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フィンテックカンファレンス「Money20/20」での発見

米国発、フィンテックの「5つの最新メガトレンド」

2015/11/25
2015年10月23〜26日、米国ラスベガスで、世界最大級のフィンテックカンファレンス「Money20/20」が開催された。そこには、全世界から約1万人の参加者が集い、今後のフィンテックの動向を占ううえで重要な議論やセッションが、数多く交わされた。本記事では、特に基調講演を中心として、会場での反応や反響を踏まえたうえで、フィンテックに関する重要なトレンドを5つ紹介する。

テックジャイアンツと新興勢力の存在感

結論から言ってしまえば、今回のカンファレンスでは、アップル、グーグル、フェイスブック、サムスンといったいわゆる“テックジャイアンツ”と、巨額の調達をしているテック系のフィンテックベンチャーであるStripe(ストライプ)やPoynt(ポイント)といった企業が注目を独占した。

これらの企業は、テクノロジーを生かした個人決済・店舗決済・貸出などで存在感を高めており、そこに大きな脅威を感じている銀行などの金融機関が、対策と順応に躍起になっているトレンドが顕著となった。

特に注目が高かったセッションでは、複数の調査会社が、スタート後1年が経過したアップルペイについて、消費者の利用実態と今後の利用意向に関するデータを発表した。

2014年10月にリリースされた同サービスは、2015年9月時点で消費者の8%が「週に1回以上利用」と回答している。同期間にクレジットカードの利用率が55%から50%に低下したのとは対照的だ(出所:Accenture,Digital Payment Survey2015)。

消費者の意向に関しては、この1年間は様子見の期間であり、今後はさらに爆発的な利用頻度の向上が予測されている。テックジャイアンツの中でも象徴的な存在であるアップルの躍進について、イベントに参加している北米系銀行のマネージャーらも「本当に素直に、脅威だ」と語っていた。

こうした流れから、今回のカンファレンスでは北米最大の銀行であるチェースが、「ChasePay」という非接触の決済方式を発表。同時に、ウォールマートら小売業者が組織する独自決済網「Merchant Customer Exchange」との提携も表明するなど、対アップルを意識した動きが目立った。

しかし、このChasePayは、iPhoneでのNFCによる非接触の決済を利用できないといった制約があるため、QRコードやバーコードの読み取りなど、簡便性に欠くソリューションしか提供できていない。なおかつ「提供開始が来夏以降」とスピード感に欠けており、後手後手に回る印象が拭えない。

いったい今、フィンテックの世界で何が起きているのか。その最新のトレンドを「フリクションレス」「ファイナンシャル・インクルージョン」「エコシステムの形成」「ブロックチェーン」というキーワードとともに紹介していこう。

キーワード1「フリクションレス」

フリクションとは、「摩擦」や「抵抗」という意味であり、クレジットカードのように、ユーザー負荷の大きい従来型のサービスを意味する。

それに対して、これまでの「抵抗」をテクノロジーなどで排除し、ユーザーフレンドリーで、使うことすら意識させないサービスを総称して「フリクションレス」と呼ぶ。

これまで金融機関では、規制や提供者側の都合により、多くのサービスを消費者にとって不便なまま提供し続けてきた。しかし、これがテクノロジーによって一気に「フリクションレス」側にひっくり返りつつある。これが、フィンテックの大きなトレンドだ。

基調講演に登場した、無担保ローン決済のAffirm(アファーム)は「フリクションレス」の代表格と言える。

このサービスを使えば、消費者が買い物をした後に、とてもシンプルなユーザーインターフェースで、支払いをその場で行うか、無担保ローンを使って3回払い/6回払い/12回払いにするかを選択できる。

さらに、その際の金利の提示や、現在自分が担っているトータルのローン金額などもサッと確認ができる。

そして驚くべきことに、ソーシャル上の情報を使って、貸出金額の上限、および金利などが瞬時に計算され、消費者が待たされる場面がほとんどない。

この「フリクションレス」がどれだけ消費者の行動を変化させるかの証明として、アファームの講演の後半には、実際にアファームを採用しているECサイトでの売り上げなどのデータが紹介された。その発表によると、平均単価は約2倍、ユーザーの2回目以降の利用率は1.7倍になったという。
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キーワード2「ファイナンシャル・インクルージョン」

米国では、移民などをはじめとした、金融機関での与信を受けられない層が多数存在している。こうした疎外されていた層をテクノロジーによってサービスの対象に組み込む「ファイナンシャル・インクルージョン」が、多くのセッションでクローズアップされていた。

代表的なサービスの一つが、ペイパルが提供する「Paypal working capital」だ。こちらも、基調講演で大きな存在感を放っていた。

サービス内容としては、小売店などが自社のECサイトの主要な決済手段としてペイパルを採用すると、その決済情報をベースにPaypal working capitalが、与信審査などなしに、実績に応じた金額を即日融資してくれる。

このサービスの特長は、実際の店舗の商流を押さえていれば、与信審査や担保をとらなくても、十分安定的な貸し出しが行えることだ。

プレゼンテーションでは、このサービスを利用している「シンプル・ウッド・リング」が紹介されており、実際に日本からもこのサイトの内容を確認することができる。

このように、米国の場合は、既存の金融機関によるサービスを受けられず、テクノロジーによって初めて救われる層が多く存在している。実際にこれらのユーザーがフィンテックソリューションにとってのアーリーアダプターとなり、結果的にフィンテックのサービス拡充に寄与しているという構造がある。

