2023/8/3

【実録】私がイクメン研究で見つけた「育児の現実解」

NewsPicks コミュニティチーム
「いやいや、教えてほしいのは『すごいイクメン』の成功談じゃないんだけど」
男性の育児参加について、実はそう感じている新米パパは案外多いのではないでしょうか?
男性の育児休暇取得率はこの10年間増え続けているとはいえ、自分の身近ではまだまだ少ない。育休を取ったところで、何をどうパートナーと分担すればいいのかも分からない。
今年7月、プロピッカーに就任した江頭 浩さんも、第一子を授かった時はそんな戸惑いを感じていたそうです。
そこで江頭さんは、住まいのある神奈川県川崎市が催すパパ向け育児コミュニティの「イキメン研究所」に参画。
多くの働くパパと交流し、果ては仲間たちと母子手帳ならぬ“父子手帳”の『ちちしるべ』を共作してキッズデザイン賞協議会会長賞も獲得しています。
こうした活動を通じて江頭さんが見つけた、「普通のパパ」が子育てと上手に向き合う方法とは?
INDEX
  • 「理想のイクメン」への違和感
  • 育児で大事なのは知識より対話
  • コミュニティは「卒業」していい
  • 地域と、子供と「つながる」コツ

「理想のイクメン」への違和感

── 江頭さんが育児コミュニティに参加したきっかけは?
もう10年以上前の話ですが、妻にそれとなく誘導されたのがきっかけでした。
40歳前半で第一子が産まれた時に、「あなたは(子育てで)何をやるの?」と聞かれたんですね。
当時は本当に何も考えておらず(苦笑)、素直に「特に何も......」と答えたのを覚えています。
そうしたら妻が、「図書館に置いてあったよ」と、パパ向けサロンのチラシを持ってきてくれて。手始めに参加してみたんです。
── そういった地域コミュニティには、以前からよく参加していた?
いえ、全く。30歳で建築士として独立してからずっと、事務所にこもって仕事をする毎日だったので、地域の活動に参加すること自体が初めてでした。
私は性格的にも、オープンなタイプではないんですよ。
反対に、妻はとても社交的。
結婚したての頃は、私の仕事ぶりを見て、「事務所に無言でこもりっきりで、あなたは木彫り職人なの?」と驚かれたこともありました(笑)。
仕事も出産当時は某メディアの編集者をやっていて、いろんなことにアンテナを張ってアクティブに動くタイプなんです。
そんな妻から刺激をもらい、パパ向けサロンに行ってみようとなった次第です。
Photo:iStock / Creative Credit
── 具体的にはどんな活動を?
最初はだいたい月1回のペースで、テーマを決めて子育ての不安や疑問点を語り合っていました。
(運営元の)川崎市男女共同参画センターの方と、5〜6人くらいのパパが集まってやるのですが、1年くらい経ってからきちんと育児コミュニティにして活動しましょうとなりまして。
それで、現在も続く「イキメン研究所」の立ち上げメンバーになったんです。
育児を行う家庭内だけでなく、地域でもイキイキと過ごすパパを増やすことを目的に、「イクメン」ではなく「イキメン」という名前になりました。
川崎市男女共同参画センター「イキメン研究所」のWebサイト
── 設立メンバーになるのは大変だったと思いますが、動機は?
イキメン研究所の前身となるコミュニティに参加していた頃から、男性の育児について、ちょっとした違和感を持つようになっていたからです。
── どんな違和感を?
こういう育児コミュニティに参加されるメンバーの中には、すごく理想が高い方もいらっしゃるんですね。
育児するってこういうことだと強い持論をお持ちで、「定時に帰宅して子育てするべし」みたいな方法論を声高に主張されるのです。
でも、同じ新米パパでも、皆、職業も違えば家庭環境も違います。
コミュニティの中で「声の大きな方」が語る理想は、それはそれで素晴らしいと思う一方、果たして全てのパパにあてはまることなのか?と疑問を持つようになったんです。
ある時は、育児コミュニティの活動に夢中になり過ぎた結果、離婚してしまうパパもいるというお話も聞きました。
それで、肩ひじ張らずに育児をしていくパパ像って、もっと違うところにあるのではないかと思うようになりました。
── コミュニティ活動が家庭に支障をきたすのは、本末転倒ですね。
一方、イキメン研究所に「たまに」やってくるパパたちの声を聞いていると、私と同じような目線で子育てに取り組もうとしている方が多いと感じました。
なので、理想や方法論を振りかざさずに、等身大の悩みをシェアし合う場を作れたらいいなと。
川崎市男女共同参画センターのご担当者も、「普通のパパが集まれる場所にしたい」とおっしゃっていたので、「イクメンとはこうあるべき」というロールモデルを作らない形で情報発信していこうとなったんです。
── ロールモデルを作らない。面白い指針ですね。
育児のロールモデルって、それこそ家庭ごとに違うと思うんです。
例えば私は自営業で、平日の就労時間はある程度自分の裁量でコントロールできます。
ただし住宅建築という仕事柄、お客さまとの打ち合わせが土日や休日に入ることも多い。
その分、休日に子供と過ごせる時間が、企業勤めの方々に比べて少ないわけです。
だから、平日は少しでも自分ができることをやろうと思っていて。子供の朝の準備や小学校への送り出し、習い事の送迎、週1〜2回程度ですが晩御飯の準備や片付けもしています。
Photo:iStock / Yuji_Karaki
平日は妻も共働きしているので、子供の急病や通院などのイレギュラーな事柄も、仕事を調整しやすい私がほとんど対応しています。
企業人とは、自然とやれることが変わってくると思うんです。
── 奥さまが求めることも、おそらく人それぞれですしね。
そうなんです。
以前、ある会合で「子供が小さいうちは定時で帰宅して、家族で子育てするべきだ」という意見が出たんですよ。
その時、ちょっと極端ですが「早く帰るのもいいと思うんですが、年収1億円の人が毎日夕方5時に帰って年収1000万円になるとしたら、家族は納得するでしょうか?」と言ったら、皆、固まってしまって。
Photo:iStock / sorbetto
改めて、「パパの育児はこうあるべき」という理想を他人に押し付けるのは違うんじゃないかと、思いを強くしました。

