2022/11/1

【最前線】500ケースから導き出した「異能のチーム」の価値創造とは

NewsPicks NewsPicks Brand Design 編集長 / NewsPicksパブリッシング 編集者
「天才不要。要、異能のチーム。
 “異能の掛け算”こそが、新規事業に必要な科学である」
 新規事業一筋15年の井上一鷹氏が、500ケース以上で研究した成功の再現性を限りなく上げる方法『異能の掛け算──新規事業のサイエンス』(NewsPicksパブリッシング)を著した。
 その「チーム論」と「方法論」を戦略的に融合した一冊から、チーム論のエッセンスを選り抜いてお届けする。

コレクティブ・ジーニアスなチームの重要性

 不確実性を下げる素地として必要な「異能チーム」について包括的にお伝えしていきます。
「新しくて正解がないうえ構成要素が多岐にわたり、かつ複雑に絡み合っている」ことが前提の新規事業に向き合うためには、1人の思考だけで向き合うことは、大変困難な環境、時代になってきています。
 大昔の新規事業であれば、エジソンのような1人の天才の発明で完結したかもしれません。しかしいまは昔と違い、あらゆるサービスや情報があふれた世界になりました。
 事業インパクトがある新しいサービスやプロダクトを創ろうとすれば、ビジネスの知識による大胆な事業計画、もしくは多岐にわたる技術領域やクリエイティブの力による体験の差別化が必要となります。
 つまりBiz(ビジネス)・Tech(テック)・Creative(クリエイティブ)、BTCの3種類の人材が必要最小限の異能なのです。
 Biz人材・Tech人材・Creative人材と聞くと、きっとみなさんがイメージするのは、コンサル、ソフトウェアエンジニア、WEBデザイナーではないでしょうか。
 けれど、図表1のようにBTCはもう少し根源的な意味で、事業価値を司っています。
 例えば、素朴な業態として、レモネード屋を考えてみます。これを、BTCの役割でいうと、このような形になります。
Biz人材:レモネードの値つけや、仕入れ値の交渉、機材の投資の経理を切り盛りする
Tech人材:高い技術でレモンを目利きし、レモネードを調理する
Creative人材:接客から看板、店内の内装まで、顧客の体験を設計する
 事業や産業によって、BTCの付加価値のバランスは異なりますが、ざっくりとこのようにわけられます。
 工業製品や化学品などの川上のBtoB産業でも、サービス/プロダクトに接点を持つ人が介在するものは、BTCの役割が必要不可欠です。
 例えば部品メーカーなどではCの活躍が必要ないと思われるかもしれません。しかし、次の工程の会社に対して、新商品である部品を現行のラインにスムーズに導入し、安定的に取り扱うための設計や説明書などを提供するときは、Cによる顧客体験の設計が価値を発揮するのです。
 つまり「新しい価値を創り顧客に有用な形で持続的に届ける」ためには、「新しい価値を“創り”(T)、“顧客に有用”(C)な形で、“持続的”(B)に届ける」必要があります。
 ただ、現代において、ちょっと手ごろで質のいい商品がナイスに提供できたからと言って、企業が成長できるほどのビジネスになるのはイメージしづらいですよね。
 新たな価値創造の主戦場であるデジタル領域においては、サービスローンチはスタートラインでしかなく、その後サービス/プロダクトを、日々継続的に改善し、磨き込み続けることが、サービスの成長を決めると言っても過言ではありません。その新しい企画から運用までのすべてを1人で認識し判断していくことは不可能なのです。
 一方、裏を返せば圧倒的な天才でなくても、価値創造の一員になれる時代なのです。
 少し前に、コレクティブ・ジーニアス(Collective Genius)という言葉が『ハーバード流 逆転のリーダーシップ』という本などで取り上げられています。
 ピクサーやGoogleなどの飛躍的な成果を出し続ける組織で、「1人の天才の顔が見えにくいのに、価値創造を繰り返し成功させているチーム」が、複数人によって創造的な摩擦力/機動力/決断力が発揮されるとあたかも1つの天才性を持つ個人のように機能することを、コレクティブ・ジーニアスと呼んでいます。
 これは新規事業において目指すべき、異能の掛け算の1つの例です。ただ、新規事業において、もっと確実に効果的に異能のチームを機能させる必要があります。
 いまは属人化しがちな思考や知識ですが、デジタルツールの発達によって「複数人の思考を共有しながらの考察」がしやすくなってきている、というコミュニケーションインフラの進化も大きな要因でしょう。
 1人の思考の中では、「いま仕入れた情報と記憶をもとに、直観/論理を駆使して考える」ということがなされています。
 しかし、最新ツールを駆使できれば「複数人の記憶をマッピングしつつ、必要なプラス情報を誰かがググって持ち寄り、それを同時に見える形で共有しながら、全員の直観/論理を駆使して考える」ことが可能になってきています。
 実際、この本を書くうえでも、Zoom(テレカンツール)上で、Miro(ホワイトボードツール)を使い、毎日のように議論し続けたことで、本の制作チームの異能たちの脳のシナプスをほぼ直接つなぐような感覚で議論を深めることが、できたと感じています。
 新規事業の成功は、チームが「共通認識と相互理解」を持ったうえで、各自の得意分野の能力が発揮されている、つまり「異能の掛け算」が起こっているときである、と明言したいと思います。
 いかに有能なメンバーであろうとも、衝突して引き算する状態、がんばっても足し算にしかならない、相乗効果がない状態では、創り出せる価値は雲泥の差なのです。
 この章では、多くの新規事業をこなしてきているBTCそれぞれへのインタビューを通じて、これらの共通認識や相互理解を持つために必要なことを語っていきます。

