航空ピッカー谷村研人さん「気象学、もっと身近に」

2017/12/2
NewsPicksで活躍中のピッカーさんを紹介する本連載、29人目にご紹介するのは、「NewsPicksのお天気お兄さん」こと谷村研人さんです。
気象予報士の専門性を活かし、航空会社で運航管理の業務に携わっている谷村さんに会いに、成田空港へ行ってきました。
谷村さんがNewsPicksで気象関連のニュースにコメントを続ける理由、そして、これからの挑戦したいこととは。

世界を広げたくて始めたNP

──谷村さんは2014年9月からNewsPicksでコメントをされていますね。そのきっかけは?
ちょうどその年の夏、「自分の世界を広げたい」と思って、さまざまなSNSを使い始めました。いろんな著名人をフォローするなかで、グロービス経営大学院の堀義人さんを知り、堀さんがシェアされたNewsPicksのリンクを辿って、アプリをダウンロードしました。
──谷村さんといえば「NewsPicksのお天気お兄さん」と呼ぶ方がいらっしゃるほど、気象関係のコメントに定評がありますね。
NewsPicksでは、皆さんがそれぞれのご専門のことを書かれているので、おのずと私も、自分の知っている領域のことをコメントするようになりました。
使い始めた頃から、本名で登録していましたし、ほかのピッカーさんが真面目にコメントされているのを見て「適当なことは言えないな」と思った記憶があります。
とはいっても、私が書いているのは、航空業界や気象関係の仕事をされている方であれば、ある程度コンセンサスを得られることばかりです。
自分のコメントを通して「みなさんに少しでも気象情報に興味を持ってもらいたい」という思いでコメントを続けています。
谷村 研人(たにむら・けんと)
高校時代に気象予報士の資格を取得し、筑波大学で気象学、地球科学を学ぶ。大学卒業後は大手航空会社のディスパッチャー(運航管理者)として経験を重ねる。新規参入航空会社に転職後も、空の安全を守るスペシャリストとして活躍中。

台風が好きな少年

──谷村さんは、いつからお天気に興味を抱いたのでしょうか。
小さいときから、台風が好きでした。
父の仕事の関係で、米国で生まれて、幼少期を香港で過ごしました。
香港はよく大雨や台風の影響で学校が休みになります。台風が近づくにつれて、風の勢いが増し、マンションの裏山に生えた草木がザーザーと音を立ててなびく。
雨や風がどう変化するのか、予測できるようになりたくて、家のテレビにかぶりついて天気予報を観ていました。
もうひとつのきっかけは、「気象予報士」という資格ができたことです。
もともと一般向けの気象予報業務は、気象庁にしか認められていませんでした。それが、1993年に法律が改正され、国家試験に合格して気象予報士として登録されれば、予報業務許可を受けて独自の気象予報を出すことができるようになりました。
ちょうど私が中学に進学した頃、「中学生が気象予報士の試験に合格した」とニュースで報じられました。もしかしたら私もなれるのではないかと勉強するようになり、高校1年から“記念受験”を始めました。
なかなか合格できなかったのですが、「気象予報士の試験はこれを最後にして、受験勉強に集中せねば」と思って挑んだ高3の夏に、やっと合格できました。
「もっと気象を勉強したい」という思いから、大学は地球科学が学べる筑波大学に進学しました。
そこでお世話になった先生から、航空会社で活躍する卒業生を紹介してもらい、ディスパッチャー(運航管理者)という職業を知るに至りました。
──ディスパッチャーになるべく、卒業後は大手航空会社の系列会社に入社されたそうですね。
はい。ディスパッチャーは安全に直結する仕事ですから、運航管理者技能検定という国家資格をはじめ、各航空会社の社内資格を取得しなくてはいけません。
私が入社した頃は、丸1年はOJT(on the job training)漬けで、その後もOJTと資格試験を繰り返しながら、運航管理者として一人前になるまでに、早くても6~7年ほどかかりました。

