日本テニスレボリューション (1)

テニス界で片手バック、ネットプレーが減った理由

テニスのプレースタイルはこの5年、10年でまた変わる

2015/4/25
プロテニスプレイヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキングを5位とする快挙を成し遂げた。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、マリア・シャラポワの現トレーナーである中村豊氏にプロテニス界の現状、スポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活や健康管理などについて聞く。7回目は前回に引き続き、テニスの技術の世界に迫る。
第1回:私と錦織圭をつないだ不思議な縁
第2回:錦織圭は、指導者を超える選手だ
第3回:シャラポワが圧倒的に他の選手と違う理由
第4回:ビジネスにも生かせるプロテニス選手の食生活
第5回:ミスをするにもどうミスをするかが大事だ
第6回:プロ選手の技をまねるときに大事なこと

両手バックと片手バックの違い

──今回はバックハンドについて聞かせてください。バックハンドには両手、片手と2タイプがあると思います。フィジカル的な問題もあり、プロでも両手の選手が多いですが、中村さんはビギナーに指導するとき、どちらのバックハンドを進めますか。

中村:やはり両手です。両手のほうが体の構造的に力が入りやすいのは自明です。特に高いボールへの対応、速いサーブのリターンのときには、両手のほうが力の入る可動域が広いです。

ただ、対応力や運動能力のある選手は、片手でもいいと思います。男子だとフェデラーが代表的ですが、ワウリンカ、ディミトロフなどが片手バックの名手ですよね。片手だと、スライスやネットプレーに移行しやすいので、そういったプレーを主体にしたいなら、片手で頑張るのもいいと思います。

──なるほど。ただ、両手でトップスピンを打っても、スライスやボレーは片手でうまくこなす選手も多くいます。そう考えた場合、トップスピンを打つときに、両手に比べて力が入りにくい片手バックを選ぶ理由って何なんだろうと考えることがあります。

中村:そこはもう、好みの問題だと思います。私がテニスをやっていた頃のトップクラス選手、グラフやサバティーニ、ベッカーやレンドル、エドバーグらはみんな片手でした。その後、サンプラスやフェデラーなどが出てきました。

今、名前を挙げた選手は、みんな幅広いテニスができる選手です。そういった選手を模範にして片手バックを目指すのもいいと思います。ただ、感覚的に片手の選手の割合はもう、1割くらいだと思います。

──やはり、片手の選手が減ってしまった理由というのは。ラリーの高速化なのでしょうか。

中村:そうですね。スピードもそうだと思いますが、やはり一番大きな要因は、ラケットの進化だと思います。それと、テニス選手のフィジカルがどんどん強くなり、強靭化していること。かなり強い力を以前よりもボールに伝えることができるようになったわけですが、一方で、コートの大きさは過去から変わっていない。

なので、思いっきり打ったボールを、同じサイズの、同じ高さのネットを越えてコートにたたきこむには、スピンをこれまで以上にかける必要が出てくるわけです。

だから、純粋なフラットボールだけを打つ選手というのはかなり減ってきました。また、男子と女子の一番の違いは何かというと、男子のほうがかなり力が強いので、やっぱりスピン系が多いです。スピンがかかってくると、ボールのバウンドがかなり高くなるので、その対応はどうしても両手が有利になります。

また、テニスの低年齢化がかなり定着しています。そうなると、小さい子はなかなか片手で打つのは難しいと思います。

私は中学からテニスをスタートしたので片手でやっていますが、5〜6歳くらいからスタートすると、フォアハンドは右手で打てる一方、バックハンドを片手で打つのは最初は難しいです。そういうことも恐らく影響していると思います。

中村豊(なかむら・ゆたか)アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。公式サイト:yutakanakamura.com

中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。
公式サイト:yutakanakamura.com

フェデラーはネットプレーを増やしている

──テニスの進化の話に続きますが、片手バックと同時に、純粋なネットプレーヤーもかなり減った印象があります。これもラリーが高速化し、ボールにどんどんスピンがかかるようになった影響でしょうか。

中村:そうですね。ラケットの進化や、選手のフィジカルがより強くなったことで、パッシング(編集部注:ネット際に進んできている相手のわきを抜く打球)がかなり強くなってきています。

ナダルを筆頭にベースライン(編集部注:テニスコートでネットと平行する、最も後ろに引いてある線)から5メートルくらい離れた状態からもパッシングができるようになっています。リターンもそうですね。

ラケットの進化でかなりいいサービスを打っても、タイミングさえ合えばいいリターンを打ち込まれる時代です。となると、サーブ&ボレーやネットダッシュを一試合を通じでやり続けるのは難しいかと思います。

──ただ、最近のフェデラーがネットプレーを増やしているように、ネットプレーも必要な技術であるとは思います。

中村:そうですね。フェデラーは全盛期ほどフィジカルに頼ったテニスができなくなったので、体力の消耗を抑えるためネットプレーでポイントを早く決めにいっているのだと思います。

無理に若い選手に付き合ってベースラインで打ち合うよりもいいという判断でしょう。彼はジョコビッチクラスを相手にしても、ネットに出て対処できる能力もあります。だからそれを使わないともったいないですよね。

今はロングラリーがシングルスでは多いですが、ここ5〜10年ぐらいで、少しずつこの傾向も変わってくると思います。ラリーがこれから長くなるというよりも、もう少しネットに出たり、いろいろな角度を使ったりしてプレーにバリエーションが出てくると思います。

プロの世界はいろいろなことを組み合わせた駆け引きです。同じことをずっとやってしまうと、いくらクオリティが高いショットでも慣れられてしまいます。

そのためには、オールラウンダーを目指していくべきでしょう。両手バックの選手がどんどんスライスやネットプレーが上手になってきているのはそういうことだと思います。

*引き続き、中村氏への質問をコメント欄でお待ちしております。コメントは連載記事に使用させていただく可能性があります。

(聞き手・構成:上田裕、写真提供:中村豊)