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Chapter 3:移民受け入れの道筋

移民受け入れ「後進国」の日本

2015/8/17
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第五弾である『大前研一ビジネスジャーナル No.5「2040年の崩壊 人口減少の衝撃/地域活性化の現状と課題」』(初版:2015年5月22日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。
Chapter3では、日本の移民受け入れの現状を紹介し、政策提言を行う。労働力人口の減少が進み、子供を増やすことも難しいとなれば、移民を受け入れるほか道はない。しかし、これまでの日本は、長期的な視点に立った移民政策を採ってこなかった。移民受け入れ「後進国」の日本が、海外から労働力を受け入れるためにたどるべき道筋を提言する。
前編:2040年に向けて沈みゆく日本。この国はどうなるか(7/13)
後編:少子化問題と移民政策は国の最優先事項だ(7/20)
本編第1回:人口減少による「国債暴落」のシナリオは回避できるか(7/27)
本編第2回:「産みづらく」「育てにくい」国、日本(8/3)
本編第3回:出生率が上がらない理由。他国と比較して考える、日本の問題点(8/10)

日本の移民比率「1.1%」は世界的に見て「異常」

出生率上昇が見込めず、高齢者や女性を活用しても十分な労働力を確保できないとなれば、移民を受け入れるしかありません(図-17)。

図-18を見ていただきたい。OECD諸国の人口における移民の割合は、ルクセンブルクが42.1%と高く、スイス、イスラエル、オーストラリア、ニュージーランド、このあたりが20%台です。日本は1.1%と非常に少ないです。

メキシコが0.9%と少ないですが、メキシコはむしろよその国に移民として入っていく人口が多い。メキシコに移民として入ってくる人はあまりいません。1.8%のポーランドも、決して豊かな国ではないですから、移住しようという人があまりいないのは当たり前です。2.0%のトルコも、移民としてドイツに移住したいと考える人の方が多い。

このような例を除き、日本のような先進国に移民がほとんどいないというのは、世界的に見てかなり異常な状況です。日本は、人口が減っているのに移民を受け入れない。論理的に考えれば、子供を産まないのなら移民を受け入れるしかないと思うのですがやりません。あるいはこれ以上借金を増やさず、税金を上げて政府債務を減らす。そのどちらも日本はやっていません。
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「メイドさん」が支えるシンガポール社会

シンガポールの例を見てみましょう。シンガポールの場合、外国人永住者を除くもともとの国民が、2000年の時点で約300万人でした。そこから外国人の受け入れを進めることで、人口が約500万人まで増えています(図-19)。

右側のグラフ、高度外国人材の数字を見ると、2010年現在でシンガポールは17.5万人、東京は7.2万人ですね。シンガポールの人口はおよそ540万人と、東京(約1340万人)よりもずっと少ないのですが、外国人労働者の数は東京の2倍以上です。
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シンガポールにおいて、最も外国人労働者の割合が大きい職種は「住み込みのメイド」で、およそ28万人が働いています(図-19、右下のグラフ)。シンガポール国籍を持つ外国出身者のうち、実に10%近くがメイドさんという計算になります。このほとんどがフィリピン人です。シンガポール社会では、この人たちの役割が非常に大きいのです。

彼女たちが家事・育児を担ってくれるので、シンガポールの女性たちは働きに出やすい。出産後も仕事を続けやすい環境があるので、安心して子供を産むことができます。

キリスト教の影響を強く受けているフィリピン人はしつけも得意で、しかも英語が堪能です。強い訛りがあることで知られるシンガポール人の英語、「シングリッシュ」に対して、フィリピン人は癖のない「イングリッシュ」です。この影響で、シンガポールの子供はだんだん英語が上達しているという話も聞きます。

働きに出る女性の多い国と言えば、ベネズエラも同様です。石油資源の豊かな国ですが、コロンビアからの移民がたくさん入ってきて、やはり家事・育児の担い手になっています。これが女性の社会進出にとって欠かせないものになっているのです。

日本の大学のレベルでは、優秀な人材が集まらない

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米国の状況を見てみましょう。米国には、世界中から年間約100万人の移民が入ってきます(図-20)。その他に相当数の不法移民がいます。米国に来る留学生の数も世界一です。

日本にも、留学生はそこそこ来ています。図-21を見ていただきたい。日本に来る年間約14万人の留学生のうち、約8万2千人が中国から来ています。かつては、韓国・台湾からも多くの留学生が来ていたのですが、最近では米国に行ってしまいます。日本でも、外国人留学生に日本文化を学んでもらい、その後国内で働いてもらう仕組み作りを検討すべきです。