異能人材の「すれ違いあるある」

 異能のキャラクターや性質は後述しますが、もう少しBTCの定義を明確にしておきます。
■Biz人材:事業起点で、価値を最大化する持続可能な仕組みをつくる能力者
Biz人材がいなければ、最高のサービスで新しい価値をが創れても、市場にインパクトをもたらす仕組みが作れず、一部のニッチなユーザーに届く、もしくはサービスがいずれ終了しかねません。
事業成立後は、COO(Chief Operating Officer)として責任を持ちます。
■Tech人材:技術起点で、理想的な価値へのアイデアを実現する能力者
Tech人材がサービスデザインの企画時点からいなければ、プロトタイピングしながら顧客への価値を理想的な姿に模索できず、サービスを磨きあげることができません。
事業成立後は、CTO(Chief Technology Officer)として責任を持ちます。
■Creative人材:顧客起点で、理想的な体験価値を見出す能力者
Creactive人材がいなければ、理想的な体験価値を模索できず、場当たり的な価値しか提供できず、顧客に受け入れられない、もしくは瞬間的な価値しか発揮しないサービスになってしまいます。
事業成立後は、CXO(Chief Experience Officer)もしくはCCO(Chief Creative Officer)として責任を持ちます。
 この3人がサービス/プロダクト成功のために必須な各要素に特化したプロとして、お互いの領域を深く掘りつつ、異能同士の能力を掛け合わせ最高の価値創造に向き合うことが必要不可欠なのです。
 大企業の中の新規事業においても、スタートアップの事業開発においても、必ずこのBTCのスキルが必要不可欠です。BTCそれぞれに特化した方法論や新しいフレームワーク/メソッドについては、毎月のように本にもなっていると思います。
 しかし、そのことよりも重要なのに、あまり目を向けられてこなかったことが「BTCの異能たちがどう互いを活かしあい、シナジーを生むのか」という観点だと考え、この本の考察は始まりました。
 それが新規事業におけるリベラルアーツ、つまり教養です。人間を束縛から解放するための知識や、生きる力を身につけるための手法と言い換えてもいいでしょう。
 具体的には次のような観点が必要です。
  ・物事にはいろいろな見方があるのだという感覚
  ・偏ったバイアスに制限されない、多様な価値観を選択できるスキル
  ・決められた正解を探すのではなく、新しい答えを創るというスタンス
 新しいサービス/プロダクトで成功した人であればあるほど、これらを熱く語ります。それくらい相互理解は難しく、また重要性が高いのです。
 しかし、異能同士のコラボはいざ始めると、すれ違いがたくさん起こります。
 例えば、このような具合です。
 それぞれの立場に立つと、このような意見の食い違いが生じます。
 互いに立場を変えれば、誰も不真面目だったり非建設的な人はいないのです。しかし、互いに別の方向に向かって衝突したり、すれ違ってしまう。こんな悲しいことはないですよね。
 1+1+1は多くの場合3には至らず、せっかくの優秀な人たちが集まっても何にもならなかったりするんです。
 新規事業の価値の探索は、このようなたとえ話にも近いものです。
「群盲象を評す」。これはインドを発祥とする寓話の1つです。
 ある国の王様が盲人に象を触らせて、象とはなんだと尋ねます。すると、それぞれがそれぞれの答えを言い出しました。
 足を触った盲人は「柱のよう」/尾を触った盲人は「綱のよう」/鼻を触った盲人は「蛇のよう」/耳を触った盲人は「扇のよう」/腹を触った盲人は「壁のよう」/牙を触った盲人は「槍のよう」と答えました。
 つまり、全員が正しいことを言っていても、それぞれの人の立ち位置や思考性、表現方法が違うことを知らないと、チームで同じゴールに向かって動くことは難しいのです。
 新規事業で見いだすべき象(新しい価値)は、移動していて、形すら変わり続ける可能性があります。
 だからこそ異能同士で価値の探索に向き合う必要があるのです。

