2023/4/19

【発信の達人】会社の看板に頼らない“最強の素人”になる方法

NewsPicks コミュニティチーム
深掘り!プロの学び

コメントを通じて「新しい視点」を提供するプロピッカーは、自らの持つ専門知識をどう身に付けてきたのか。

オリジナルなキャリアを築くプロピッカーたちの「学びのプロセス」をひも解きながら、ユニークな知恵を仕事人生に生かすヒントを探る。
特集第1弾では、大手車載部品メーカーで課長を務める稲葉祐樹さんが登場する。
新しい視点の提供者として、今年の4月に就任した「新プロピッカー」の一人だ。
さまざまな物事が目まぐるしく変化する時代、現場感と最先端の知識を併せ持ち、経済の未来をひらくのは、日本の“スーパー課長”なのではないか。
その代表例と言えるのが、今回の「深掘り!プロの学び」で紹介する稲葉さんだ。
課長としてDX推進などを担いながら、各分野のエキスパート(深い専門性を持つ個人)がインターネット上で顧客の事業相談に乗るサービス「NewsPicks Expert」でも豊富な知見を提供してきた。
その数と質の高さは、目立った活躍をした専門家を表彰する「EXPERT AWARD」で3年連続の受賞者となったことでも証明されている。
社内外へのナレッジ共有で高評価を受ける稲葉さんの、「学びの習慣」とはどんなものか。
INDEX
  • アメリカで自主性が覚醒
  • 理想は何を聞かれてもOKな状態
  • 外を見て内を知る
  • ChatGPTに駆逐されない能力とは

アメリカで自主性が覚醒

──車載部品メーカーに勤め、次世代製品設計担当部署の課長として技術企画をけん引するかたわら、知見共有サービス「NewsPicks Expert」にて圧倒的な成果を達成し、表彰もされています。本業も忙しいなか、社外の活動に積極的な理由とは?
私の人生のゴールが、会社の看板に寄りかからない「最強の素人」だからです。
私が定義する「最強の素人」とは、常に知的探求心を持って学び続け、その学びの経験をもとに自分を語れる人のことです。
自己紹介をする際にも、会社名より先に「何をしてきたか」「これから何をしたいか」を伝えられる人間でありたいと考えています。
そのためには、社内の仕事や人間関係に閉じるのではなく、自分から社外に飛び出し、刺激を受け続ける必要があります。
肩書で自分を語るのは簡単ですが、あえてその枠から飛び出した先には「知的探求の楽しさ」や「深い知識」を得られると信じています。
──そうした考えを持つようになったきっかけとは?
アメリカの大学で研究に取り組んだ2年間で、「自分から働きかける」重要性を身に染みて感じたことです。
日本の大学の研究室では、ある程度教授に指示された筋道通りに研究をするのが一般的です。実験設備も研究室ごとにそろえられていて、言葉の壁もありませんから、目の前の研究に集中するには最高の環境です。
しかし、アメリカでの研究員生活はそうはいきません。「自分1人では何もできない」という事実が大きな壁として立ちはだかりました。
写真:iStock / Mr Vito
とりあえず、研究室所属の学生と共に論文を読んだり、不十分な設備で実験をしたりと、自分の研究室内でできることを探したのですが、任期が始まって2カ月ほどたったころ、限界を感じ始めました。
研究員の同僚に「設備が不十分ななかでみんなどのように研究しているのか」と聞いてみたところ、「そんなものは、借りに行くんだよ」と当たり前のことのように教えてくれました。
その言葉を聞いて、一気に視界が開けました。
ここでは、足りないものは自分で取りに行く、自ら働きかけて人と共同で論文を書くなど「ギブ&テイク」をしないと生き残れない。そう気付いてからは、自分の専門性の殻を破って積極的に働きかけるようになりました。
──アメリカでの研究生活で自主性が覚醒したのですね。
大変でしたが、その分、自分で学びを切り開く楽しさを感じられました。
例えば、私は日本の大学時代から一貫して磁石の材料に関する研究をしていましたが、「視座を上げれば半導体研究にも応用できる」と気付けたのも、アメリカでの「コラボレーション研究」を経験したからこそです。
ちなみに「コラボレーション研究」とは、自分の専門外の研究室と共同研究をするなど、研究領域を自ら広げることです。
磁石の「材料」だけに着目するのではなく、磁石の性質を成り立たせる「仕組み」にまで研究領域を広げたことで、半導体と磁石に「電子」という共通要素を見いだすことができました。
安定した環境よりも、不安定な環境が知的探求心を刺激するのかもしれません。
そもそも、私が知的探求の楽しさに目覚めたのは高校時代です。
写真:iStock / seb_ra
3年間の数学の授業のうち、教科書での授業は1年間のみ。あとの2年間は、黒板に書かれた1問の問題を、1時間かけてクラス全員で解く授業でした。
そう簡単には解けない超難問を与えられるため、一番最初に解けた人は、一躍クラスの英雄です。みんなで協力し合って解いたときの達成感も、強く印象に残っています。
これもまた、与えられた環境で学ぶよりも、自由な環境の方があくなき探求心を刺激すると実感できた貴重な経験でした。
その後、先ほど言ったようにアメリカで「機会は与えられるものではなく自らつくるもの」と気付いてからは、知的探求にもより積極的に取り組むようになりました。

