2023/2/9

【入門】CASEという大変革。自動車業界は誰と手を組むべきか

NewsPicks Brand Design / Editor
 100年に一度の大変革期と言われる自動車業界。「CASE」(Connected/Autonomous/Shared/Electric)という4つのトレンドによって、クルマの概念が変わろうとしている。
 GAFAのような巨大ITプラットフォーマーをはじめ様々な企業が自動車業界に参入する中、これからの自動車業界はどう変わっていくべきなのか。
 自動車業界の現在地と、未来像について、NTTデータで自動車業界の統括責任者を務める布井真実子氏と、モビリティデータを活用し、移動に関する様々な課題解決を行う企業、MaaS Tech Japan代表取締役 日高洋祐氏に伺う。
 テクノロジーの発展により、あらゆる業界で新たな潮流が生まれる一方、急速な変化に伴う課題も生じています。その両極にはどんな景色が広がっているのでしょうか。

 各界の有識者とNTTデータのエバンジェリストが、各種の産業の将来を見通す対談シリーズ「未来予測2sides」。

 視点の異なる二人が意見を交わし、ポジティブとネガティブ、両方の未来シナリオを描きます。
──まずは自動車業界の現状から伺いたいと思います。お二人は近年の業界動向をどのように捉えていますか。
布井 消費者の購買行動が大きく変化し、自動車業界も変革を急いでいます。
 消費者が製品に求めていることは大きく二つ。一つは「モノ」としてのプロダクトの良さ。もう一つはモノを活用することでどんな「体験(コト)」ができるかです。
 現代はSNSなどを通じて「こんな面白い体験をした」という情緒的な価値を消費者自らが発信することが当たり前になり、コト重視の購買行動に比重が置かれています。
 自動車業界に限らず、体験を共有しづらい製品や体験をイメージしにくい製品は、不利な世の中だと感じています。
日高 同感です。自動車が普及し始めた時代は「マイカー」という優れたプロダクトを所有することがステータスだった。また「マイカー」でお出かけをすることそのものが新しい体験になりえた。
 しかし、自動車で出かけることが当たり前になった今、自動車を通じて新たな体験をどう生みだせるのか、各社が模索しています。
布井 日本の製造業は、技術力や生産力のレベルが高いがゆえに、良いものを作ればお客様は自然とついてくるというマインドがまだまだ強いと感じます。
 技術は昔も今も重要なポイントですが、良いプロダクトが良い顧客体験につながるのではなく、良い顧客体験を作るために技術を使うという視点の転換は今後の発展におけるポイントになると思います。
──「CASE」という自動車業界の変革を表す言葉をよく見ますが、それも単なる技術革新ではないということでしょうか。
日高 おっしゃる通りです。たとえば「Shared&Service」の分野。カーシェアリングや自動車のサブスクリプションサービスによって、高額な初期投資を前提としない自動車の利用が普及しつつある。これは過去にはない顧客体験の進化でしょう。
布井 利用開始までのプロセスも変わってきています。クルマを選んだり契約の手続きをしたりする時、従来はディーラーに出向かないと試乗や手続きはできませんでした。
 しかし、現在はWEBで精巧な3Dモデルをチェックしたり、オンライン商談で手続きを進めたりするケースが増えました。今後バーチャルなディーラーサービスが広がっていくと考えられます。
日高 利用というフェーズでは、クルマのIoT化である「Connected」が重要です。既に走行中のクルマから様々なデータを収集できるようになってきています。
 このデータを活用することで、バスやタクシー、カーシェア、シェアサイクルなどの交通手段を適切に組み合わせてマイカーがなくても快適に移動できる、いわゆるMaaS(Mobility as a Service)が広がっています。
 スマホのアプリから出発地と目的地を入力すると、公共交通機関やタクシーなど、あらゆる移動手段を組み合わせた最適解がユーザーに提示される。
 予約も同じアプリから実施でき、支払いは定額のサブスクリプションサービスで行う。こうしたサービスは、フィンランドなどで既に提供されています。