今、グローバル企業で評価される順番で言うと、まず米国への留学経験を持つ人、次にイギリスへの留学経験、それからオーストラリア、その次が日本です。政府は外国人留学生の受け入れに力を入れていますが、現在の日本の大学のレベルでは、世界から優秀な人材を集めることができません。
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日本の移民政策は「付け焼き刃」

図-22を見ていただきたい。日本では、人手が足りなくなると一時的に外国人労働者を受け入れて、景気が悪くなり人手が余ると本国に帰してしまう。日系ブラジル人もそうでした。人手不足のバッファ(緩衝)として使っているのです。特区や足りない業種だけで付け焼き刃的に対応するやり方では、人が根付きません。

加えて、今は世界的に労働力が足りないので、パイの奪い合いになっています。長期的な移民政策をとらなければ、日本に来てくれる人は少なくなる一方です。

イギリスの場合には、移民を5つの階層に分け、語学試験に合格したり、高度な技術を持っていれば上に上がっていける、最終的には永住権、国籍をもらえるというポイント制を導入しています(図-23)。日本には、もちろんこのような制度はありません。

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「大前流国籍法」で円滑な移民受け入れを

長期的な視点に立って大量の外国人労働者を受け入れるためには、まず、法律や制度を整える必要があります。1993年、『新・大前研一レポート』の中で、私は新しい「国籍法」を提案しました(図-24)。

すなわち、「夫婦どちらかが日本国籍を有する場合、その子供には日本国籍を与える」。現在は、夫婦どちらかが外国人の場合、子供が日本国籍を取得するためには、いくつかの条件をクリアしなければなりません。

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それから、「夫婦が共に外国籍の場合も、子供が日本で生まれ、または日本で義務教育を修了した場合には日本国籍を与える」。米国の場合、米国で生まれた子供は無条件に米国籍を取得することができます。

また、「日本に移民をしてきた外国人に、2年間、日本の言葉、文化、法律、社会常識などの教育を無料で提供し、修了した者には永住権(米国でのグリーンカードに相当)を与える」。少子化で余っている学校と、供給過剰になっている教員を活用すれば、このような教育が可能になるでしょう。

以上のような政策をとることで、社会的緊張を最小限に抑え、スムーズに移民を受け入れることが可能になると考えられます。
私の妻は米国から来たので、結婚当初、戸籍に入ることができませんでした。「でも結婚したんです」と役所で訴えたら、「じゃあ欄外に書きましょう」と言って、欄外に矢印を引っ張って「ペンシルベニア州△△生まれの○○と婚姻」と書かれました。このような国は世界でも珍しいです。

大前流・移民政策「3つのステージ」

第1ステージ:優れた人材の「苗床」をつくる

移民政策は、3つのステージに分けて進める必要があります(図-25)。第1ステージは、グローバルステージ。世界中から優秀な人材を年間1000人くらいずつ集め、ハイレベルな人材を1カ所に集めて競ってもらいます。有名大学と連携して、優秀な人材の苗床になってもらうのです。シリコンバレーのスタンフォード大学、あるいはイギリスのケンブリッジ大学、トリニティカレッジのようなイメージです。

第2ステージ:看護師や介護福祉士の受け入れ

第2ステージは「士(師)」ビジネス。医師、看護師、介護福祉士、その他「士」「師」業の人びとをたくさん呼んでくる。年間10万人規模で必要になると思います。受け入れに際しては、本国で資格を持っていれば、日本語で日本の試験を受ける必要がないという仕組みを整えることが必要です。

2008年以降、日本はEPA(経済連携協定)に基づき、インドネシアやフィリピンから看護師や介護福祉士の受け入れを始めましたが、介護福祉士たちは、日本で仕事を始めて3年後に国家試験を受験、合格しなければ帰国しなければなりません(短期滞在で再度入国して受験は可能)。しかし、合格率は低いです。そもそも、日本語で試験を受けなければならない。非常に難しい専門用語や漢字が出てくるので、外国人には困難です。

受け入れた病院側が、「いい仕事をしてくれたので残ってもらいたい」と言っても、試験に合格しなかった人々は強制的に帰国させられてしまう。意地悪としか考えられないようなやり方です。本国で資格を持っていれば、たとえば3年間実習をして、実習した施設が「うちで雇ってもいいよ」と認めたら在留資格を与える制度に変えるべきです。

第3ステージ:一般労働者の大量受け入れ

移民政策の第3ステージとして、年間30万人規模で一般の労働者を受け入れます。前述のように、2年間は無料で教育する。最初に日本語や文化を学んでもらうことで、後から軋轢が生じる社会的リスクを抑えることができるでしょう。
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次回、「地方消滅の危機」に続きます。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。

本特集は、2014年に大前氏が経営者に向けて開催した定例勉強会「人口減少の衝撃(2014.10 向研会)」を基に編集・構成している。

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