安全担うディスパッチャー

──「ディスパッチャー」は“地上のキャプテン”とも呼ばれるほど、大きな職責を担う存在だそうですね。
航空機が目的地まで安全に飛行できるよう、さまざまな情報をもとに1便ごとのフライトプランを立てるのが、ディスパッチャーの仕事です。
プランを立てるために最初に確認するのが、フライトに予約をされているお客様の人数や貨物の重量です。それをベースに、1便にどれだけの燃料を積めばいいかを考えます。
──満タンにすればいい、というものでもないのですか…?
航空機は、満タンにすると機体が重くなりすぎてしまう厄介な乗り物なんです。
飛行中には機体の重量のバランスを取る必要があるのですが、機体そのものの重みが3分の1、お客様や荷物などが3分の1、そして残りが燃料…というのがざっくりとした目安です。
天気図もまた、ディスパッチャーがプランを作る上で欠かせない情報です。
広島空港を例に挙げると、あの空港は山の上にあるため、よく霧がかかります。出発前には霧がかかっていたとして、到着するまでに晴れるのか。あるいは、霧のなかでも安全に着陸できるのかを判断し、飛行コースや高度を決めます。
そして飛行中も、ここからどんな天候の変化の可能性があり得るか、幅をもって見通すことができる必要があります。
──まさに、気象予報士の知識が活きるお仕事なのですね。
また、どんなコミュニケーションをお客様にすべきか、機長と相談することもあります。
空港で「安全に着陸できない可能性がある場合は、◯◯空港に向かうことがあります」なんて言われた経験はありませんか?
突然飛行機の行き先が変更される前に、空港で一言アナウンスをして、お客様に選択肢を提示するのも、ディスパッチャーに求められる役割です。
飛行計画を作成するソフトウェアで、飛行経路を表示している。「気象条件を考えながら経路を選ぶときに使用し、イメージとあっているか確認します」(谷村さん)

小さな信用の積み重ね

──NewsPicksでコメントするときは、どんなことに気をつけていますか?
つまらないミスをしないように、後で読み返して恥ずかしい文を書かないように…と意識するようにはしています。とはいっても、完璧には程遠いのですが。
全体の理屈は通っていたとしても、小さな誤字脱字があるだけで、何となく信ぴょう性が薄くなりますよね。
そう考えるのは、仕事の影響かもしれません。
ディスパッチャーの業務のひとつに「ブリーフィング」と呼ばれる、機長との打ち合わせがあります。
航空機が安全かつスムーズに目的地に到着できるよう、事前に用意したフライトプランをもとに機長と打ち合わせし、同意を得る必要があります。
ただ、天候が変化する可能性が高い場合など「雨雲が動いてきたら報告しますね」と口約束をすることもあります。もしもそこで、私が事前に取り決めたとおりに動かなかったとしたら、彼らの信用を失ってしまうでしょう。
どんな極限の状況にあっても、こちらの提案を信頼してもらえるようにするには、やっぱり小さな信用を少しずつ積み重ねていくしかありません。
機長とのブリーフィングに使われる資料たち

気象学をもっと身近に

──NewsPicksで谷村さんの名前を検索すると、「谷村さん、ありがとうございます」と感謝の言葉が続くコメントがたくさんありました。谷村さんにとって、コメントを続ける意義とは?
以前この連載で、NASAのシステムズエンジニアの石松拓人さんが「みんなに宇宙に興味を持ってほしい」と言われていたのに共感しました。
天候や地震など、地球への理解が深まる気象学は、どんな業界にも影響を及ぼしますし、皆さんの生活に役立つはずですから。
もしも東日本大震災のときに、津波に関する知識が広く伝わっていたら、どれだけ多くの方が助かっただろうかーー。そんなことを考えて、私もコメントをするようにしています。
私の書くことが入り口になり、航空業界や気象の世界をより身近に感じてもらえたら嬉しいです。

めざすは宇宙

──谷村さんが今後挑戦してみたいことは?
ディスパッチャーという専門職として経験を重ね、2015年に外資系のLCC(ローコストキャリア)に転職しました。
これからは私が勤めている航空会社が、皆さんに選ばれる存在になるよう、仕事の幅を広げていきたいです。
たとえば「なぜLCCは格安で航空サービスを提供できるのか」という点についても皆さんに知っていただく必要性を感じています。
LCCだからといって、コストカットのために、安全性が犠牲になることは決してありません。低価格とは思えない機体の新しさや我々の努力、サービス内容について、もっと発信していく必要があると感じています。
もうひとつ、夢見ているのは、宇宙のディスパッチャーです。
──宇宙ですか!
いずれ、航空業界が宇宙にも進出し、月や火星に向けてお客様をお連れする未来が来るかもしれません。
映画『2001年宇宙の旅』に登場する宇宙船「オリオン号」も、航空機に近い形状をしていて、尾翼には(かつて世界最大の航空会社だった)パンナムのロゴが付いているんですよ。
SFの世界が現実になったときにも、安全なフライトプランが描けるよう“宇宙の気象”も学んでおきたいです。

谷村さんのおすすめピッカー

「あまりにもたくさんの方の名前が思い浮かんだので、今回はフォロワー数が5000人以下で私が注目している方をご紹介します」(谷村さん)
弥藤 貴紀さん
「鉄道やバス会社に勤務経験のある弥藤さん。同じ交通業界なので、安全を司る立場として、共感できるコメントが多い方です」
Jasmine Fujisawaさん
「国内・外資系航空会社の元CAのFujisawaさんも、同業者ピッカーのお一人。お会いしたことがないのに“話が合う”というのも変ですが、同じコメント欄でお名前をお見かけすることが多いんです」
Shimizu Kenjiさん
「Shimizuさんのコメントは、短くてキレがある。言葉の選び方が上手なんでしょうね、ハッとさせられます」