理想は何を聞かれてもOKな状態

──稲葉さんが実践する知的探求とは、具体的にどのようなことでしょうか?
例えば、毎日の「セルフ記事解説」です。
日本に帰国してから今日まで10年以上、「日経産業新聞を毎朝読み、自分に関係する記事には解説を書く」ことを習慣化しています。
いち技術者として、直接業務に関係する知識だけでは「これから何をしたいか」を考えるうえで不十分だと感じたからです。
──毎朝続けるのはハードだと思います。始めたきっかけは?
趣味で受けたMOT(技術経営)の講座でした。そこでお世話になった先生が、何を聞いても答えてくれる方だったんです。
自分の専門分野だけでなく、その周りに接する分野まで確かな知識を持っている。だからこそ、必要なときに必要な知識を他の人にも提供できる。「こんな人になりたい」と素直に感じました。
質問された1つの事象を解説するには、その何倍もの知識量が必要なはずです。「セルフ記事解説」のメモは誰に公開するわけでもないのですが、アウトプットすることで自然と勉強する習慣も身に付きました。
──あくまで自分の「個の力」を高めるためにアウトプットし続けてきたんですね。外部に知識を共有する取り組みを始めたのはいつごろですか?
他者に向けて発信するようになったのは、勤め先で副業が解禁された2019年ごろからです。
「NewsPicks Expert」など社外での活動に取り組むなかで、知見の共有が翻って自分の学びにもなると気付き、のめり込みました。
冒頭で説明した「EXPERT AWARD 2022」で表彰される稲葉さん(写真前列中央)
この学び合いを社内でも展開できたらと思い、「セルフ記事解説」を同じ部署のメンバーに共有することにしたんです。「今日こんな記事が出ていたよ」「私はこう思ったよ」とこれまで自分だけに閉じていた内容をオープンにする試みです。
今までの取り組みに「外部への発信」を付け加えただけですが、その効果は抜群でした。「勉強になった」と声をかけてもらったり、会話が盛り上がって新たなアイデアが生まれたり、相乗効果が生まれていきました。
──「外部に発信するのが怖い」とは思いませんでしたか?
もちろん、発信者として自分の知恵を共有するにあたって、情報の正確性は担保しなければなりません。費用が発生しているのであればなおさらのこと、間違えてうその情報を伝えることのないよう、責任を持って発信する必要があります。
ただ、その危機感こそが知識のインプットを加速させる原動力になっています。
例えば、クライアントからいただいた質問のうち、すでに知っていることが8割で、知らないことが2割あったとします。すると、その残りの2割に正確に回答するためには、新たな知識の確実なインプットが求められます。
でも、「知らないことは答えない」のではなく「自分で調べてまで回答する」方が、自分の血肉となる知識を獲得できて一石二鳥だと捉えています。
1人で続けていた「セルフ記事解説」での学びは、外部への発信によってそのスピードが何倍にもアップしました。
これからも常に学び続け、過去の経験をもって未来を語れる人間を目指していきたいです。