理想のチームの必須条件

 まずチーム作りの根本部分であるチームのメンバーの構成を考えていきます。
 大切な視点が2つあります。それが、スキルとビジョンです。
  スキル:BTCの専門領域を中心とした事業を創るための能力
  ビジョン:事業コンセプトの「課題への共感」「価値への渇望」。自身の目標と事業の紐づき
 実はスキルの問題も重要ですが、人が集まって遮二無二にがんばらざるを得ない世界ですので、ビジョンがスキルと同じかそれ以上に重要なのです。
 結論からお話しすると、新規事業を創るチームは図表2のように、「スキルは異なる人の集まりだが、ビジョンは同じであるチーム」であることが、最も大事だと私自身はキャリアを通じて痛感してきました。
 ビジョンと言っても、特に大げさなものでなくて大丈夫です。先ほどの事業コンセプトの「課題への共感」「価値への渇望」であったり、興味関心をチームで共有して、議論を交わしながら互いに刺激しあっている状態もビジョンと言えます。ビジネスにおいて、ウィルと呼ばれたりするものとも近いと思います。
 ビジョンが異なるメンバーがいると、活動が逆回転し始めます。
 私もコンサルであったり、事業会社に勤め主体者として事業開発をやってきて、事業創りは人でありチームのあり方だとつくづく感じる場面がたくさんありました。
 不確実なこと、わからないことが頻発する世界で、ビジョン、つまり実現したい未来に共感のない人が1人でもいることがどれだけ考察を妨げるか、似たスキルの人だけで集まっていると視野狭窄になり、スピードも落ち、事業開発力が弱くなるのを、たびたび実感してきました。
 多くの新規事業においては、図表2に表した落とし穴にハマることが多いのです。
 最も多く見かけるのが、落とし穴①の気の合う、同じスキルを持った人を集めてしまうケースです。盤石な既存事業から顔見知りを誘うことも多く、互いの仕事を評価しやすく、同じビジョンを持ちやすいけれど、同質スキルの人を集めてしまう。
 大企業の既存事業では、同質スキルの人が集まって行ったほうが効率がいいボリュームの仕事が発生しているため、いざ新しいことを始めようとしたときに、頼りになると思ってしまうのは、同スキルの人なのです。
 当然、新規事業の初期に同スキルの人間が取り組むべき仕事は量が多くはなく、その参加メンバーのために無理やり仕事を作ってしまうものです。最速で最小価値を創らないといけないチームにとっては弊害そのものです。
 次に、落とし穴②のビジョンが異なるケースについて。「同床異夢」と呼ばれる問題です。
 事業コンセプトが固まっていない状況の0→1のフェーズでは、社内メンバーで求めるスキルがマッチする人を探して、無理やり参加してもらう流れが多くあります。
 ビジョンが異なるメンバーで新規事業をやると、変化が多すぎて、気持ちがついてこれない人が出てきます。
 これは一定、仕方がない部分もあります。多くの企業内起業では、盤石な既存事業があり、その既存事業の世界観や安定性に魅力を感じて元々その企業に参加しているメンバーだからです。
 しかし、物事が進みにくくなる際には、途中からやらない理由を見つけ始める人が出てきて、船を逆にこぎ始める人が出ることが往々にしてあります。
 メンバーの人生設計や成し遂げたいことと新規事業の時間軸やビジョンが合致していないことが問題なのです。こうしたとき人は、自己肯定感や自己効力感を失い、できない理由の説明や、力を抜く理由の説明に時間を使うようになってしまうものです。
 そうなると、そもそも新規事業をやることの大義名分すらひっくり返ってしまったりします。これが理由での新規事業が悲しさだけを残して解散することも多々見てきました。
落とし穴③については、多くを語るまでもないでしょう。
 これらの「新規事業の失敗あるある」をクリアするには、「スキルは異なるが、ビジョンは同じチーム」が最も大事な条件になってきます。
  ・相談しやすい同じスキルの社内メンバーを誘わないこと
  ・創りたい事業の方向性に共感を持たない人を誘わないこと
 この条件を満たさなければ、いかに有能であっても、結果としてやらない理由を探し始めるため、逆効果となることに注意をしましょう。
 BTCの3種類の異能は0→1、1→10を創る際には、確実に1人ずつ入っているべきなのですが、その理由は、それぞれがいないことで起きるネガティブな点を見るとはっきりします。
 Biz人材がいないチームだと「顧客はほしがるものになったが、続かない、儲からない、規模が大きくならない」パターンに陥りやすい。
 Tech人材がいないチームだと「創ってしまったほうが早いことなのに、無駄に考察を続けてしまう」「技術的に不可能な仮説に時間を掛けてしまう」パターンに陥りやすい。
 Creative人材がいないチームだと「理屈上収益性が高い事業になりそうに見えるが、具体的に使うイメージやシーンが浮かばず、顧客が手に取らないサービスになる」パターンに陥りやすい。
 このような理由から、最速で最小価値を創るには、BTCが全員マストで必要なのです。
 リクルートが難しいときもあると思いますが、社内からだけでなく、契約でも業務委託でも異能を補完することが求められます。
 もしチームにBTCのいずれかが欠ける場合は、メンターを探して、足しげく相談に通う必要があるでしょう。
 例えば私の場合は、ハードウェアの新規事業をやっていたので、企画してから世の中に届くまでに3年以上かかりました。既存事業とは評価されるタイミングが全然違ってくるため、徐々に苦労が報われないと感じて空回りし、脱落する人が出てしまいました。
 私自身は戦略コンサル出身のBiz人材です。「スキルは異質な人の集まりだが、ビジョンは同質であるチーム」ではないことで生じた苦労があったため、2つ目の新規事業では、社内か社外かは選定条件から除外して「サービスコンセプトに熱い想いを持つ人」×「TとCの能力に秀でた人」を社外からも募りました。
 その結果、コロナの影響などもあり大きくサービスをピボットする際にも船を逆にこぐ人はおらず、内部調整のような内向きなエネルギーの使い方をせず、スピード感を持って事業開発をすることができました。