 公共交通機関へのアクセスが悪いから「仕方なく」マイカーを所有している人たちにとって、新しい選択肢になりえます。
布井 複数の交通機関を快適に乗り継ぐには、過去の状況から交通状態を予測し、リアルタイムに走行状況を把握する技術が欠かせません。
 この技術が発展すると交通状態を予測するだけではなく、渋滞低減のように交通をコントロールするという発想も出てきます。
 将来的には、商業施設や観光地など目的地でのサービスにも役立てられると思います。
──確かに顧客体験が変わりますね。自動運転が実現すると、もっと変化しそうですが、どの程度進んでいるでしょうか。
日高 人がまったく介入しない完全自動運転の実現には、まだまだ技術的な課題があります。道路にはクルマだけではなく歩行者がランダムに歩き、混み入った信号もあります。これらの変数を完全に把握し、走行を制御するのが難しいためです。
 しかし、シャトルバスのように、限られたルートを往復し、走行する時間帯も決まっているようなモビリティの自動運転は近々、実現可能です。
ベルリンの地元公共交通機関の自動運転ミニバスの実証実験(2021)
 渋滞制御もしやすくなり、社会全体に貢献できます。
布井 自動運転は機能が高度になるだけに、自動車1台あたりのコストが高くなりやすい。個人で所有するのではなく、街や社会全体で移動を支えるといった考え方は重要ですよね。
 完全自動運転は、自動駐車や工場内輸送などエリアが限定されて制御が利きやすいものから広がっていくと考えられます。物流業界や製造業界など、業界改革に活用したい企業も増えていくのではないでしょうか。
──CASEの中でも、EVシフトは進んでいる印象があります。EVはどのような顧客体験を生みだすのでしょうか?
布井 普及のスピードは今後次第ではあるものの、シフトという流れ自体は不可逆的であると考えます。実は「E(Electric)」は他の「C(Connected)」や「A(Autonomous)」や「S (Shared&Service)」を発展させる鍵を握っている変革です。
 クルマを電動化すると、プロダクトとしての構造がシンプルになりソフトウェアでのコントロールがしやすくなります。
 ソフトウェアを充実化させたり頻繁にアップデートしたりすることで、より高度な自動運転、より充実したデータのやりとり、そして移動する以外のサービスの提供もしやすくなります。
日高 毎年ラスベガスで開催されている、自動車などの最新テクノロジーの見本市「CES」では、乗用車にとどまらない大型建設機械から船、一人乗りモビリティまで様々な電動車が出てきています。
布井 そうですね。2023年の「CES」ではGoogleやAWSなどのIT企業が、自社サービスを基軸に顧客体験を意識したEV展示をしており、様々な業態が電動化の発展に向けて力を入れていると感じました。
 CASEの4要素を個別にではなく、それぞれを結び付けながら発展させていくことで、より新たな体験が生まれ新たな社会が作られていく。そのつながりを意識することが大切だと感じています。
──他の交通事業者との連携や移動を超えたサービスなど、自動車業界だけでは実現できないことも多く、ハードルが高い印象があります。どのように進めようとしているのでしょうか?
布井 これまでの自動車業界は、自社の課題を自前で解決することを念頭においていました。しかし、CASEは範囲が非常に広く、これまでのコア技術とは違う領域も多いため、全てを自前で解決するのは困難です。
 現在は弊社のようなIT企業だけでなく、小売や観光や不動産など含め、業界の垣根を越えて改革に取り組もうという流れが強まっています。
日高 自動車業界は秘密主義な印象がありましたが、オープンなスタンスに変わってきていますよね。
布井 そうですね。パートナーになる条件として、オープンな連携ができる企業を希望されることが増えたという実感があります。
 弊社はハードウェア、ソフトウェア、サービス問わず特定のベンダーやサービスに依存しない、中立的な関係構築を信条としているので、連携においては特に力を発揮できると考えています。
 顧客の課題に対し、あらゆる手段で解決策を模索できるという理由から、共創を持ちかけられることも多々ありますね。
──NTTデータはどのような異業種連携を行っているのでしょう?
