リアルコミュニティが、IoT社会を実現する

2017/10/29
少子高齢化によって生産人口が減少するなか、どのように産業やコミュニティを維持・発展させていくか──現在さまざまな課題に直面する地方で、先端テクノロジーを使った取り組みが行われている。
いまの地方を取り巻いているのは、東京などの都市部にも、いずれ訪れるであろう状況だ。未来の変革は、ローカルから始まっている。(全7回連載)
テクノロジーは、地方をどう変えようとしているのか。この連載では、元総務大臣補佐官・太田直樹氏へのインタビューに始まり、北は北海道から南は九州まで、IoTやICTを活用した地域変革の事例を見てきた。
紹介したのは、全国で進行している取り組みのなかの、ごく一部に過ぎない。新規参入を促す可能性を秘めた農業のIoT化。クルマ依存からの脱却を試みる郊外都市のシェアサイクル。衰退した商店街にIT企業を誘致し、新たなコミュニティを育てる試み。LPWAなどの新しい通信インフラや、ドローン特区による新たな産業の創出。いずれもビジョンが提示され、今後さらなる挑戦を重ねて形になっていくアイデアだ。
IoT時代の地方の現実。その課題と可能性
IoTが社会に実装されて本領を発揮するのは、現在とは比べ物にならない数の端末やセンサーが行き渡り、それらを通信させる新たなネットワークが整備されたときである。そのインフラは、誰が、どう作り上げるのか。
連載最終回となる本稿では、前出の太田直樹氏と、ソフトバンクの地方創生事業を推進する永田稔雄氏との対談をお送りする。

地方創生のために、ICTができること

── 永田さんは、この10月から鉄道・公共事業推進統括部のトップとして、地方創生に取り組まれるそうですね。なぜ、ソフトバンクが地方創生を?
永田:ソフトバンクの企業理念は、「情報革命で人々を幸せに」。人々の幸せにつながらないこと、情報革命にかかわらないことは行わないのがポリシーです。
たとえばソフトバンクグループは、ベンチャー企業への投資や通信インフラの提供も行っています。一見、当社が提供する通信事業と結びつかないように見えるかもしれませんが、私たちが投資する事業は必ずこの先通信で結ばれ、それぞれのICT基盤がつながっていきます。これからのIoT社会に向けて、ソフトバンクの中心になるのはネットワークであり、その上にさまざまなクラウドやサービスがあります。
今回の部署新設に至ったのは、地方にこそ、ICT活用による伸びしろがあると考えたからです。交通弱者の問題や人口減少に伴う社会サービスの衰えなど、地方が抱えるさまざまな課題の大部分は、ICTソリューションによって解決できます。
これまで当社では、全国に約3000人いる各地方の営業担当者がICT案件を進めながら、自治体の要望をキャッチして対応していました。それに加えて、我々が推進統括部としてフォローし、地方創生をさらに推進しています。
永田稔雄(ながた・としお)/ソフトバンク株式会社 執行役員 法人事業統括 鉄道・公共事業推進室 副室長。2010年より関西地区、西日本地区の法人営業を統括。2017年10月より鉄道・公共事業推進統括部の統括部長として地方創生に取り組んでいる。
太田:IoTが普及した社会では、情報量や通信頻度の異なる多種多様なデータが飛び交うようになります。たとえばLPWAは、その時代の通信を担うインフラとして期待されていますよね。コミュニティサービス、農業、交通、防災など、活用の可能性は多岐にわたります。
LPWAは、産業と子育て世代を呼び戻せるか
私がソフトバンクのような大企業に期待するのは、こうしたサービスを実現するための“場づくり”にかかわっていただくことです。新しいインフラを含めて、全体としてどのようなエコシステムをつくっていくか。これは、自治体だけでは決められません。
たとえば農業にIoTを取り入れる場合、各地方の農協とのコミュニケーションが必要になります。そういう組織には、変革に対して前向きでないところもある。まずはテクノロジーの内容をしっかりと説明して、メリットを理解してもらう必要があります。
サービサーがうまくインフラをシェアする仕組みをつくるために、ソフトバンクの若手社員が地域に入ってプロデューサー的な役割を担い、2~3年かけて次々とサービスを立ち上げる。それが実現すると、地域におけるIoTの実装は大きく加速するでしょう。
永田:そうですね。静岡県の藤枝市や長野県の塩尻市には、当社の社員をはじめ、いくつかの民間企業が入って市長への提言を行っています。このような活動は、地域の活性化だけでなく、これから先の人材育成や人材交流にもつながっていくと思います。
先ほどネットワークの話が出ましたが、IoT社会にはLPWAのように少ない情報を廉価で通信するサービスと、自動運転やVR映像のような大容量の情報を高速で通信する5Gのようなテクノロジーがあります。当社は、この2つを組み合わせて、事業を展開していきます。
また、自治体が求めているパーツには、AIやロボットがあります。その分野についても、京都府や藤枝市のような自治体と連携協定を結び始めたところです。

