2023/10/25

ウェルビーイングを実現。IBM流ローカルワーク

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 日本の真ん中に位置する長野県。県内には3000メートル級の山々や日本百名山が多数連なり、その麓には軽井沢、八ケ岳、白馬といった国内の有数のリゾート地が広がる。
 登山家だけでなく、日本中の羨望を集める地域となっている。
 宝島社発行の『田舎暮らしの本』では「移住したい都道府県」ランキング17年連続No. 1に輝き、その結果を裏付けるかのように、2022年度には移住者が過去最高を記録。
 さらに転入者が転出者を上回る社会増も22年ぶりに実現した。
 日本アルプス、温泉、ワイン、スキー。長野の魅力を思い描けばきりがない。
戸隠スキー場(写真提供:長野市)
 そんな長野県の県庁所在地、長野市に9月、日本アイ・ビー・エムデジタルサービスがDX推進のための拠点施設、「IBM地域DXセンター」を開設した。
 豊かな自然に囲まれながら、国内外の大型のDX案件に携わることができるという。
 リゾートやスローライフのイメージが強い長野になぜDXの拠点を開設したのか。
 そこには日本IBMと長野の長い歴史と深いつながりがあった。

「ネットで世界とつながった」長野冬季五輪

──まずはDXセンター進出の鍵となった、長野と日本IBMのつながりについてうかがえますか。
加藤 1998年の長野冬季五輪を覚えていますか?
当時の史上最大規模の冬季五輪で、日本選手団も5種目で金メダルをとるなど、日本中が熱狂しました。日本IBMは長野冬季五輪で、公式ITスポンサーとして協力させていただいたのです。
 当時はまだインターネットが一般に広く普及していない中で、大会の公式ホームページを作成したり、リザルト・システムといって全競技の結果を素早く処理し、審判団や報道関係者、観客の皆様へ届けるシステムを開発したりしました。
 また世界中のどこからでも応援している選手へメッセージが送れるサービス「ファンメール」も提供しました。
1990年、日本IBM入社。主に金融業界のITスペシャリストとして、システム開発・保守に携わる。2019年5月より専務執行役員グローバル・ビジネス・サービス事業本部(現IBMコンサルティング事業本部)本部長に就任。コンサルティング、システム開発・保守や、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)、アプリケーション・マネージメントなどの領域で顧客の企業変革を支援。IBMコーポレーション(米国)の経営執行委員。2023年1月に日本IBM取締役副社長執行役員に就任。
荻原 僕も「金メダル目指してがんばってください」とか、メッセージをもらいましたよ。
 当時は携帯メールなんてなかったから、選手村のネットカフェに僕宛てのメッセージが届くと、JOCから呼ばれて。あれがネットで世界とつながる先駆けみたいな感じでしたね。
阿部 こうしたIBMが残したインパクトのおかげで、今でも海外の人には「ナガノ」が認知されています。
 長野新幹線が開通したのもこの冬季五輪がきっかけでしたので、やはり五輪は長野にとってエポックメイキングな出来事でした。
東京都生まれ。大学卒業後の1984年、自治省(現総務省)に入省し、一貫して地方自治の仕事に携わる。山口、岩手、神奈川、愛媛の各県で勤務。2001年1月から長野県企画局長、副知事を務めた。地方の現場からの改革に取り組むことを決意し、2007年に総務省を退職。横浜市副市長、内閣府行政刷新会議事務局次長を経て、2010年9月から長野県知事(4期)。全国過疎地域連盟の会長として過疎地域の持続的発展に取り組むほか、全国知事会の国民運動本部長として全国の知事とともに分権型社会の実現に向けた取組を推進。趣味はまち歩き。
加藤 当社としても、インターネットで世界中とリアルタイムにつながる経験を通じて、長野が国際化する基礎を築けたと自負しています。
 今回、地域DXセンターで働くメンバーが国際規模のプロジェクトに参画するようなかたちで、世界とつながるネットワークをまた作っていきたいと考えています。