布井 一例ですが、2022年に複数の電力会社と株式会社GDBLを設立しました。
 GDBLでは送配電事業者が設置するスマートメーターで計測した電力使用量を活用。多様なデータをかけあわせて分析することで、新たなサービスを創出し、様々な社会課題を解決することを目指しています。
 GDBLは共創を前提とし、各業界にこれまでにない価値をもたらすことに挑戦しています。
 たとえば物流業界の課題である、不在配達率の減少。小売業においては、商品仕入れ数の精緻化。自動車業界においてはEVのスマート充電など、1社単独や同業界内の連携では生みだしづらいサービスを、お互いの強みを持ちよることで実現しようとしています。
日高 エネルギーのデータは交通にとっても重要ですね。
 GDBLのように自社の所持するデータをオープンにして、お互いの強みを活かす。共創関係を築きながら、たくさんのステークホルダーを巻き込んでいければ、ダイナミックな転換にもつながっていきます。
 弊社がNTTデータさんと連携させていただいた例でいうと、大丸有地区(大手町・丸の内・有楽町地区)で行ったスマートシティの実証実験があります。このプロジェクトもオープンな連携でした。
 地下鉄、電動キックボード、実証実験が行われた自動運転バスなど様々な交通データを提供し、他社のデータと合わせて、御社に集約していただきました。
──どのようなプロジェクトだったのでしょうか?
布井  大丸有まちづくり協議会と協業し、エリア内のモビリティの活用やユーザーの行動変容効果の分析を実施しました。
 本事業の目的の一つは、都市に関連する様々なデータを弊社の「SocietyOS」というプラットフォームに集約・一元管理し、オープン化するというものです。
 現在、不動産デベロッパー、自治体、公共交通事業者、地図会社、自動車業界など様々な業態が連携して、モビリティアプリの制作など幅広い利活用を進めているところです。
出典:大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ ビジョン・実行計画(協力:三菱地所設計)
 こうした都市のOSのようなものが出来上がれば、まさに街中でモビリティサービスが利用される未来に近付くと考えています。
日高 データは、データを基にした行動、つまりアクチュエーションが伴うことで効果を発揮します。たとえば、出かける時に、道中から目的地、駐車場の中まで、渋滞情報がきめ細く分かれば、出発時間や道順や止める場所を変えられる。
 アクチュエーションがあると、データが更新され改善されていきます。このような変化に至るためには、自動車の走行データだけではなく、信号機、天気やエネルギーの利用状況など、多様なデータの収集が大前提となります。
布井 オープンな連携で多様なデータが揃いはじめ、それらを活用して異業種間で新たなサービスを創出しようという流れが生まれている。モビリティサービスの発展にとって、ポジティブな土壌が整ってきていますよね。
──異業種連携やデータ活用が進んできていることは理解できましたが、普段の生活で、サービスを享受している実感がまだわきません。どうすればより進展するのでしょうか?
