2023/6/10

顧客第一、CSR、三方よし、SDGs…300年前に言っていた

フリーランス記者
広島県福山市の老舗和菓子店「虎屋本舗」。400年以上にわたる歴史の中に、代々引き継がれてきた商人道がありました。現代風にアレンジして、その一部を経営方針として取り入れてきた先代。息子は、経営権とともに、そのスピリットも受け継ぐ決意を見せています。
INDEX
  • 創業400年の年、息子にのれんを託すと決めた
  • 経営の柱に代々受け継がれる“商人道十訓”
  • 戦禍、コロナ禍...窮地を乗り越えて
  • 「困っとるのにリーダーはどうするんや」
  • 父にもなった17代、商人道のアップデート

創業400年の年、息子にのれんを託すと決めた

創業は江戸初期の1620(元和6)年。広島県福山市の和菓子店「虎屋本舗」は403年の歴史があります。代々続く歴史あるのれんを、先代社長で現会長の高田信吾さん(60)が、息子の海道さん(36)に託したのは2021年、コロナ禍のさなかでした。
当時の信吾さんはまだ50代。「たこ焼きにしか見えないシュークリーム」など、斬新な商品を次々と送り出してきた持ち前の嗅覚とインスピレーションは衰えていません。
爆発的ヒットとなった「たこ焼きにしか見えないシュークリーム」
まだまだ最前線で経営のかじ取りを続けることもできたのではないでしょうか……。そんな質問を投げかけると、信吾さんはこう答えました。
信吾 「みんなに言われますよ。でも、もう気が済んだんです。あと、『企業寿命30年説』ってあるでしょう」
しかし、虎屋は現にもう400年も続いているのですが……。
「あれはね、一人のリーダーが30年以上やるから潰れるんですよ。自分はもう30年やった。それだけです」
高田信吾(たかた・しんご) 1963年、広島県生まれ。虎屋本舗16代当主。国学院大学経済学部卒業後、大阪のアパレルメーカーに勤務し、先代の危篤をきっかけに福山へ戻り、1990年に株式会社虎屋本舗に入社。4年後に社長に就任。2003年、大ヒット商品の「たこ焼きにしか見えないシュークリーム」を考案した。2021年から会長。
創業390年だった2010年、信吾さんは決意しました。
「創業400年の年に海道に交代しよう」
東京にいた海道さんを、取引先と従業員を招いた記念式典に呼び、社長交代について語りました。「その話をしばらくしてから新聞記者にしたら、その記者が書いてね。その記事を読んだ当時の部長に呼び出されたって」
自分のやりたいようにやればいい、そう思いながらも、自分なりの形に解釈して、ぜひ受け継いでほしいものがあります。
それが、虎屋本舗で代々受け継がれてきた、商人道十訓です。
古くから使われている木の看板

経営の柱に代々受け継がれる“商人道十訓”

虎屋の看板商品の一つ、虎模様のどら焼き(現在の『虎焼』)を考案した8代当主の高田助四朗のころ、石田梅岩(いしだばいがん:「道徳と経済の両立」の理念を江戸時代中期、日本で初めて全国に広めた思想家)の「石門心学」や東洋思想などをベースにまとめられたとされる、商人の心得50カ条です。
信吾さんは、この中から15を選び、自分の手元に置いています。そして、その中から選んだ10カ条を、社員教育に使ってきました。
商品を梱包する虎屋本舗の従業員
顧客第一主義、三方よし、CSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス……。企業経営にとって大切なことが記された文言。商人道には、どれをとっても、現代の会社経営に通じる教訓ばかりが並んでいます。
信吾 「ものすごいなって思いますよ。この中に実は、CSRとかSDGsが入っているんだから。家訓とか色々あるけど、ずっと長い間、続いてるというのは珍しいのではないでしょうか」
でも、信吾さんは大まじめに、ことあるごとにこれらを唱えて、迷ったときの行動指針にしてきました。
社内や店舗のあちこちに、「和魂商才」の文字が掲げられている
この商人道50カ条の存在は、幼い頃から知っていたという信吾さん。しかし、心に深く引っかかったのは、「たこ焼きにしか見えないシュークリーム」の大ヒットで1億5000万円の借金を返済し、経営がようやく安定してきた頃だったそうです。
先の経営を考えて、何か柱のようなものがほしい......。ちょうどそんなことを考えていたのです。
信吾 「世の中もちょうどリーマン・ショックで、いわゆる勝つ負けるとかみたいな市場競争じゃない方向にこう変わってきたし。いわゆる今でいう共生社会みたいな、うん。これからはもう、社会性だと」

