受験サプリ、海外進出の切り札は買収。英国発スタートアップの実力

2015/7/4
国内で破竹の勢いで拡大を続ける受験サプリ、次なる目標は海外進出だ。その戦略の中核を担うであろう企業買収が明らかになった。それがロンドンに拠点を置く「Quipper(クイッパー)」だ。受験サプリと同様、eラーニングサービスを手がけている。
このクイッパー、2010年創業のスタートアップながら早くも多国に展開、新興国を中心に知名度を上げている。率いるのは渡辺雅之、かつてはマッキンゼーに在籍し南場智子がリーダーを務める「プロジェクト南場」の常連として名をはせた。その後、南場の右腕としてともにディー・エヌ・エー(DeNA)を創業した歴戦の起業家である。
とてつもない経歴ながらエリート臭は感じない。発する言葉には、コンサル出身のロジカルな思考と教育者の熱意が同居する。
渡辺は山口文洋との出会いをこう振り返る。
「実は、教育と一口に言っても、やり方や捉え方は結構バラバラで、細分化されています。いわゆる“宗派”みたいなものがあるんです。でも、山口さんと最初に10分話しただけで、教育の価値観について誰よりも気が合いました」
気になるのは、両社のタッグの今後だ。だが、「海外展開を見据え、重点国を検討している段階。すべてはこれからですよ」と微笑みながら、さらりと交わされてしまった。だが、受験サプリが海外展開を発表したこのタイミングでのこの買収、海外進出への足固めは着実と見てよさそうだ。
サービス開始から1年半で130万ユーザー、クイッパーの逆転の発想力
クイッパーのサービスは、受験サプリと類似している。すなわちモバイル向けのeラーニングプラットフォームだ。ログインした生徒は、単元ごとの選択肢や並び替え形式などオリジナルのテストに解答していく。すでに問題数は30万問に達し、生徒からの解答回数は3億回に届く勢いである。
加えて、刮目すべきはその海外展開の早さだ。サービス開始から1年半でメキシコ、インドネシア、トルコなど新興国を中心に9カ国でサービスを展開。現地の政府との連携も進み、フィリピンとインドネシアの2国だけで、登録教師13万人、登録生徒130万人とトップシェアを獲得している。
今やフィリピンでは「宿題をやってきた?」と聞く代わりに「クイッパーやってきた?」と言うほどに浸透しているという。
Quipperを使用するインドネシアの学校の様子。
確かに実際に利用すると、ユニークな仕掛けが多い。問題を進めるにつれ、コインが貯まる仕組みになっていたり、進捗(しんちょく)がグラフで表示され達成度がわかるようになっていたり──。
だが、それだけではよくあるeラーニングサービスの延長線でしかない。高い定着率の秘訣はわからなかった。
いかにして生徒に使い続けてもらうか──。これは、すべてのeラーニングサービスの永遠の課題だ。本連載の登場人物たちも同様に頭を悩ませ続けてきたポイントである。
だが、渡辺はこの課題を意外な方法でクリアしてみせた。
「このサービスは生徒が楽しく勉強できるサービスのように見えますが、それは副次的なものなんですよ。実は本当の狙いは別のところにあるんです」
クイッパーの持つ“別の顔”、それは学校の先生のムダを削減することにある。その最たるものが宿題だ。先生はひとつの問題をつくるにも、著作権に抵触しないよう気を使わなければいけない。
さらに、実際に教室で配布・回収するだけでも5分はかかる。50分の授業の1割が無駄になっているのだ。これだけではない。回収が終わったら採点、記録し通信簿に反映しなければならない。
マニラで開催された校長カンファレンスの様子。
だが、クイッパーを使えばこうした工程は一瞬で片がつく。カリキュラムに応じた宿題はすでに中に格納されており、クラスの全員にワンクリックで配布が可能だ。もちろん、採点から記録まですべて自動でこなす。
渡辺の体感値では「これで先生の仕事の約30%は減るはず」。いかに生徒を勉強させるかではなく、先生が手放せなくなるようなサービスを提供する。まさに逆転の発想だ。