テクノロジーは、地域に最適化される

── 自治体としては、ICTやロボットに何を期待しているのでしょうか。
太田:もっとも期待が大きいのは、やはり省人化ですよね。人員を割いてサービスを拡充するのは、ある程度規模の大きな自治体でなければできないことです。テクノロジーを導入した先に、交通や医療の質を維持しながら、コストや労力を減らせるチャンスがあるのではないか。それが、多くの自治体が期待していることでしょう。また、企業にとっては、そこに事業展開のチャンスがあると思います。
太田直樹(おおた・なおき)/2015年1月から2017年8月まで総務大臣補佐官として、地方創生とICT・IoTの政策立案・実行に携わる。前職のボストンコンサルティングには17年半在籍し、テレコム・メディア・テクノロジーのアジア・パシフィック地域リーダーを務めた。
永田:地域の経済や生活にかかわる事業ですから、ソフトバンクのソリューションだけで一気通貫できるとは考えていません。基本的には、自治体や第三者を組み合わせたオープンイノベーションが必要です。
たとえば「e-kakashi」という農業を革新できる良いサービスがあれば、ソフトバンクグループ傘下のPSソリューションズと組み、当社はネットワークを提供する。中心となってサービスを展開することもあれば、プロデュースに回ることもあります。
IoTが切り拓く、農業で“稼ぐ”地方の未来
ボランティアではありませんので、地方自治体との取り組みからソフトバンクがどのように収益を上げていくかという課題はあります。イノベーションを地域に取り入れるには実証実験を繰り返す必要があり、実現までの道のりが非常に長いですから。
太田:時代によるプラスの面は、クラウドの普及によって、ソリューションを横展開しやすくなったことですね。クラウドはオンプレミスと違って、飛び地でも簡単に展開できます。かつ、地方で生まれて実証されたサービスの方が、ほかの地方にも展開しやすいというメリットがあります。
民間ではなく一般社団法人による非営利事業ですが、群馬県前橋市で母子健康手帳を電子化する取り組みがありました。これはクラウド上のサービスだったので、展開が早かった。あっという間に四国や富山県南砺市など、日本中に広がったんです。
永田:当社にも、保育園と保護者を結ぶクラウド型情報連携サービスがあります。また、徘徊する認知症高齢者を捜索するためのプラットフォームを、ある自治体と共同で研究しています。ただ、こういうサービスは、技術的に横展開しやすい一方、自治体の調達ルールに障壁があって全国展開ができない場合もあります。
太田:おっしゃるとおりです。自治体など公的なサービスの調達制度は、そもそもクラウドやプラットフォームを使うことを想定していません。せっかくクラウドで良いサービスがあっても、導入できないことがあります。そのルールの見直しを、同時に進めないといけませんね。
そういった問題への対処も含めて、私はやはり、地場にデータを扱えるIT人材がいなければ、テクノロジーの導入がうまくいかないと思います。現在、日本のIT人材の8割は東京に住んでいますが、まずこの人材が全国に分布しないと、日本はデータ社会にならない。これらについては、昨年12月に成立し、今年の10月に地方自治体向けのガイドラインまで落とし込まれた「官民データ活用推進基本法」で、変化が出てくると思います。
※少子高齢化など日本が直面する課題の解決に向けて、国や地方公共団体、民間企業などの団体が有するデータの活用を推進するための法律。
少し将来に目を向けると、大企業が作ったAIの中身をブラックボックスにしたまま地域に導入すると、問題が起こることが見えてきました。今、MITメディアラボが世界中で実験しているのですが、文化や宗教によって「トロッコ問題」のような倫理的な問いに対する答えが変わるからです。
※制御不能のトロッコが複数の作業員をひきかけているとき、複数を助けるために進路を変えて1人を犠牲にすることは許されるか、という思考実験。
その問題を解決するためにMITメディアラボ所長の伊藤穰一さんが提唱しているのが、AI開発の環のなかに地域のコミュニティを組み込む「ソーシャル・イン・ザ・ループ」というアイデアです。AIを地域に実装するときには、その地域の住民が、自分たちの文化や環境に合わせてカスタムし、最適化する。10年、20年後はこれがスタンダードになっていくと思います。
永田:国内に限っても地域ごとに違いがありますから、ひとくくりではとらえられません。それぞれのエリア特性に応じてサービスを考える必要はあるでしょうね。