キーワード3「エコシステムの形成」

今回の一連の基調講演の中で、特にインパクトが強く、会場からの反響が大きかったセッションがあった。

それは、サン・マイクロシステムズの創業者でもあるベンチャキャピタリストのビノッド・コースラ氏とストライプの創業者パトリック・コリソン氏のセッションと、その直後に行われたペイパル出身者であるPayout(ペイアウト)CEOのオサマ・ベイダー氏によるプレゼンテーションだ。

ストライプは、わずか数行のJavaスクリプトをウェブサイトに埋め込めば、すぐにウェブ上に決済機能を埋め込めるというソリューションを提供しており、アップルペイやツイッターが採用したことが話題を呼んだ。すでに8000万ドルを調達済みだ。

同じく、ペイアウトも米国フィンテックの成長筆頭企業だ。小売店などが使う決済端末を、Bluetooth/NFC/磁気フリクションなどあらゆる種類に対応し、かつ中身のソフト開発を多くの会社に解放するといった先進的なアプローチで、2800万ドルを調達している。

いずれのセッションでも、共通して提示されたメッセージが「フィンテックのエコシステムを構築することに一役買うことに主眼を置いており、自社単体で稼ごうとは思っていない」ということだ。

ストライプのコリソン氏は、再三、ビノッド氏から「君のフィンテックの将来ビジョンは何だ?」と問われていたが、一貫して「それは、自分たちを活用する多くのプレーヤーがつくっていくものであり、自分たちはエコシステムに寄与する」と答え続けていた。

同じくポイントのベイダー氏も、自社の決済端末のソフト開発を多くのプレーヤーに解放することで、フィンテックのソリューションが成長していくことを目指していることを強調していた。

キーワード4「ブロックチェーン」

このように、テックジャイアンツや新興テック企業が金融機関、銀行の立場を脅かしている構造にあって、銀行最大の牙城である「入出金管理」の役割を代替してしまうテクノロジーが「ブロックチェーン」である。

ネットワーク上に入出金などの「台帳」情報が分散して管理されるようになれば、特定の機関が中央でそれを管理する必要はなくなる。すると、銀行をはじめとした台帳管理を行うプレーヤーの存在価値がなくなってしまうというのが、このテクノロジーの要諦だ。

今回、このテクノロジーの実用化に大きく拍車を掛けるきっかけとなるサービスが、NASDAQ(ナスダック)のボブ・グレイフィールドCEOから発表された。

その名も「Nasdaq Linq」。これは、新規未公開株式の取引市場「Nasdaq Private Market」において、参加する6社の株取引情報を「ブロックチェーン」技術を用いて管理するものだ。

言い換えれば、今後、ナスダックが自分たちで中央集権的に株取引情報管理をするのでなく、分散システムにそれを委ねていく第一歩とも言える。

この技術の実用性、運用上の課題などがこのサービスの展開によって証明・改善されていくと、順次ほかの領域への「ブロックチェーン」展開が加速される土台ができる。その結果、既存の銀行をはじめとした金融機関の存在意義が大きく揺らぎかねない。

実際、会場で同席した北米系銀行のマネージャーたちは、これらの発表を受け、「明日は自分たちもこの流れに巻き込まれていくことを覚悟している」と語っていた。もはやブロックチェーンの影響が現実のものになりつつあることを感じた。

ニュープレーヤーの真の狙い

ここまで、Money20/20での5つのトレンドを紹介してきたが、総じて言えることは、「米国特有の強力なプレーヤーの存在、エコシステムの概念、アーリーアダプターの存在などが原動力となって、これまでの不便な金融サービスの時代から、消費者がサービスを選ぶ時代へとシフトしつつある」ということだ。

そして、いわゆる「ニュープレーヤー」と呼ばれるテックジャイアンツや新興テック企業は、もともと収益率がさほど高くない金融機関のサービスを代替しようとしているわけではなく、代替したサービスによって得られる顧客情報をもとに、さらに付加価値が高く、利益率が高いサービスを開発しようとしている。

実際、フィンテックによって生まれるサービスを活用した小売業者によるパネルトークセッションも、本カンファレンスの中で多数実施されていた。

特徴的だったのは、そのほとんどのセッションで、利用されているサービスが、既存金融機関のサービスではなく、これらニュープレーヤーたちのソリューションだったことだ。

規制当局や、業界内の事情に気をとられていた既存の金融機関と異なり、ニュープレーヤーたちはBtoCでのさまざまなサービスを通じて、消費者・エンドユーザーと日々向かい合ってきた豊富な経験がある。

テクノロジーによって、消費者の選択肢が増えている時代において、米国でニュープレーヤーたちの存在感が増しているのは、ごく自然な流れと言えるだろう。

最後に、新しい世界観を強力にリードするペイパルのプレゼンテーションで語られた言葉を紹介して、本リポートを締めくくりたい。

What financial service could be? Not linked to what it was. We all need to re-imagine what the financial should be. Money is incredibly personal. Drives a dreams and ambitions. Address the high cost of managing money.

金融サービスは、どんな可能性を秘めているのだろうか? 

これまでの金融サービスとは切り離して考えなければならない。

金融サービスについて、もう一度想像力を総動員して取り組んでみよう。

おカネというのは、とことん個人個人にとってのものである。夢と野望を持って、突き進むべきなのがこの分野だ。

今の時代にある、おカネにまつわる不合理を正していく時が、まさに到来したのだ。

【筆者プロフィール】
吉沢康弘(よしざわ・よしひろ)
インクルージョン・ジャパンディレクター。1976年神奈川生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。P&G、組織開発コンサルティングHumanValue社、および同社でのウェブベンチャー創業プロジェクトを経て、ネットライフ企画(ライフネット生命保険の前身)に参画。ライフネット生命保険にてマーケティング・事業開発を担当後、ベンチャーの創業・成長を支援するインクルージョン・ジャパンを創業し、現在に至る