渡辺の柔軟な発想の根幹にあるのは、前職のDeNAでの経験が大きく影響している。
DeNA創業の経緯は「南場さんと川田さんの凸凹コンビを見てみたい」
今でこそ多国籍なグローバル人材をまとめあげ、世界を向こうに回して戦う渡辺だが、はじめから起業家気質が備わっていたわけではない。
DeNAの創業に関わったのはマッキンゼーの新卒入社3年目、それも「成り行き」だという。当時はマッキンゼーの大先輩で、「最もイケイケ、プロジェクトをガンガン取る実力者」の南場に気圧されていたという。
「入社して最初の社内教育パートナーが南場さんだった。会うと、『おう、ナベちゃん! ちゃんとやってる?』ってとにかくアネゴなんですよ。しかも社内に10人しかいないパートナーという高い役職でしたし。だから、社内で南場さんのハイヒールの音が聞こえるたびにこっそりUターンをしたり、遭遇地点を予測して、ルート変更をしていたりしました(笑)」
やがて、「南場プロジェクト」の常連になるにつれて、起業のうわさを聞く。それも南場と双璧をなす社内の切れ者と名高い「ドクター川田」こと川田尚吾も一緒だ。「南場さんと川田さんの凸凹コンビ、これはヤバい。2人の化学反応を見てみたい」。気軽な気持ちでのDeNA創業だったが、12年も籍を置くことになる。
南場が次々とプロジェクトを思いつき、それを渡辺が片っ端から立ち上げていく。DeNA在籍12年のうち、「数十にも及ぶ」と語る数のプロジェクトにゼロから携わっていくうちに、事業を立ち上げる力とサービス運営者の目線が培われていった。
「もちろん、関わった事業のうち、残念ながらなくなってしまうものもあった」と振り返るが、身についたものは大きかった。それは「古い情報は参考程度にしかならない」ということだ。ならば、まずは事業を立ち上げて、ユーザーの反応を見ながら改善を進めていけばいい。いわゆるリーンスタートアップである。
だが、「教育はリーンスタートアップに向いていない」ということに気づく。なぜか。受験や勉強は、人生選択と密接に関わっている。「改善しつつ走って行く」のではユーザーはついてこないからだ。そのうえ、生徒は受験期間が終わったら抜けていってしまう。長期ユーザーからフィードバックを得るというプロセスが存在しないのだ。
ならば、長期ユーザーになり得るのは誰か。先生だ。
先生の管理画面、成績の分布がひと目でわかる。こうしたユーザビリティもDeNA時代に培われた。
思い切って先生をユーザーに据えたことで、海外展開も可能になった。教育はローカル色が強く、言語の壁もあり、海外展開は不可能と言われてきた。だが、先生がユーザーならば、先生や現地の教育従事者に教育課程に準拠したコンテンツをつくってもらい、それを順次格納していけばいい。クイッパーはあくまで先生にメリットを提示するプラットフォームに徹する。
「コンテンツはローカルに、プラットフォームはグローバル」にというクイッパーの戦略は、受験サプリの海外展開には必要不可欠な要素だ。
リクルートの展開力とスタートアップの機動力の融合
世界の教育現場を見てきた渡辺、日本の現状には一抹の危機感を覚える。
「海外は日本より圧倒的にアクセプタンス(受容度)が高い。今まで日本は世界一の教育水準だったこともあり、新しいものに飛びつきにくいのではないか」
確かに日本では、教科書のデジタル化ひとつとっても、まったくと言っていいほど進んでいない。すでにメキシコシティでは複数の州で合計100万台近くのタブレット端末を生徒全員に配っている。
行政の重い腰を尻目に受験サプリは軽やかに先を行く。「教育とテクノロジーの相性は奇跡的に良い。クラスの平均レベルに合わせる一斉授業では限界がある。その先のレベルに達していきたい」と渡辺は語る。
確かに、耳から聞いて学ぶのが早い人、目から情報を摂取する人、体系や大枠を先に知りたい人、いきなり実践から学ぶ人、まったく違う。ITならば、それができる。
「スタートアップの機動力×大企業の展開力」その掛け算の答えは? それは山口と渡辺の2人が握っている。