがちです。
新聞の中では、人員が少ない毎日新聞や産経新聞のほうが転職力が高くなる面もあります。
一方、出版社はあまり組織立っていなくて、雑誌編集者や書籍編集者が個人技で動く部分も多いですので、意外と普遍的なスキルを持っています。出版社出身の人のほうが、ウェブメディアとも相性がいいです。
塩野 環境変化が激しくなって、「この仕事は人間がやるべきか、AIがやるべきか?」となってくると、組織内においても打たれ強くサバイバル能力が高い人を重用すべきです。
サバイバル能力が高い人ほど出世できるような文化や制度にするとか、少しでも事業部が肥大化したと思ったらすぐに半分に分割してしまうとか、とにかく組織を小さくしていく。組織設計にメスを入れることをいとわない経営がこれから必須になるでしょう。

ダークサイド・スキルの本質

佐々木 それを実践している企業はどこですか?
塩野 無印良品は、商品開発部と生産管理部と在庫管理部が対立した際に、商品開発部のヘッドの下にほかの部を入れてしまったそうです。
ほかにも、ソフトウェアの世界や映画などのコンテンツ制作の世界は、プロジェクトごとにどんどんメンバーが入れ替わるのは普通です。
佐々木 今、塩野さんの同僚である木村尚敬さんが書いた『ダークサイド・スキル』が売れていますが、ダークサイド・スキルというのは、サバイバル能力に近い意味なのでしょうか。
塩野 ダークサイド・スキルというのは、個人が組織や人に影響を与え動かす力です。
佐々木 どういうことですか?
塩野 ビジネスでは与えられたミッションをやり遂げる際に、組織や人を動かせないと話になりません。自分がこんなによい新規事業を考えたのに、事業部に理解されなくてポシャりましたという話は多いものです。
佐々木 簡単に言うと、ダークサイド・スキルとは、一般に政治力と言われているものを、うまく構造化して言語化したものでしょうか。
塩野 政治力ですね。人々のインセンティブに対する洞察力とも言えます。
あとはMBA的科目だとオーガニゼーション・ビヘイビア。組織行動学です。交渉やインセンティブ設計の能力も含まれます。
例えば、新組織を作って新規事業をやれと言われたとき、うまく個々人の内発的、外発的なインセンティブ設計ができないと、みんながまったりして、新しいアイディアが出てきません。
よくあるのは、どんなに画期的なビジネスを創っても、全部会社のものになって、個人には何も還元されないケースです。
こうした社内制度では社員はモチベーションが高まりませんし、社外での起業を選ぶかもしれません。そうした人間の心理や特性も見極めたうえで、インセンティブ設計すべきですよね。

日本人は「自由の刑」に処されている

佐々木 インセンティブ設計の話とも絡むのですが、日本人の今後のキャリア戦略を考えるうえでもっとも大きいテーマは、「個として働けるか」です。これは日本人にとって、未曽有のチャレンジだと思います。
歴史を振り返っても、日本人の大半は農民であって、集団として、集団のために働いてきた面があります。武士たちも、厳しい階級制度の中で、主君のために個を殺して働いてきました。一部の商人は個として自立した働き方をしていたかもしれませんが、基本的に、日本人は個として働いた経験に乏しい。
そんな日本人が、自立した個人として、仕事に向き合うことができるのか。むしろ、日本的な個の生き方があるのか。それが問われていると思うのです。
塩野 医師や、弁護士などの士業は、割と個で働いていている面があります。
大手監査法人は数千人もいる規模の組織なので、純粋なサラリーマン組織になっていますが、法律事務所や病院には小規模で個々人の影響力が強いところがたくさんあります。
外科医の中には一流の技術を持ち、海外に招かれて手術をしながら後進を育てている医師もいます。こうした医師は自分が一番活躍できる環境はどこかを考えるとともに、自分の培った技術を後世に残せる組織はどこかを問いながら生きています。
こういう人が、本物のプロフェッショナルだと思います。
外科医は国境の壁を越えやすいプロフェッショナルな仕事のひとつ(iStcok/shapecharge)
佐々木 メディア業界も、本当はプロフェッショナル型のほうが相性のいいところです。個の貢献度と実力がこれほど見えやすい仕事はありません。
それなのに、戦後70年、サラリーマン型の雇用になってしまったがゆえに、プロ意識が希薄な業界になってしまいました。メディア業界のさまざまな歪みも、結局は、「プロであるべき人たちがサラリーマンとして会社のために働いている」というところから生じているように思います。
塩野 ジャーナリストは極めてプロフェッショナルな職業だと思います。個としてのプロ意識が強く求められます。
青臭いことを言えば、ジャーナリストとは、ペンひとつで世界を変えられる人種です。それなのに、個でなくてどうする?という話です。
ジャーナリストが会社のために働いて、組織人として世界を変えましょうという考えはジャーナリズムからはほど遠いですよね。
佐々木 メディア産業は経済規模としてはあまり大きくないのですが、世の中に与えるインパクトという点では極めて大きい。
メディア業界に個として自立した人が増えれば、メディアから流れる情報の種類も変わってきて、自律的な文化が日本に広がりやすくなる気がするのです。
塩野 ジャーナリストは、「伝えたいという野心」を持って働くべきだと思います。
佐々木 自立して健全な野心を持ち続けるためにも、まずはどこでも食っていけるだけの腕を磨くべきですね。会社への依存度が高いジャーナリストは、最後の最後で個の信念を貫けなくなってしまいますから。
塩野 そのためにも、ジャーナリストはマルチであるべきで、得意領域を数多く持ってその掛け算で生きていくべきです。「それは難易度が高い」と言う人もいるでしょうが、私は可能だと思います。
現在はテクノロジーの発展のおかげで、世界中の資料をネットで効率的に探せます。
スカイプなどを使って世界中のキーパーソンに遠距離から取材できるようになりました。20年前に国会図書館まで行って資料を探していたのとは大違いです。環境的には、「これ以上何を望むんですか」という状況でしょう。
あとは自分がその環境をどう活かすかという問題です。これはジャーナリズムだけでなく、あらゆるビジネスについても言えます。
情報は取ろうと思えばいくらでも取れる。もしも、どこかの業界で知りたいことがあれば業界団体に電話しても、メールしてもいい、業界に詳しい人にSNSやクラウドワーキングでアプローチしてもいい。
この環境で、なぜあなたは受け身で待っているんですか、という話です。
佐々木 最終的には、その問いに返ってきますね。
塩野 今の日本人は、やっぱり「自由の刑」に処されているとしか言いようがないですよ。これだけ自由で機会があるのに、みな動こうとしないのですから。
*後編に続く。
(撮影:遠藤素子、デザイン:星野美緒)