育児で大事なのは知識より対話

── とはいえ、ロールモデルを作らずに情報発信するのは難しくないですか?
おっしゃる通りで、2015年にイキメン研究所で『ちちしるべ』を作った時は、どんな内容だったら有意義なのかをさんざん議論しました。
『ちちしるべ』は、初めて子育てをする新人パパ向けに、おむつ替えやお風呂、寝かしつけなどのやり方をまとめた小冊子です。
ただ、育児についての具体的なノウハウ以上に重要視したのが、夫婦円満の秘けつや時間の使い方に関する内容を盛り込むことでした。
休日や仕事終わりに何度も話し合う中で、「パパになる上で必要なのは、子育ての方法論よりも家族での会話なんじゃないか」となりまして。
自分たちの子育てに対して、何が大事なのかを家族で話し合っていきましょうというメッセージを伝えるコンセプトにしました。
── そのコンセプトづくりにも、江頭さんの原体験が反映されていた?
そうですね。やっぱり、子育てって家族との会話がないと詰むんですよ。
これは『ちちしるべ』の制作時ではなく最近のエピソードですが、子供が小学校に通い出すと、日々の宿題から三者面談、参観日など、いろんな予定に追われるようになります。
我が家では、こういう学校行事のスケジュールを、妻がカレンダーにまとめてくれるんですね。
Photo:iStock / XtockImages
私はその予定を見ながら動いていて、ある時、どっちが対応するかで喧嘩をしてしまったんです。そうしたら、妻に大量のプリントを見せられまして。
学校から来るプリントはなかなかの読みにくさで、それらを「1枚ずつ“解読”しながら、つつがなく予定を組むだけでも大変なんだ」と。
こういう苦労も、実際に会話しないと見えてこないものだなと痛感しました。
それに、子育ては「フェーズ」によってもやるべきことが変わります。
実は2023年現在、私はイキメン研究所の活動をほぼお休みしているんですね。いわゆる幽霊部員状態で。
これには一応、理由があるんです。
── 仕事が忙しくなったから、とか?
いえ、子供が大きくなった今、子育てを始めたばかりのパパに対して私がアドバイスするのはちょっと違うと思っているからです。
Photo:iStock / sesame
乳幼児の子育てフェーズをすでに終えているパパの経験談って、どうしても上から目線になりがちだと思うんですね。
当時は苦労したことでも、今は「良い思い出」になってしまっているので。
── もう「ロールモデル」にすらなれないと。
我が家は2人目の子供を授かった時、妻が切迫早産になったんです。
家事も何もほとんどできない状態で、長女の育児も含めて、大概のことを私がワンオペで回していました。
当時は2カ月ぐらい本当にバタバタで、とにかく大変でした。
そんな時、先輩パパから「大丈夫、その苦労にも終わりが来るから」などと励まされたところで、何の救いにもなっていなかったと思うんですよ。
だから多分、私はもう良いアドバイスができないんです。