日高 日本以外の外の状況に、自動車業界はもっと目を向けるべきです。欧米は、いまや運転事故ゼロや脱炭素だけではなく、所得格差が開いた時の公平性担保まで含め、移動について真剣に議論し技術開発を進めています。
 また、ドバイやサウジアラビアのスマートシティはビジョンが明確で、技術革新が進み、投資もうまく回っています。
布井 外の状況を知ったうえで、日本のユーザーにどのような顧客体験を届けることができるのか、もっと突き詰める必要がありますよね。
日高 まさにそうですね。新しい移動体験を求めているユーザーは多くいます。たとえば、過疎が進む地域は子どもの送迎に問題を感じています。
 ある地域では学校の生徒数が少なく1つの学校だけでは野球部が成立しない。そのため複数の学校で合同練習をするそうです。そうなると、毎日放課後に自転車で行けないほど遠い練習場に行く必要がある。
 平日昼に家族が送迎する必要があるので、共働き家庭のお子さんは部活を諦めざるを得ない。
 こうした課題も都市OS上のデータを分析し、モビリティを最適化すれば解決可能です。
布井 過疎地域の交通問題は、人口が少なく収益化が難しいため、簡単には対処が打てないのが困りどころです。地方で鉄道やバスが廃線になるのは採算がとれないからですよね。
 補助金などの支援はあくまでも補助であり、ビジネスとして成り立たないと継続は難しい。そこをマネタイズできるように変える鍵の一つが、日高さんがおっしゃるようにITでありオープンなデータの活用だと考えます。
 たとえば、都市OSを多角的に分析することで、近しい課題のある別の地域に応用できる可能性が出てきます。地域を横断し、新しいモビリティサービスの利用者を獲得できれば、従来とは異なる採算のとり方が考案できるかもしれません。
──新しい顧客体験を生む土壌や技術はあるが、収益化が一筋縄ではいかないんですね。どれだけ高い壁なのでしょうか?
日高 もともと自動車業界や交通業界のビジネスは、企画から製造、利益を出すまでのサイクルが長いという難しさがあります。
 国や自治体からの補助金も出ていますが、補助金が尽きると頓挫し、実証実験止まりになってしまうケースも多い。
 サービスにならなければユーザーに還元されないため、補助金が出ている期間内に活動を継続できるような工夫が必要です。
布井 確かに一時期、サービスには発展せず実証実験にかかる費用や工数だけがかさむ事例が増え、弊社内で「PoC(実証実験)貧乏」という言葉が流行した時期がありました。
 実証実験と並行して民間企業がサービスを練り上げ、ビジネスとして継続投資をしながらマネタイズにつなげる流れを作るのが理想的です。
──どのようにすれば継続投資につながるのでしょうか?
布井 長期の取り組みができる体力をもつためには一社ではなく連携でのビジネスを目指すことが有効です。先ほども触れたように異業種連携の取り組みは確実に増えています。
 一方で、どこか一社が手を引いてしまうと頓挫するため、維持することが難しい。
 連携により各社が得たいベネフィットは少しずつ異なります。異なるから連携する意義があるのですが、共通のよりどころがないと崩れやすくなります。
 個別の利益に加え、社会課題の解決と顧客視点のサービスを両立できる「将来価値」をしっかり示すこと。それが結果的にビジネス価値を高め、継続投資を生むと考えます。
日高 もう一点、プロジェクト間の知の共有も大切だと考えます。現在数多のPoCが行われていますが、情報がオープン化されていないがゆえに、過去に行ったものを後追いして無駄になるケースが散見されます。
 企業活動としての秘匿必要性も理解しますが、長い目で見ると、情報をオープン化し、同じ轍は踏まないほうが、業界の躍進にはつながると思います。
 ここはメディアの皆様の取り組みも大きいところなので、今回の対談をはじめ、今後も情報発信が続けられると良いと思います。
布井 確かに、プロジェクトに閉じず業界全体で知見を蓄積していくという考え方は、中長期の発展においてとても重要な考え方ですね。
──ビジョンや情報までオープン化する。徹底した連携が進んでこそ、日本の自動車業界にポジティブな未来が訪れるんですね。
布井 自動車業界は世界に誇る日本の基幹産業です。新たなサービス、新たな顧客体験を作るケイパビリティはもちろんあります。
 視点をモノからコトへシフトしたり、これまでなかった連携をしたり、力のかけかたを少し変えたりするだけで、ポジティブな未来を引き寄せられると信じています。
 NTTデータもIT技術と幅広い連携力を活かして、貢献していく決意です。
日高 弊社「MaaS Tech Japan」は地域交通の課題解決に、使命感をもって取り組んでいますし、この課題は必ず解決しなくてはなりません。地域交通の課題解決というビジョンを様々な方と共有しながら、ポジティブな未来を実現していくつもりです。