戦禍、コロナ禍...窮地を乗り越えて

虎屋の長い歴史の中には、幾多の苦難がありました。
明治維新や、世界大戦による戦禍。太平洋戦争末期、1945年8月6日の米軍による広島市への原爆投下の2日後の8月8日夜、福山市上空に飛来したB29が、1時間にわたる焼夷弾攻撃を繰り広げ、市街地の8割が焼失しました。
このとき、信吾さんの祖父である14代当主の高田銀一さんは、とっさに地下壕に小豆袋と砂糖袋、そして顧客台帳を放り込んだそうです。戦後の焼け野原からそれらを掘り起こし、店の再建にこぎつけたということを、信吾さんは幼い頃から聞かされてきました。
虎屋曙店に併設した工場でたかれるあんこ
信吾さん自身は、社長就任直後に巨額の借金返済に苦しみました。
そして、息子の海道さん。創業400年で交代する、という方針を決めた2010年には想像もしなかった、新型コロナウイルスという未曾有の困難が、待ち受けていました。
創業400年の節目である2020年、地元福山市で行われる東京オリンピックの聖火リレーで聖火ランナーを務める日が、社長交代の日と決まっていました。しかし新型コロナの感染が拡大し、オリンピックは延期に。
結果的に、2021年5月18日、聖火リレーのトーチとともに、虎屋の経営のバトンを受け継ぐことになりました。不安の中での船出です。
東京五輪の聖火リレーで笑顔を見せる海道さん。この日に社長に就任した=提供

「困っとるのにリーダーはどうするんや」

コロナの影響は思いのほか大きいものでした。売り上げは半減し、手元のキャッシュは減っていく。そんなとき、社長室にこもる海道さんを、父の信吾さんは叱りつけました。
信吾 「社員もみんな、どうなるんだろうって思ってるときに、何かのんびりしてたんですよね、社長室にこもって。この大ピンチに、みんな困っとるのにリーダーはどうするんや、当分わしがやるけえ、わしのことに従えって」
危機感が欠落しているのではないか。海道さんの姿が、信吾さんにはそう映ったのです。でも、海道さんにも考えはありました。ただただ社長室にこもっていたわけではありません。
国のコロナ対策の補助金や助成金など、使えるものは全部集めました。そして、なんとか打破する策を練っていたのです。
それまで直営店10店での販売を主体とした経営を続けてきた虎屋。しかし、新しい販路を開拓し、カタログギフトなどの通販、そして大手スーパーなどでの商品展開を始めました。そして、少しずつ売り上げを戻していきました。
虎屋曙店の店内
社長就任時、海道さんはまだ34歳。思ったより早く、来るべきときが来たという受け止めだったのでしょうか。そんなに叱りつけられるなら、親父がやればいいじゃないか、というような反発はなかったのでしょうか。
そう尋ねると、言葉を選びながら、でも淡々と、海道さんは語りました。
海道 「事業承継って、父がそうだったように、例えば先代が亡くなったり、会社が危機に陥ったり、準備をする間もなくやるのがほとんどだったと思うんです。今だからこそいろんな企業さんが、そうやって事業承継の準備をしていますけど。それに比べると、ある程度並走期間を準備してもらったのは、ありがたい話ですよね」
高田海道(たかた・かいどう) 1987年、広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部を2009年に卒業後、東京での不動産会社勤務、議員秘書を経て、2013年に株式会社虎屋本舗へ入社。2021年、17代当主・社長に就任。2018年、第2回ジャパンSDGsアワード「SDGsパートナーシップ賞」受賞。2018年にグロービス経営大学院修了。

父にもなった17代、商人道のアップデート

そして海道さんもまた、折に触れ、受け継がれてきた商人道を反芻してきたそうです。
海道 「商人道は、うちの精神性を表したものなので、何か迷ったときにはここに一度立ち返るべきだなと思います。何かを伝えるときには、これに沿った形で伝えていくべきだなという、一つのわかりやすい軸にはなってます」
一方で、それだけではないと言います。
「経営理念があることだけじゃなくて、運がよかったんだと思うんです。運にも恵まれてきたんだと。その時々のやり方で、常に変化に対応してきただけであって、変わるところは変わり、残すべきものは残して、何度も何度も自問自答をして商品やサービスをつなげていく、その連続でしかありません」
昨年、父親になった海道さん。東京から福山に戻って今年で10年が経ちました。
父と同じように、自らの社長在任期間を30年と決めているのでしょうか。
海道「それはまだわからないです。自分がそうさせてもらったように、息子にも自由に生きてほしい。だけど、商人道だけは教えておきたいな、という思いはありますよね」
守ってきたものを守り続ける責任と、次にきちんとつなぐために変化もしていくという心意気。まだまだ若くて口うるさい先代と並走できることを、アドバンテージにして。
海道「商人道とか、経営理念って、時代に合わせてアップデートさせるものだと思うんです。言葉をそのまま伝えるんじゃなくて、解釈の仕方や優先順位はやっぱり変えていくべきではないかと考えています」
Vol.4に続く)