コミュニティは「卒業」していい

── では、地域でのコミュニティ活動も卒業を?
イキメン研究所の活動は実質「卒業」していますが、地域活動は続けています。
当時の活動を通じて、地域のパパたちと気軽に情報交換できるつながりができたことにとても助けられましたし、今でも貴重な財産だと思っているので。
それに、子供は当面、ここ(川崎市)で暮らしていきます。より良い地域にしたいという思いは、むしろ前よりも強まりました。
Photo:iStock / recep-bg
建築関係の仕事をしていることもあって、以前からまちづくり全体に関心を持っていました。その中でも地域防災は、身近で重要なテーマだと考えています。
── コミュニティとのかかわり方は、その時々のフェーズで変わっていくのですね。
2013年12月頃から使っているNewsPicksでも、最初は「ROM専(Read Only Memberの略で、読むだけの人)」だったのが、建築関連のニュースに専門コメントを寄せる人が少ないからと自らコメントするようになり......とステップ・バイ・ステップで活動してきました。
自分で調べた内容を発信するのが楽しいだけで、NewsPicksのコミュニティ活動には興味がなかった時期もあります。
でも、そんな私が、今はプロピッカーを拝命して、こうしてインタビューもご依頼いただいた。本当に「流れ」でしかなかったと感じています。
── その時々の関心事に正直に動くのが、活動が長続きする理由だと?
そう思います。無理しない。合わなくなったらやめればいい。
そのくらい気軽な気持ちで続けたほうが、過度に期待しない分、良いことがあるんじゃないかと(笑)。

地域と、子供と「つながる」コツ

── イキメン研究所から始まったコミュニティ活動の「成果」を教えてください。子育てに奔走する中で、さらに時間を割いて活動をしたことで、何を得ましたか?
一つは、今お話しした「地域の方々とのつながり」です。
Photo:iStock / NicoElNino
振り返れば、子供が産まれた直後に妻がチラシを持って来なかったらパパ向けコミュニティの存在すら知らなかったでしょうし、そこで学んだ知恵がなければ妻に離婚を切り出されてもおかしくなかったと思います。
そのくらい、育児について何も考えていませんでしたから。
また、『ちちしるべ』の制作も含めて、私よりもリーダーシップを持ってコミュニティに参加していたパパたちとの出会いも私を変えてくれました。
TEDで有名な「デレク・シヴァーズ:社会運動はどうやって起こすか」という動画(下)のように、何かしらの活動が広まっていく時は「最初に踊り出す人」と「後を追って踊るフォロワー」が重要です。
この動画、見ていると最後のほうで「おお!」と感動するので、ぜひチェックしてみてください。
この動画のように、私もパパ向けコミュニティの先駆者になってくれた方々がいなかったら、地域活動なんて一度参加して終わりだったと思います。
それが、最初に踊り出した人たちと一緒に踊っているうちに、『ちちしるべ』のような長年地域に根付く冊子づくりにもかかわることができた。
こうやって語れるものを、皆さんと一緒に作れた経験自体が財産です。
最後にもう一つ、おかげさまで子供たちがなついてくれていることが何よりもうれしいです。
── それが一番のプレゼントですね。
実は子供が産まれてから、家族第一の生活にするべく、独身時代の趣味だった2シーターのスポーツカーいじりとプラモデルづくりをやめたんですね。
それが先日、長女が私と一緒に姫路城のプラモづくりをしてくれまして。
女の子ですし、一緒にプラモデルで遊んでくれるだけでも本当に嬉しくて......。父としてこれ以上の喜びはないです(笑)。