【対談】社会課題を解決するのは「大企業×規格外の天才」だ

2020/3/31
 少子高齢化、労働人口の減少、教育格差、そして経済の低成長……。日本が直面する社会課題に、政府はさまざまな取り組みを打ち出してはいるものの、いまだ解決の糸口は見えていない。
 “官”だけでは追い付かない難題に対し、“民”には何ができるのか。
 人工知能(AI)やバーチャルリアリティ(VR)のテクノロジーによって人の意識に働きかけるシステムを研究開発するZ世代の旗手・佐久間洋司氏と、37歳でNTT西日本グループ史上最年少となる代表取締役社長に就任したジャパン・インフラ・ウェイマーク社長、柴田巧が、社会を変える大企業の力について語った。
 高い志を持つ異能の若き研究者と、大企業出身のアントレプレナーの対話から、見えてきた解決策とは──。

20代にしか発言権がないサロンで何が起きているのか

柴田 私はNTT西日本に2005年に入社し、主に新規事業開発に従事してきました。
 米シリコンバレー赴任中にドローンに出会い、帰国後はドローンを活用した太陽光パネルの点検ビジネスの開発を担当していましたが、2016年からはその用途をさまざまなインフラ点検に拡大していくプロジェクトを担当しました。
 NTT西日本は富山・岐阜・静岡県から沖縄県まで30府県を事業エリアとしており、おそらく民間では最大のインフラを持つ企業のひとつだと思います。
 インフラを維持していくには定期的な点検が不可欠ですが、中には専用の点検車が必要になるなどコストが非常に高かったり、作業者の危険を伴ったりするものも多くあります。
 こうした点検をドローンの空撮を使って行うことで、鉄塔だと6割、管路で8割のコスト削減ができることがわかりました。
2005年、NTT西日本入社。主にサービス開発に従事。米国シリコンバレーへの赴任、ビジネス開発担当課長などを歴任。2019年4月に、NTT西日本が100%出資するジャパン・インフラ・ウェイマーク代表取締役社長に37歳で就任、NTTグル―プで史上最年少社長となった。ドローンによる撮影と人工知能(AI)を使った画像解析技術を活用し、道路や橋梁、鉄塔、電線、太陽光パネルなどのインフラ点検サービスを提供する。
 労働力人口が減っていく中で、インフラのメンテナンスは今や企業にとって大きな負担となり、成長を妨げる要因のひとつになっています。NTTグループにとどまらず、日本中のインフラ維持コストを削減し、そのお金を成長分野に投資できるような仕組みを創りたい。
 そんなビジョンを描き、ジャパン・インフラ・ウェイマークを設立しました。
 今日は佐久間さんと意見交換するのを楽しみにしてきました。自分とはまったく異なる領域で活躍されている方とお話しするのは、いつも新鮮な刺激があります。よろしくお願いします。
佐久間 貴重な機会をいただき、ありがとうございます。僕はVRやAIの技術を使って他者になり変わったり、自分自身に出会う体験を通したりして、人の意識がどう変わるか?といったテーマを中心に研究しています。
 たとえば、若者が高齢者の身体を疑似体験することで、体験した側のネガティブな感情が軽減したり、肯定的な考えを持ったりするようなことなどが知られています。
 それを特定の個人にまで適用できないかとか、逆に自分のように振る舞うアバターに対面したりとか、もっと広く活用できるようにいろいろなことを研究しています。
1996年東京都生まれ。大阪大学基礎工学部システム科学科在学中。人工知能学会 学生編集委員長、世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers、孫正義育英財団 第2期生(正財団生)。これまでPanasonic Silicon Valley Lab(現・Panasonic β)で半年間のインターンや、 トロント大学で1年間の交換留学を経験。大阪市や関西財界の支援のもと「クリエイティブ・ディストラクション・サロン produced by 佐久間洋司」を主宰する。大阪・関⻄万博におけるパビリオン等地元出展に関する有識者懇話会委員。
 いつか「人をやさしくする機械」をつくって、争いのない世界を実現したいというのが最終的なビジョンです。
 こうした研究の興味そのものについて自分以外の多くの人にも知ってもらい、関わる人が増えることで社会実装していくことが必要だと思っています。
 自分自身をプロデュースするような活動や、自治体や財界の皆さんの支援をいただいて、2030年の日本をつくる若手リーダーを大阪から生み出すことをめざしたサロンの運営にも取り組んでいます。
柴田 そういう活動にはあこがれるなぁ! 
 佐久間さんのような影響力の大きい人が中心にいるサロンでは、活発な議論が交わされるのでしょうね。たくさんのアイデアが飛び出して、イノベーションや新しいビジネスの種もたくさん生まれているのではないでしょうか。
佐久間 実はこのサロンでは、10~20代のメンバーにしか発言権がないんです。経験や実績豊富でも30歳以上の人は発言できず、後ろで見ているだけ。
 若い人たちだけで議論するのが心理的な安全につながっているようで、未熟ながらもたくさんの意見が交わされています。
 後ろで見ている管理職の方たちが「会社でそんな積極的な提案をするのを見たことがない」とびっくりされる姿も見られます。
 一方で、登壇者は超一流の先生方にお越しいただくので40代か50代の先生方になります。さまざまな領域のビッグネームの方が来てくださるのですが、取り囲むのは若者だけなので変に言いたい放題議論できる場ができています。
 大勢の子どもたちがお相撲さんに向かって一斉にぶつかっていくようなイメージなのですが、思いがけずお相撲さんがぐらついてしまうような場面もあって、登壇者の方もとても楽しんでくださっています。