「ダイバシティっぽさ」では意味がない

 スキルが異質であることは、最近よく耳にするダイバシティ(多様性)に関連性が強い内容です。
 既に取り組んでいるよ、と言いたくなる人も多いかと思いますが、「人種や性別など目に見える形の多様な人材を採用する」ことで達成感を感じていたりしないでしょうか。
 実はここには誤解しやすい点があるため、簡単に説明します。
 ダイバシティがイノベーションに寄与するメカニズムは単純で、アイデアの生まれ方にあります。
 100年以上前の時点で、イノベーションの源流となった経済学者シュンペーターは、「イノベーションとは既存知と既存知の新結合である」と表現しています。「まったくの0から新しいアイデアが生まれることはなく、アイデアというものは、何かの知識・知恵と他の知識・知恵が掛け算されたときに生まれるから」であり、そのためには違う性質の多様性を持った集団が、違う知識・知恵をぶつけ合える環境が必要なのです。
 そして、掛け算する複数の知識・知恵が大きく異質なほうが、新しい発想になる可能性が高くなります。なぜならば、世界中/歴史上の人々がいろいろ考えてきた中で、新しいことを構想・創造するには、これまで普通に行われていた掛け算だと、既に考えられたことしか思いつかない可能性が高いからなのです。
 もちろん組織文化の観点でも、人種・性別の多様性は大事ですし、ぜひ取り組んで実現してほしいですが、イノベーションのための多様性には「新しいことを生み出すスキル」そのものの多様性が必要なのです。