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抜擢人事、本当の狙いと、課題とは?

大企業の社長人事で、“異変”。「ゴボウ抜き人事」続出の狙いとは?

2015/3/18
三井物産、ホンダ、富士通など日本の大企業の社長人事に、“異変”が生じている。取締役を経験していない幹部のごぼう抜き人事など、大幅な若返りが目立つのだ。今週のブリーフィングでは、「抜擢人事」関連のニュースをPickする。

Pick 1:三井物産「32人抜き」。デンソー「14人抜き」。日本MSは44歳社長

「32人抜き」「40代」「慣例破り」…大手企業で相次ぐ社長抜擢 勢い増す「変革」「世界戦略」” 産経ニュース(2015年3月7日)

4月1日付けで三井物産の社長に就任する安永竜夫氏(54)は、役員をすっ飛ばし、執行役員からの「32人抜き」の抜擢(ばってき)。6月下旬、社長に昇格するデンソーの有馬浩二氏(57)も「14人抜き」。同社では異例の取締役経験がない新社長となる。

味の素も日本マイクロソフト(MS)も、現社長より10歳以上若い人材に社長職をバトンタッチ。7月1日付で日本MSの社長に就任予定の平野拓也氏に至っては、44歳の若さだ。
 図_若手社長

わけても、同社の最年少社長記録を更新した三井物産の社長人事のインパクトは大きい。産経新聞の報道によると(「『32人抜き』の衝撃 三井物産『最年少社長』誕生の舞台裏」)、飯島彰己現社長は、通常、後継者の指名は社長室で行うのがお決まりのところ、社内に情報が漏れるのを防ぐため、わざわざホテルで人事を打診する用意周到ぶりだったという。裏を返せば、それほど社内に“衝撃”が走ることを想定していたということになる。

実際、三井物産関係者によると、この人事が伝えられた際、社内の動揺はすさまじかったと言う。

「社長が部長の人事まで決める会社とはいえ、えっ、そんな人事にしちゃうの? と、意表をつかれた感じ。いくら、お気に入りとはいえ、大胆すぎないかと。それに、32人抜きの影響で各部署、玉突き人事の嵐となっている。また、新社長就任の際に古参の役員が退任するとのうわさしきりで、その子飼いたちは戦々恐々だ」(関係者)

一方で、若手は「頑張れば、50代社長も夢ではない」と素直に喜ぶムキもあると言う。

「もっとも、ミドルはどっちらけ。人並みの出世街道を歩いていれば子会社出向で、63歳まで働けるけど、ヘタに役員になって、チョンボでもしたら、速攻で切られる。そんなリスクは負いたくないという人が多勢派です」(関係者)

抜擢人事による波紋は大きい。

Pick 2:新社長。キーワードは「豊富なグローバル経験」

さて、ごぼう抜きを達成した新社長たちとは、いかなる人物なのか?

三井物産新社長の安永竜夫氏は、日経新聞の報道によると(「三井物産、『32人抜き』トップ人事の衝撃」)、世界銀行への出向を経て、30代にしてロシアの液化天然ガス(LNG)事業「サハリン2」や黒海パイプライン事業への参画交渉で名を上げた人物。外国政府相手に動じず、一歩も引かなかった経験の持ち主のようだ。

ブラジルで貨物鉄道に出資し、大手商社で初めて旅客鉄道事業にも本格参入した実績もある。さらに、米ゼネラル・エレクトリック(GE)会長のジェフ・イメルト(59)氏とも、深い信頼関係を築くなど、国際的な人脈も豊富な様子だ。

また、「14人抜き」で6月下旬に社長に就任するデンソーの有馬浩二専務役員(57)も、グローバル経験が豊富(「【新トップ】デンソー次期社長・有馬浩二氏」)。

買収したイタリア企業の現地法人社長として送り込まれた時は、従業員をリストラする苦渋の決断を強いられたが、再建を成功させ、最後には幹部から「ありがとう」と感謝状を渡された経験があるという。

ホンダの次期社長八郷隆弘氏(55)は、アメリカのホンダR&Dアメリカズ・インコーポレーテッドの副社長、ホンダモーターヨーロッパ・リミテッドの副社長、本田技研工業(中国)有限公司の副総経理を歴任するなど、グローバル畑が長い。味の素の次期社長、西井孝明氏(55)もラテンアメリカ本部長としてブラジルで実績を上げた実力の持ち主だ。

