2023/6/11

【教えて編集部】ストックオプション「税率見直し」誰が得か

NewsPicks コミュニティチーム
5月末、国税庁の発表で、スタートアップ界隈に大きな衝撃が走ったのをご存じでしょうか?
スタートアップが優秀な人材を獲得する武器だったストックオプション(あらかじめ決められた価格で自社株を購入できる新株予約権。以下、SO)の税負担が変わるという発表です。
そこで今回の【#教えて編集部】は、一連の動きでSOの何が変わり、誰が得する・損するのかを解説していきます。
(※コメント欄でピッカーから質問を募る「#教えて」シリーズの詳細はこちら
INDEX
  • 📝 今回の騒動、ざっくりまとめると?
  • 💴 税率の変化で得する人、損する人
  • 次回「#教えて」シリーズは6/13予定

📝 今回の騒動、ざっくりまとめると?

今回取り上げるのは、下の産経ニュースの記事に寄せられた質問です。この動きに対するピッカーの疑問に、豊富なスタートアップ取材の経験を持つ中川雅博記者が答えます。
上の記事タイトルにある「新型株式報酬の課税増」とは、信託型ストックオプション(以下、信託型SO)と呼ばれる株式報酬にかかる税負担が見直されることを示しています。
「見直し」と記したものの、正しくは、これまで国税庁が信託型SOの権利行使時にかかる税率について「明確に」見解を示していなかっただけでした。
(国税庁は「問い合わせがあれば見解を説明してきた」としています)
それが5月29日に開かれたスタートアップ向けの説明会で、国税庁として公に
信託型SOは給与所得(権利行使時は所得税+住民税が引かれる)と見なされ、株式の譲渡所得(株式売却時にかかる税率は20%)に対する課税だけではなく、権利行使時に最大55%が課税される。
と示し、これまで譲渡所得(税率20%)のみと見なしていたスタートアップ関係者に衝撃が走ったのです。
詳しくは、6月1日に濵田尚子記者がまとめているので、下の記事をご覧ください。
そもそもSOには、
  1. 有償SO(信託型SOはこれに含まれる)
  2. 無償SO(税制適格SO / 税制非適格SO)
と大きく2つの種類があります。
信託型SOとは、下図のような仕組みです。創業者や投資家らの資金が元手になっており、これが「有償SO」と呼ばれる理由です。
SOは、役員や従業員に付与される時点での株価によって、権利行使価格が変わります。
SOを発行したスタートアップが成長する過程で株価が上がっていくと、SOの権利行使価格も上がっていきます。
株式上場などを経て株価が権利行使価格以上になり、SOを行使した社員が株式を売却すると、その差額分が利益になります。
これが社員の「未来の報酬」となり、成長期のスタートアップの人材採用における口説き文句になっていたわけです。
しかし、上場間近に入社した社員は、創業期に入ってSOを付与された社員よりも、得られる収益が少なくなります。
このデメリットを是正する目的で、2014年に誕生したのが信託型SOです。
(iStock / vladwel)
信託型は権利行使価格が低い時点のSOをためておいて、従業員に配る形にすることで、「どの時期で入っても受けられる恩恵にそれほど差がない」(上記記事より)状態を実現できます。
ただし今回、国税庁が「信託型SOが給与所得になる」という見解を公に示したため、権利行使時から売却時にかけてかかる税率が、単に譲渡所得に課税される場合よりも、最大で55%も高くなってしまいました。
これが、今起きている“SO騒動”の要諦です。
(iStock / y-studio)
この動きは、国が進めるスタートアップ支援の流れに逆行するように感じる人もいるでしょう。そこで国税庁は、この見解を示すタイミングでもう一つの発表をしています。
上記した無償SOのうち、発行基準がやや難解で使いづらかった「税制適格SO」の株価算定ルールを整え、実質的には行使価格を1円に設定できると言っているに等しいものにしたのです。
では、この2つの動きが、スタートアップで働く人たちや、これから就職・転職を考えている人たちにどんな影響を与えるのか。
下の質問にお答えしながら解説していきましょう。

💴 税率の変化で得する人、損する人

ご質問ありがとうございます。
まず、SOが社員の入社動機や働くモチベーションにつながっているかを見た上で、今回の税負担の変化がどう影響するかを説明していきたいと思います。
SOが転職の動機になるかどうかについては、人材サービス業のエン・ジャパンが2022年7月に出したミドル1000人に聞く!「スタートアップへの転職」実態調査に興味深いデータが載っています。
同社の転職サイトを利用する30代以上のユーザー1059名を対象にしたアンケートでは、「年収が下がってもスタートアップへ転職したい」と答えた人の割合は25%と4分の1程度だったそうです(下図)。
(エン・ジャパンのプレスリリースより)
ただ、全体で37%を占める「その他の条件による」の中には、
📌 企業ビジョンに共感もしくは自分の将来像を落とし込め、納得できるか否か(39歳男性)

📌 転職後に見合うだけの年収になる見込みがあること。福利厚生などで補えること(44歳男性)

📌 副業可能かどうか、SO制度があるかどうかなど、個人の利益を追いかけることに寛容かどうか(47歳男性)
という声が多かったとあり、やはりSOの有無が転職の口説き文句として一定の影響力を持つことがうかがえます。
この前提に立った上で、「どのSOなら魅力的か?」を考えてみます。先の国税庁の発表に沿うと、今後は、
【得する人】
🉐 税制適格SOを採用するスタートアップに「これから」入社する人
🉐 税制適格SOを採用し、今後上場を目指すスタートアップの社員
【損する可能性がある人】※注1
😭 信託型SOを採用し、すでに上場しているスタートアップの社員
と明暗が分かれる形になります。転職希望者はこの点に注目してみましょう。
※注1:信託型SOの導入企業は日本国内で約280社と言われるが、すでに「権利行使済みの社員」の税負担を個人に求めるかどうかは各社の判断になると予想される。

また、信託型SOとして運用してきたものでも、一部、税制適格SOの条件をクリアする可能性があるため、一概に信託型SOの保持者が「想定していた収益よりも減る」とは限らないと言われている。
ただ、メリットがあるように見える税制適格SOも、権利行使条件の一つに年間行使額の上限があるという点は覚えておくべきです。
何より、近年スタートアップが創業してから上場するまでの期間は長くなっており、その間に「求められる人材像」も変わっていくので、SOの権利行使ができるまで活躍できるかは読めない状態になりやすいものです。
実際、2012年発表で少し古い論文になるものの、SOと生産性の関係を調べた研究では
  • 役員向けSOは、生産性向上に対して正の効果が観察された
  • 一方、従業員SO生産性との有意な相関性が見られなかった
という報告もあります(参照:「ストックオプションと生産性」森川正之)。
(iStock / erhui1979)
成長期のスタートアップにおいては、CFO(最高財務責任者)やCTO(最高技術責任者)といった「CxO」(部門長レベルの役員)の採用が重要になります。
役員レベルの人材は転職前の給与水準も高い場合が多いです。月給では満たせない転職条件を、SOで補填するというケースはよく聞かれます。
とはいえすべての社員に当てはまるわけではないので、雇用する側も社員側も、「SOが働く動機として有効に機能するかどうかは人による」と考えて向き合うのがいいでしょう。

次回「#教えて」シリーズは6/13予定

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