人が行き来し、つながり合うこと

── 人材が全国に分散するためには、何が必要でしょうか。
太田:最近は特に、リアルコミュニティがカギになるように感じています。宮崎県の日南市などでは、若い人が集まって面白いアイデアがどんどん出ていますよね。先ほど話に出た塩尻市や、会津若松市、島根県の海士町などもそうです。
商店街にIT企業? 再生の先にある、新しいコミュニティ
これらの町には移住者だけでなく、地方を行き来して動き回っている人たちが、プライベートと仕事を混ぜて集まってきます。海士町なんて、東京から約6時間もかかる遠方なのに、IT企業で事業開発をやっている知り合いとばったり会うことがあります。
「なんでいるの?」と聞くと、「今週はここで働いているんです」。大企業の社員にも、転々と移動しながらリモートワークしたり、最近では副業で働いたりしている人が、かなり増えてきた印象があります。
永田:ソフトバンクでは現在、米シェアオフィス運営大手のWeWorkと合弁会社を設立し、シェアオフィス事業を進めています。これは、ファシリティを貸すというだけでなく、その場所を通じてさまざまな企業や人材をつなげていこうという試みです。
まずは東京から展開する計画ですが、将来的には各地方にオフィスができる。すると、東京に勤務する当社の社員も、アプリでデスクを予約して週に何度か常駐するような働き方が可能になるでしょう。
すでにどこにいても仕事ができるテレワークの環境は整っているので、場所ができれば多様な人材が集まるリアルなプラットフォームになる。そうすると、東京の企業と地場の企業や行政がより密に交流し、オープンイノベーションを起こしやすくなるのではないでしょうか。
太田:そうやって地域に入って働ける人は、ライフスタイルも変わるでしょうね。今週は宮崎へ行って、平日に商店街の仕事をしながら、週末はサーフィンを楽しむ。そんな人が増えると思いますよ。そっちの方が、面白いですから。
そのうえで人と人がつながると、コミュニティが生まれます。そのコミュニティが、人を呼ぶのではないでしょうか。
ただ空気がきれいで魚がうまいだけでは、人は訪れませんし、住みません。それに、ICTはあくまでツールですから、人と人をつなぐコミュニティがあって初めて機能するものです。
永田: 塩尻市に社員を派遣しているのは、実際に現地に滞在し、いろいろな方の声を聞いてコミュニケーションすることが目的です。それに加えて、“場づくり”という視点も必要かもしれませんね。
ソフトバンクはベンチャースピリットを持ち続けることを社是とするオープンな企業。来るものを拒まず、多方面の分野や業態の方と一緒に仕事ができます。この企業風土を生かして、これからも地域の方々が幸せになるような、地方創生を推進していきたいと思います。
(取材・文:宇野浩志 編集:呉琢磨 撮影:後藤 渉 デザイン:片山亜弥)
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