“規格外の天才”はシリコンバレーを目指し、日本を去る

柴田 それは実に良い環境ですね。新しい価値を生み出すには、委縮することなく安心して意見を交わし議論できる場が必要です。私も周囲の人たちとのオープンなコミュニケーションについては、NTT西日本入社以来、誰にも負けないくらい大切にしてきました。
 NTT西日本という大企業から小さな会社のトップになった今、より上下関係やしがらみを気にせず議論し合える組織づくりを重視しています。せっかく年代もバックグラウンドもまったく異なるメンバーが集まっているのだから、意見をぶつけ合って新しい価値をつくっていきたいんですよ。
 若い人の意見が未熟だなんて思ったことはないし、私自身も学生時代はビジネスにチャレンジして、大人より同世代のアイデアのほうがずっと稼げる、なんてことを思っていました。
佐久間 柴田さんがそんな風にお考えになるのは、10代や20代のときに努力したり思考を重ねたりして、価値を生み出してきた自信があるからなんだと思います。
 おそらく、未熟だと決めつけて若手の声に耳を傾けない人は、若い頃の自分はあまり考えていなかったと思っていたり、過去の自分を信頼していなかったりするからかもしれませんね。
柴田 私は佐久間さんのような、“規格外の天才”と同じベクトルを向いて仕事をしたい。NTT西日本もそうですが、日本の大企業には優秀な人材がたくさんいます。
 でも、未知の領域で新しい価値を生み出していくには、いわゆる秀才だけでは足りないということも痛感しています。佐久間さんの研究仲間やサロンメンバーの中には、きっと社会を変える力を持つ規格外の天才がたくさんいるんじゃないでしょうか。
佐久間 自分は規格外の天才だとはとても思わないのですが、活躍している先輩や友人の多くはすでに渡米していたり、シリコンバレーで起業することを目指したりしていて、日本にとどまろうとする人は少ない。
 シード期のスタートアップであっても、将来性を認められれば莫大な投資を得られるのは日本にない魅力ですし、大きなビジョンを持つ人ほどシリコンバレーなどを目指すようにも感じます。
 指数関数的に伸びる可能性がある一方で、まったく回収できない可能性もあるスタートアップという形には、日本ではなかなか投資が集まりにくい現状がある。たとえ投資を受けられても、ご存じの通りシリコンバレーとは一桁か二桁違いますよね。