抜擢のキーワードは、どうやら「豊富なグローバル経験」「修羅場を乗り越えた実績」のようだ。

三井物産は、現在、稼ぎ頭の資源・エネルギーが原油高という逆風に直面し、食料や繊維も競争激化の中で苦戦を強いられる。

また、ホンダはNewsPicksのビジュアルレポート(「ビジュアルレポートで見るホンダ最新決算」)によると、タカタ関連の損失500億円と円安による減益により、2014年10月から12月は営業利益が22%も減少する厳しい経営が続く。

かつて、「抜擢若社長人事」と言えば、その実会長が院政を敷くための傀儡(かいらい)、あるいは本命のスキャンダル発覚による替え玉などが実態のことも、多々あった。だが、このような厳しい台所事業を見ると、今回の「抜擢新社長」の登用に、そのような裏は感じられない。

グローバル経験豊かな社長の登用により、海外M&A、提携案件を進めるなど一気に「攻め」の経営に舵を切る──そんな覚悟の人事なのではないか。

Pick 3:日本の社長の平均年齢は59.0歳と過去最高、一方世界のCEOの平均年齢は53歳

もっとも、日本の社長の平均年齢推移を見ると、一貫して「高齢化」が続いている。商工リサーチの調査によると、2014年の全国社長の平均年齢は60.6歳。特に、70代以上の社長の構成比が上昇する一方(「社長の平均年齢は過去最高の59.0歳」)。

社長が高齢になればなるほど、業績が落ち込み、「減収減益」企業の比率が高くなる傾向も散見される。

一方、世界の最高経営責任者(CEO)の平均年齢は53歳(「2013年CEO交代率は14.4%、通常交代が70%以上 日本は新任CEOの97%が内部昇格、平均年齢61歳」)と日本のそれと比べて、大分若い。

欧米のグローバル企業のCEOの就任期間は、日本のそれと比べて長い場合が多い。その典型が、三井物産の安永氏とも親しいとされるGEのイメルトCEOは2001年、45歳の若さで就任以来、10年以上トップに君臨する。

Pick 4:「若社長」生かすも殺すも、「スポンサー」次第

“長期政権”のメリットは意外に大きい。短期政権はその場凌ぎ、あるいは社員の人気取りに走り、近視眼的な経営に走りやすいのに対し、長期の場合、じっくりと時間をかけて賛成派と反対派の意見をまとめ、長期的な経営プランを遂行しやすい。

もしかしたら、この度の日本の大企業の社長「若返り人事」は、“イメルトの日本版”的な長期政権を見据えたものかもしれない。

もっとも、何段飛びで出世した若い社長を就任させることは、さまざまなハレーションを起こすことが目に見えている。まず、これまで次期社長の椅子を狙っていた年上の取締役は、たちまちモチベーションをなくす可能性が高く、新たな派閥抗争勃発の引き金にもなりかねない。

欧米の企業では、こうしたハレーションを防ぐため、抜擢人事には「スポンサー」の存在が欠かせないとの“常識”がある。スポンサーとは、庇護(ひご)の対象となる部下の防波堤となる一方で、惜しみなく支援をする人のこと(「女性の昇進を助ける『スポンサー制度』、賛成ですか?」)

スポンサーとはよく言われる「メンター」とは違う。メンターが、メンティー(庇護の対象となる部下)のロールモデルとして仕事の見本となるのに対し、スポンサーはより社内政治に働きかけ、メンティーが嫉妬により社内で嫉妬されて潰されないように根回ししたり、非難や中傷から守ったり、はたまた、日ごろから積極的にキーパーソンに引き合わせるなどして、仕事を円滑に進めるための「下地」を作る。

まさに、イメルトにとってのジャック・ウェルチがスポンサーの典型例だ。この度の日本の大手企業の「新若社長」に、このようなスポンサーがいるかどうかは分からない。

ただ、今回の日本の大手企業の「若返り社長人事」の成否は、新社長のサポート態勢は盤石かどうか、つまりスポンサーの存在が鍵を握っている気がしてならない。

※Weekly Briefing(ワークスタイル編)は毎週水曜日に掲載する予定です。