2023/5/21

【教えてプロ】トヨタvsテスラ・BYD「EV覇権」の行方

NewsPicks コミュニティチーム
2024年3月期には、営業利益が日本企業初の3兆円超えに──。先の四半期決算発表で景気の良い見通しを出したトヨタ自動車ですが、一部で懐疑的な声も上がっています。
世界的に「電気自動車(以下、EV)シフト」が進む中で、この分野で存在感の薄いトヨタは果たして成長を維持できるのか?という問題があるからです。
そこで今週の【#教えてプロピッカー】は、現在のEV市場で2トップと目される米テスラと中国のBYDの強さをひも解きながら、トヨタのEV戦略を考察していきます。
(※コメント欄でピッカーから質問を募る「#教えて」シリーズの詳細はこちら
INDEX
  • 🚗 トヨタのEVシフト、勝機は?
  • 🙅♂️ 頭を悩ませる3つの負債とは?
  • 😕 EV普及「持続性」への懸念は?
  • 👀 今後の展望、どこに注目すべき?
  • 「#教えて」シリーズの質問募集中

🚗 トヨタのEVシフト、勝機は?

今回取り上げるのは、5月10日に行われた2023年3月期決算説明会をレポートした記事(下の記事)に寄せられた質問です。

自動車開発における全方位的な脱炭素を進める同社の中で、EV開発の現在地がどうなっているのか、プロピッカーの中西孝樹さんが解説します。
はじめに自動車の販売台数で現状認識をすると、2022年のグループ別世界販売台数はトヨタが3年連続のトップとなっています。
しかしEVの世界販売に限ると、グループ別販売台数は
  • 1位:テスラ(131万4330台)
  • 2位:BYD(91万3052台)
で、トヨタはトップ20にも入っていません。EVにプラグイン・ハイブリッド車(PHV)と燃料電池車(FCV)を加えても
  • トヨタ(11万8736台)
と大きな差があります。
2022年、世界のEV新車販売台数は初めて年間1000万台を超え、対前年比も55%増と見逃せない伸び率になっています。
この時流の中で、トヨタはうまくサバイブしていけるのか。皆さんが知りたいのはこの点だと思いますが、今、勝つ・負けるの議論をするのは早計だというのが私の考えです。
テスラとBYDが、なぜEV市場で競争力を持てたのか。この本質を理解してからでないと、トヨタのEV戦略の良し悪しすら判断できないからです。
そこで、いただいた下の質問に答える形で、両社とトヨタ(と言うより伝統的な自動車メーカー全般)との違いを解説していきます。

🙅‍♂️ 頭を悩ませる3つの負債とは?

ご質問ありがとうございます。
テスラが初のEV「ロードスター」を生産し始めたのが2008年。一方のBYDが、祖業だったIT部品開発を発展させてEV(初の量産PHV)開発に乗り出したのは2008年末です。
両社とも、ほぼ同じタイミングでEV事業を始めています。
2社がたどってきた道のりも似ていて、従来の自動車メーカーとの比較で重要なのは、3つのレガシーを持っていないことです。
  1. 内燃機関
  2. サプライヤー網
  3. ディーラー網
レガシーには良い面と悪い面がありますが、既存の自動車メーカーがEVを開発・販売を行う上では「負の遺産」になっていると言っていいでしょう。
(iStock / dreamnikon)
まず1つ目のポイントは、ガソリン車を動かす内燃機関と、EV開発の両方に対応するのはそもそもが難しいということです。
それぞれ特性が全く異なる上、非常に複雑で精密な技術を要するので、二兎を追うのは当然ながら効率が良くありません。
2つ目のサプライヤー網についても、例えばトヨタは巨大なグループ企業群で開発を水平分業していますが、テスラやBYDはほとんどの開発を垂直統合で進めています。
電池にしろ半導体にしろバッテリーマネジメントにしろ、基本は自社開発するか、開発スピードについてこれる少数のサプライヤーで開発を進めている。
テスラが上海に新設した、大型蓄電池「メガパック」工場の様子(新華社 / アフロ)
そのため、ECU(エンジン制御ユニット)ほか電気・電子アーキテクチャの統合、それによる部品数の削減、ソフトウェア・ディファインドなど、あらゆる面で高速に「非連続な進化」を生み出すことができます。
📌 ソフトウェア・ディファインドとは