外を見て内を知る

──社外での学びは社内の業務に生きましたか?
もともと個人の趣味で始めた「セルフ記事解説」や知見共有ですが、結果として自部門の成果にもつながっています。
具体的には、情報収集するなかで「面白いが、まだ弊社では採用されていない材料」を見つけ、設計の部署に提案したところ、新製品への導入が検討され始めました。
写真:iStock / gorodenkoff
まったく違うもの同士が出会うことで、この世に無いものが生まれていく。その瞬間を自分が創出できるならば、こんなに幸せなことはありません。
──稲葉さんの越境する学びが、社内にも刺激を与えている。
物事を俯瞰した目で見ているからこそ違和感に気付けるのは、私の武器かもしれません。
一定以上の大企業になると、社外との関係よりも社内政治を優先する人も多く、内向的な文化が醸成されやすくなります。ずっと同じ組織の中にいると、現状に違和感を感じるためのアンテナが鈍ってしまいかねません。
写真:iStock / erhui1979
会社の人にとっては私のような内と外を行き来する技術者は、変わり者に見えると思います。ただ、変わり者だからこそ違和感に気付けるし、現状に一石を投じることもできると思っています。
──外部にネットワークを持っていること自体が、自社にとっても価値になり得る、と。
外部の人や会社とのつながりが、先に述べたような事例を生み出す場合もありますし、そもそも外を知ることは内への違和感を持つ大事なきっかけです。
また、どの会社においても「1つの目標をチームで成し遂げようとしている」のは同じ。一見遠い業界の出来事でも、私たちに必要なエッセンスを示唆してくれることもあります。
知人から聞いた話ですが、イギリスの製薬会社であるグラクソ・スミスクラインの新入社員研修では、レッドブル・レーシングのスタッフとしてタイヤ交換をするそうです。
写真:ロイター/アフロ
本業である医薬品事業とはまったく関係のない研修ですが、「チームで同じ目標を達成する」意識を学ぶために役立つからだといいます。
この話を聞いてからは、まねできる取り組みがあればすぐに社内に発信できるよう、私自身も業界問わず目を光らせています。
現在は、社内での発信ツールが発達し、誰でも簡単に発信者になれる時代です。まずは部署内での情報共有から始めるのもよし。自分からの働きかけによって道が開ける瞬間を、ぜひ皆さんにも体感してほしいです。

ChatGPTに駆逐されない能力とは

──業務外の学びをキャリアに生かすべく、稲葉さんが最近「越境」して学んでいることはありますか?
現在は、はやりの「ChatGPT」に夢中です。
写真:時事
もっとも大企業では当面の間、情報漏えいなど安全性の観点から、業務での利用は制限されるでしょう。
ただ「ChatGPT」をはじめとした技術の進展も相まって、大企業に入れば安泰という時代はもうじき終わりを迎えます。
例を挙げるとすれば、膨大なデータベースから的確な情報だけを抜き出してくれるAIツールが実用化されれば、大企業に多い「社内の情報に詳しいだけの偉い人」の暗黙知は不要になります。
今の立場に固執していたら、誰しもがAIに淘汰されかねません。人間の存在意義を今一度見つめ直すためにも、まずは「ChatGPT」を使い倒す側になろうと思っています。
──まさに「過去の経験をもって未来を語る」を体現しようとしていますね。
まずは使ってみないと「人間にしかできないこと」を見極められませんから。
最近では、論文検索に「ChatGPT」を活用できると気付きました。これまでは、解決したい現象に出会ったとき、多くの論文から参考にできるものを洗い出す作業が必要でした。
でも、「ChatGPT」から質の高い回答を得られると確認できたので、もうその必要はありません。
「〇〇を解決したいから、参考文献となる論文を5つ教えてください」と指示すれば、あっという間にそれらしき論文を提示してくれます。
──逆に、ChatGPTに駆逐されないものとは?
どんなに高度なAI技術でも取って代わることができない唯一の要素は、「人の温かみ」だと考えています。
写真:iStock / PeopleImages
身近な例でいえば、「後ろに続く人のためにエレベーターの扉を押さえる」など、人が人を思う気持ちは唯一無二です。
ロボットに条件分岐を与えれば再現することは可能ですが、そこには肝心の感情が不在ですから、人と同じ温かみを感じるのは難しいでしょう。
部内のDX推進プロジェクトにおいても、単なる効率化ではなく、「血の通ったDX」で人の温かみを残せるよう試行錯誤しています。
──DX推進や社内外への知見共有など、新たな取り組みに挑戦するうえで重要な管理職の素養は何ですか?
これからの中間管理職に求められるのは、チーム内に「共犯者」をつくる動きです。
コロナ禍でフルリモートの働き方に挑戦したときも、課のメンバーを思いっきり巻き込みました。というか、このチャレンジをするために課長にしてもらったと言っても過言ではありません。
例えば、これまでは頑張って出社する人が評価されてきた部署で、課の全員がフルリモート勤務を始めるとどうなるのか?
コロナ以降の、前代未聞の取り組みは4人のメンバーと共に始まりましたが、なんと今では倍の人数に増えました。フルリモート勤務は当たり前の景色になりつつあります。
その際、心がけていたのは部下の日報に1日も欠かさずコメントを返すなど、徹底して「サーバント・リーダー(組織のために部下に奉仕するリーダー)」になりきることです。
素早く的確なコメントをアウトプットするという点で、これまでの「セルフ記事解説」や「NewsPicks Expert」の経験が生きているのは言うまでもありません。
このように、すべての学びは相関関係にあります。
5年越しや10年越しに点と点がつながる瞬間を楽しみながら、これからも「最強の素人」を目指して経験知を蓄えていきます。