大企業が強みを生かせば社会課題は解決できる

柴田 日本は良くも悪くも、守りの姿勢が強すぎるのでしょうね。NTT西日本にもそういう面はありますが、その一方で強い危機感も持っています。
 かつては年3兆円だった売り上げも、固定電話の契約数の減少が進み、今は1.4兆円です。とはいえ、社会を支える私たちの通信インフラはどんなことがあっても維持しなければならず、今後はそのための労働力不足にも直面することになるのは想像に難くありません。
 こうした逆風はNTT西日本だけの問題ではなく、日本の社会全体、ひいては先進各国が直面する課題でもあります。
 この状況下で自社だけの生き残りを模索するのはあまり意味がなく、むしろ強みである日本有数のインフラやICT技術を生かして社会課題を解決していかなければならないという強い使命感が私たちにはあります。
 大企業がその力を生かして社会全体の底上げを図ることで、日本経済の成長をけん引していく新しいビジネスにもエンジンをかけられるのではないでしょうか。
佐久間 そんなふうに社会全体の課題解決をめざす姿勢は素晴らしいですね。言葉が適切かどうかわかりませんが、僕は大企業が持つこうした「余裕」は、大きな強みであるとも感じます。
 「隙あらば取って食ってしまおう」というガツガツした感じや、並行して目先の利益を稼いでおかないと潰れてしまうということもなく、社会のために何をすべきかという大局的な視座を持てるのは、大企業ならではという気がします。
柴田 組織が大きく非効率な体質は根強くあるでしょうが、大企業にしかできないこともたくさんある。
 特に今、日本経済の閉塞感を打破できるとしたら、大企業が一番近い存在ではないかと思うんです。なぜなら、米国のようにシードステージに大胆な投資ができるエンジェル投資家やベンチャーキャピタルが極めて少ない日本で、その代わりができる唯一の存在だからです。
 大企業が持つ内部留保を新領域のビジネスの拡大に向けて、恐れることなく投じていく文化が他の企業にも根付いてくると、チャレンジしづらい閉塞感を打破し、イノベーションが生まれてくるのではないでしょうか。
 私自身、NTT西日本の中で新規事業の種を育て、ジャパン・インフラ・ウェイマークとして独立させることができました。
 インフラの維持管理に悩む企業の負担を軽減することは、単なるコスト削減ではなく、浮いたリソースを成長領域への投資につなげるイノベーションになり得ると自負しています。
佐久間 その考え方は素敵です。内部留保が潤沢な大企業の中で、新しい価値を育てて外へ担ぎ出すというのは、シリコンバレーのスタイルに対抗できる日本で唯一の方法なのかもしれません。

アントレプレナーのフィールドは大企業へ

柴田 佐久間さんは学生というお立場ですが、将来、どんな進路をイメージしていますか。今やNTT西日本のような大企業も“規格外の天才”や起業家精神あふれる人を求めているし、活躍できるフィールドは広がっていますよ。
 佐久間さんが大企業に来てくれたら、面白いことが起こる気がするなあ。
佐久間 今の段階では、自分の進路を職種や業界で呼んで考えることはしたくないと思っています。わかりやすい肩書がついてしまうと、その背景ににじむ意味が思考や可能性を狭めてしまうような気がして不安だからです。
 小さいながらも自分なりの原体験があって、争いのない世界をつくりたいというビジョンがあります。
 こうしたビジョンは長い人生をどう生きていくかの指針となり、方位磁石のように自分の向かっている方向に自信を持たせてくれると思っています。これを頼りに、海路や船籍はあまり気にせず旅を続け、肩書はその時々で自分でつけていくのもいいな…と思っています。
柴田 大きなビジョンを持つ人は強い。それが原体験に基づくものなら、なおさらです。私は実家が地域の建設業で、まさにキツい、汚い、危険の3Kがそろった仕事でした。若い人はなかなか来てくれないし、後を継ぎたいとは思えませんでしたね。
 でも、働き手の高齢化が進んでいよいよ廃業という事態に追い込まれたとき、親父の無念さを思うと心が痛みました。
 土木の世界にテクノロジーを取り入れることで、働き手が危険な仕事に向き合う局面を減らし、効率化し、より大きなプロジェクトにも挑むことができます。
 日本には困難な課題がたくさんあるけれど、一つひとつに向き合っていけば、解決するのは決して不可能ではない。お互い、目指す世界の実現に向けて、頑張っていきましょう。
求む、挑む人。

NTT西日本は、ICTを武器に、
様々な社会課題に本気で立ち向かう仲間を募集しています。

時代が変わるんじゃない。
♯時代を変えるんだ
(構成:森田悦子 編集:奈良岡崇子 写真:合田慎二 デザイン:堤香菜)