“移住したい県No.1”に輝く長野の魅力

──IBM地域DXセンターで働く方の多くは長野で暮らすことになると思いますが、知事や市長は長野で暮らす魅力はどこにあるとお考えですか?
阿部 まずは県内すべてが観光地と言えるくらいの人を惹き付ける土地柄です。
 移住する際、自然の豊かさに加えて都会との近さも気になる人も多いと思いますが、新幹線や高速道路等により大都市圏・中京圏からのアクセスが良いことも魅力だと思っています。
 最近は教育の充実度も移住を決める際の指標のひとつですが、いま「信州やまほいく認定制度」を始めており、県内の豊かな自然環境をいかして子供の主体性や創造性をはぐくむ、独自の保育活動を行う保育園を認定しています。
 ほかにも軽井沢風越学園や大日向小中学校のように、特色のある学校も県内に増えてきていて、子育て世代の選択肢が広がっているところも魅力だと思っています。
上段:ホタルの名所として知られる辰野町の松尾峡。毎年美しい光の乱舞が見られる
下段(左):日本三大そばのひとつとされる「戸隠そば」
下段(右):自然石の畦の棚田がある福島さんべの里では、小学生による農作業体験が行われている
 『田舎暮らしの本』(宝島社)が毎年発表している「移住したい都道府県」ランキングでは、17年連続で移住したい県No.1をいただきましたが、こうした魅力があってのことだと感じます。
 移住者も毎年右肩上がりで、昨年度はついに転入者が転出者を上回る社会増になりました。
荻原 長野市もありがたいことに、移住希望者が増えています。
群馬県吾妻郡草津町生まれ。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。スキー・ノルディック複合の元選手。冬季オリンピックのノルディック複合団体で金メダル2連覇の実績から「キング・オブ・スキー」と称され、長野オリンピックでは日本選手団の主将を任された。引退後、参議院議員選挙全国比例代表区で当選し、経済産業省政務官に就任する等、1期務めた。その後、長野県教育委員会委員、一般社団法人日本スポーツ振興推進機構代表理事等を歴任。好きな言葉は「本気は本物か」。
 先ほどから話に出ている東京駅へのアクセスの良さはもちろん、北陸新幹線では来年に金沢から敦賀まで、将来的には大阪まで延伸が計画されており、関西までも2時間半程度で移動が可能になります。
 都会のみならず、市内では善光寺や戸隠、市外に出ると東に志賀高原、西に白馬、南に松本、北は野沢温泉と、県内有数の観光・アクティビティースポットへもアクセスしやすい立地です。
 移住希望者に対して主に若者や子育て世代をターゲットに家賃補助なども行っているのですが、想定の数倍、お申し込みをいただいている状況です。
 この機を逃さず意欲をしっかり受け止め、来年度は予算を拡充し、地方への移住を後押ししていきたい。
──IBMの社員でもすでに、長野へ移住された方がいると聞きました。
井上 はい、UターンもIターンも、どちらの社員も多数います。共通しているのは、みんな長野が大好きということです。
 仕事では世界規模の案件に関わりながらも、ちょっと窓の外に目を向けると山の間に夕日が沈んでいく景色が見える。
 そういうギャップがたまらなく、ウェルビーイングにつながっていると言っています。
2003年、日本IBM入社。システムエンジニアとして官公庁のシステム開発を担当後、さまざまな案件でプロジェクト・マネージャーを務める。2019年より、官公庁 デリバリー・リーダー。2020年より、日本IBMグローバル・ビジネス・サービシーズのガバメント・インダストリー理事。2020年7月、日本アイ・ビー・エムデジタルサービスの設立に伴い、代表取締役社長に就任。2022年4月、日本IBM取締役に就任。二人の娘を持つ母でもある。
加藤 ウェルビーイングと言えば、長野は健康大国なんですよね。「健康寿命」(※)が男女ともに全国1位になったそうです。
 我々も社員には何よりも健康でいてほしい。このあたりも、拠点開設の決め手のひとつですね。
※要介護度をもとに算出した、日常生活動作が自立している期間の平均。「健康寿命」の令和3年値が公益社団法人国民健康保険中央会から公表され、長野県は、男性、女性ともに全国1位(詳細はこちら
荻原 すみません、社員さんが移住された話の流れで、突っ込んだことをひとつお聞きしてもいいですか。
 例えば東京でお勤めしていた方が、長野のDXセンターへシフトしたとして、給料は変わってくるのですか?
井上 いいえ、ずっと前からリモートワークに対応できる社内環境も整っているので、移住したからといって待遇や昇進に響くことはありません。
 ただ何かあった時の都心へのアクセスの良さというのは、やはり魅力ですよね。
荻原 なるほど。それなら長野の方が家賃も物価も安いから、実質給料アップですね(笑)。
 同じ会社で働く場所を選べるなら、暮らしやすさや子育てに手厚い自治体を選ぼうというモチベーションも湧きそうですし、移住を考えている方にはぜひ長野に来ていただきたい。