ハードウェア(ここでは自動車)を動かす機能を仮想化技術で抽象化し、ソフトウェアによって操作する方法論。各種の制御システムや、通信・クラウド連携による機能アップデートなどをつかさどる。
水平分業が当たり前だった従来型の開発は、クルマのプラットフォームもインターフェースも数年単位で定義し、改善を重ねながら性能アップなりコスト削減を進めていくのが基本でした。
一方のテスラは、主力のSUV「モデルY」のフロア構造を毎年変更しているようなスピード感で進化しています。
そして、コスト競争力の違いは、3つ目に挙げたディーラー網の有無もかかわっています。
従来の自動車販売は、各地域に張り巡らせたディーラー網を通じて行うのが常識でしたが、テスラもBYDも基本はネット販売を軸にしています。
修理対応も一部、ソフトウェア経由で行えるため、取扱店舗が少なくてもいいというわけです。
BYDのカーディーラーに説明を聞く購入検討者(ロイター / アフロ)
つまり、テスラ・BYDのコスト競争力は、開発体制から販売スタイルまで、ビジネスモデルが既存の自動車メーカーと異なるために実現できたと言えます。
この前提を踏まえた上で、トヨタをはじめとする既存メーカーは、どうEVシフトを進めればいいのか。まずはここから議論する必要があります。
なので、短期的な利益率の変化を見てEV競争の行く末を議論しようとしても、現時点ではあまり意味がない。より総合的な議論が求められます。

😕 EV普及「持続性」への懸念は?

日本ではよく、「EVバッテリーに使われるリチウムイオン電池は、リチウム資源の枯渇で量産が難しくなる」などという声もよく聞きます。
こうした理由で、EVの普及は進まないと言いたいのでしょう。
でも、資源問題の本質は「持っている者が勝ち、持たざる者は負ける」というシンプルな原理原則です。
(iStock / SeventyFour)
米中がリチウム資源と電池開発のノウハウを押さえている今、彼らにとって都合の良いルールメイキングをしてくるのは当然の流れです。
2022年に米国で成立したIRA法(インフレ抑制法)で、EVを筆頭に税額控除対象となるクリーンビークルの要件として「最終組み立てが北米で行われていること」と定められたのも、彼らが「持っている者」だからです。
それに文句を言っても、未来は変えられません。
加えて、EVの普及に懐疑的な方々の議論に欠けているのは、技術は今後より進化していくという視点です。
(iStock / PhonlamaiPhoto)
事実、ひと昔前のEV用電池開発ではコバルトが使われ、よく「コバルトの資源が足りなくなる」と指摘されていました。それが今はもう、コバルトフリーで電池開発を行う技術が見いだされています。
こうして開発のレシピ自体が変わり続けていくのを前提に考えれば、いずれリチウム問題にも異なる解決方法が出てくるでしょう。リサイクルに関する技術もしかりです。
そもそも電池開発はコストを下げにくいものなので、
  • 構造を変える
  • 制御を変える
という2つのイノベーションが肝を握っています。この両軸における進化を最も促してきたのがテスラとBYDです。
PHVの開発では先進的な知見を持っていたトヨタですら、出遅れ感が否めません。
EV市場で戦うには、トヨタも挑戦者であると認めなければならないのです。

👀 今後の展望、どこに注目すべき?

トヨタは現時点で「次世代型のEVでは燃費を倍に」と公言していますが、そのためには今の電池の半分で同じ航続距離を実現しなければなりません。
これには、文字通り非連続の進化が必要です。
前述した3つのレガシーを抱えるトヨタが、どんな進化を生み出すのか。今後の注目ポイントの一つは、5月10日の決算発表に合わせて打ち出した「BEVファクトリー」の行方です。
5月10日の決算発表でBEV構想について語る佐藤恒治新社長(つのだよしお / アフロ)
BEVファクトリーのトップには、中国でBEV開発に従事していた加藤武郎氏(元クルマ開発センター センター長)が就任し、開発・生産・事業全てのプロセスを一気通貫で行うと述べています。
キーワードとして「新しいパートナーとの協業」を挙げていることからも、過去の延長線上にはない形でEV開発を進めていく考えなのだと思われます。
これは、EVに関しては「ゆでガエル」状態だったトヨタの危機感を示す動きです。
当面は、EVだけでなくあらゆるタイプのクルマで脱炭素を進めると公表している同社の中で、BEVファクトリーがどう存在感を発揮するのか。注目していきたいと思います。
(iStock / ArtEvent ET)
ちなみに、仮にEV市場で負けたとしても、上記のような「全方位戦略」で利益を上げながら生き残っていく道筋もあるとは思います。
ただ、脱炭素の流れでEVシフトが進むのは、すでに見えている未来です。今後はテスラやBYDのみならず、「アップルカー」を筆頭にIT業界のメガプレーヤーも参入してくるでしょう。
もし、世界市場の2割をこうした新興EVメーカーが取るようになったら、フォード、日産、ホンダ、ルノーあたりの中堅メーカーが吹き飛ぶくらいのインパクトになります。
そんな大変革期で、トヨタのEVはどんな新時代を切り開くのか。NewsPicks編集部には、ぜひ継続的かつ包括的な報道をお願いしたいところです。

「#教えて」シリーズの質問募集中

NewsPicksは、これからもピッカーの「もっと知りたい」にお応えしてまいります。
【#教えて編集部】【#教えてプロピッカー】でいただいたコメントには、全て目を通しておりますので、たくさんの「問い」をお寄せいただけたら幸いです。
また、問いに対する答えは1つではなく多様であるため、追加取材した記事の内容も1つの意見だということをご認識いただけましたら幸いです。