老若男女が活躍できるITの世界

──移住に際しては、居住地としての魅力に加え、仕事が充実する環境であるかどうかを気にする人も多そうです。特に若い世代においては、IT産業の充実度が住まいを選ぶ決め手のひとつになりそうですが、その点、長野はいかがでしょうか。
阿部 長野県をIT産業の集積地にしようということで、「信州ITバレー構想」を作り、さまざまな取り組みを進めています。
 本県の暮らしやすさと、都会へのアクセスの良さをいかして、Society 5.0時代のデジタル社会を担うIT人材・IT産業を集積していこう、という内容になっています。
 ひとつの例として、「おためしナガノ」というユニークな試みを実施しています。
 首都圏等のIT人材にまずは長野をお試ししてみませんか?という趣旨で、最大6か月間、オフィス利用料や交通費に県から補助を出します。
 IT関連の事業所は県内に549か所あり、これは全国で14位(2021年)。
 一般には自然豊かな観光県ということで知られていると思いますが、実はIT関連産業の集積も図っています。
──県庁所在地の長野市ではどんな取り組みが?
荻原 いま県内には急速にIT関連の事業所が増えていますから、人材不足への備えを進めています。
 例えば小中高の段階ごとに、プログラミング教室やプログラミングコンテストを実施しています。
ferrantraite / iStock
 募集をかけると、ものすごい数の応募が集まるんですよ。
 子供たちの関心は相当高く、こちらは技術を教え込むというよりは、コンピューターやIT技術に興味・関心を持ったり、楽しさを感じてもらったりするための、最初の一歩を応援する活動という位置づけでやっています。
加藤 IT人材を増やすには、子供たちがITに触れる機会を増やすことが大切です。
 子供たちがIT技術について学ぶ機会を拡大すれば、将来的にITに携わる人材が増えて、デジタルの力でもっと社会が良くなる可能性も広がると思います。
 長野市の教育は、IT人材の裾野を広げるために大変重要な取り組みだなとお聞きして感じました。
阿部 長野県ではさらにデジタル教育も充実していきたいと思っています。
 民間企業でITの仕事をしている人材を教育の場に講師として招いてみてはどうか、という提言も出ていまして。
 ぜひIBMの皆様にも教える側として関わっていただけるとありがたいですね。
──IT産業の発展やIT人材の拡大を図る中で、日本IBMが拠点を開設しました。自治体として地域DXセンターに期待することはありますか?
荻原 既存のビジネスや仕組みにデジタルを掛け合わせて新しい価値を作るノウハウをぜひ長野に広げていただきたい。
 長野市は一昨年、「NAGANOスマートシティコミッション」を設立しました。
 市内のさまざまな業種の企業にメンバーとなってもらい、デジタル技術と掛け合わせて横のつながりを広げていこうという取り組みです。
 例えば「デジタル×食品」で新しい価値創出を図る、といったことです。
 IBMさんの力をお借りしながら、これをもっといろんな業種でトライしていけると嬉しく思います。
加藤 医療、サステナビリティー、農業・林業のDX──対象となる領域はさまざまですが、我々としても長野県のさまざまなバックグラウンドの人たちと当社の技術を掛け合わせることで化学反応を起こしていきたいと考えています。
井上 DXを通じて、今までつながらなかった業界と業界をつなげてイノベーションを起こす取り組みも増えていきます。
 IBMの強みは多様な業界のお客様とお仕事をさせていただいているため、DXの技術はもちろん、それを掛け合わせる業界の知識を持っていることです。
 ただし、DXは私たち単独でできるものではありません。
 私たちはノウハウを共有しながら、プロジェクトに関わる地元企業や協力会社の皆様や、地域全体のITスキルの底上げをする。
 そんな共創のエコシステムの起点になれたらと思っています。
阿部 今、塩尻市で全国的にも注目されている「KADO」という、時短就労者を対象とした自営型テレワーク推進事業があります。
 子育てなどで時短勤務を希望される女性などにさまざまなデスクワークを提供し、市街地の公共施設内に設けた専用コワーキング施設やご自宅などで作業していただくものです。
 ITの発展は働き方も大きく変えていきます。それによって、高いスキルを持ちながら働きたいけど働く機会を得られなかった方たちが活躍する機会が広がっていく。
 日本IBMがもたらす共創型のDXも、そのような活躍する機会に恵まれていない方たちの働き方を大きく変えてくれると期待しています。
井上 当社では男性の育休を「当たり前」に取得できる職場づくりを進め、女性の活躍を後押ししています。
 その上でお伝えしたいのは、ITは老若男女が活躍できる世界ということです。それを実現する鍵は学び続けることです。
 当社には60歳を超えてから転職してくる人も少なくありません。一定期間子育てをしてから復帰する女性もいます。
 そういったさまざまな社員たちが当社グループの学習プラットフォームで学び続け、それまで培った経験や知見と最先端のIT技術をクロスさせ、独自の強みを発揮しています。
 地域DXセンターでも、同じかたちでIT人材の裾野を広げていきます。
 自然豊かな長野でITスキルを磨きながら大型の仕事に携わりたいという方、仕事を通じて地域に貢献したいという方には、地域DXセンターに来ていただけると嬉しく思います。