2022/3/1

【愛知】行列絶えない店、素人だからできた

ライター
名古屋発、行列の絶えないフルーツ大福店として人気を呼んでいる「覚王山フルーツ大福 弁才天」。フルーツの美しい断面を全面に押し出した、インスタ映えする和菓子の製造販売会社として、急成長を遂げています。
商品開発を手がけた弁才天オーナーの大野淳平さんはもともとマーケティングのプロで、和菓子の世界では素人でした。なぜ弁才天のフルーツ大福は短期間にこれほど成功を収めたのか、そのビジネス戦略を4回連載で探ります。
この記事はNewsPicksとNTTドコモが共同で運営するメディア「NewsPicks +d」編集部によるオリジナル記事です。NewsPicks +dは、NTTドコモが提供している無料の「ビジネスdアカウント」を持つ方が使えるサービスです(詳しくはこちら)。
INDEX
  • “萌え断”で一躍人気に
  • インフルエンサー効果でオープン初日から行列
  • 食べるだけではない、さまざまな体験を提供
  • 素材も追求、老若男女に支持される商品設計
  • ヒントは、学生時代に食べたいちご大福
  • 和菓子を知らないからできた。“素人最強説”
大野淳平(おおの・じゅんぺい) /弁才天代表取締役社長
1988年、愛知県名古屋市生まれ。明治大学卒業後、地元・名古屋で就職。東証1部上場の広告代理店勤務などを歴て、27歳でコンサルティング会社を設立。サービス・小売を中心にさまざまな企業のコンサルティングを行うかたわら、古着屋など複数の事業を展開。2019年株式会社弁才天を創業。フルーツ大福の「#萌え断」がSNSで話題となる。2020年日経トレンディ地方発ヒット大賞受賞。暖簾分け制度を通じて全国70店舗以上を展開。

“萌え断”で一躍人気に

“萌え断”という言葉をご存じでしょうか。切ったときの断面がカラフルで美しく、写真映えをする食べ物に“萌える”という意味です。SNSへの写真投稿の際に“#萌え断”というハッシュタグをつけて投稿するのが流行しています。
フルーツサンドイッチやスイーツなどと並んで、萌え断で一躍有名になったのが「覚王山フルーツ大福 弁才天」です。2019年10月、名古屋市の高級住宅街・覚王山の一角にオープンした10坪ほどの小さな和菓子店。オープン初日からフルーツ大福を求める人が行列をつくり、その勢いは全国に広がっています。
旬のフルーツの美しい断面が“萌え断”として大人気に=提供・弁才天
人気の秘密は、その断面の美しさです。
「弁才天のフルーツ大福は、旬のフルーツをまるごと包んでいるのが特徴です。みかんやキウイなどがそのまま丸ごと包まれていて、まるでフルーツそのものを食べているようなみずみずしい味わいです。断面が美しくカットできるように専用の餅切り糸を用意し、鮮やかでカラフルな見た目に、ワクワクとした楽しさを感じてもらえます」

インフルエンサー効果でオープン初日から行列

そう語るのは、弁才天代表取締役社長で、自らフルーツ大福のアイデアを考え出した大野淳平さんです。オープン初日から行列ができたのは、マーケティングのプロである大野さんの戦略がありました。
覚王山本店はオープン初日から行列ができた=弁才天のウェブサイトから
「(覚王山本店は)プレオープンのレセプションに地元のインフルエンサーを招き、彼らがSNSに“萌え断”の写真を次々とアップしてくれました。その写真を見た人たちが、オープン日から大勢来店してくれたのです」
大野さんと母親、弟ら4、5人で2019年10月に始めた店は初日からフル回転。当初は1日100個販売を目標としていましたが、午前中で1日分が売り切れる人気となりました。
「オープンからしばらくは、毎日、深夜3時まで大福をつくっては、翌日朝から販売するという日々で、年が明けてすぐに新型コロナウイルスが日本に上陸していることを、あまり実感する暇がありませんでした」
2020年8月には、東京・銀座にも進出。その後、大阪、福岡など全国に直営店を広げ、さらに「暖簾分け」というフランチャイズも展開。2021年12月15日現在で直営店、暖簾分け店合わせて70店以上を出店するほか、弁才天グループ全体では年商32億円の売上高になっています。
立ち上げたばかりの会社がここまで急成長した理由は、「自分が本当にほしいものを提供する」という、大野さんのこだわりを追求したさまざまな戦略にあるといいます。

食べるだけではない、さまざまな体験を提供

長年、広告やマーケティングのコンサルタントをしてきた大野さんは、フルーツ大福の開発当初から、“萌え断”でバズることを狙っていたと言います。
「フルーツ大福を切って、その断面をSNSにアップするまでを楽しんでもらう想定で商品を開発しました。そのために中のフルーツはできるだけ大きく、断面を切りやすいように求肥も薄く手包み。専用の糸を使うことで、美しい断面に切ることができます」
専用の餅切り糸を使うことで、簡単に美しい断面が現れる
「ポイントは、買う、切る、断面を楽しんでSNSにアップする、味わうという、いくつもの体験がつまっていることです」
糸を使って切るので、外出先や車の中など場所を選ばず簡単に切って食べられ、また複数の人でいろいろな種類のフルーツ大福を味見しやすくなると、大野さんは言います。
「弁才天のフルーツ大福では、ふたつの“シェア”ができます。SNSに写真をアップするシェア、そして家族や友人と分け合うシェア。このシェアする体験が、非常に重要な要素になっています」

素材も追求、老若男女に支持される商品設計

フルーツ大福の強みは“萌え断”だけではありません。「もともと和菓子が苦手だった」という大野さんがおいしいと思える大福を追求。味の決め手となるフルーツは旬の新鮮な素材にこだわり、常時12〜13種類を用意。フルーツを包む白あんと求肥も素材にこだわって、最小限の甘さに抑えました。
「口にしたときに、いい意味でイメージを裏切るような初めての味わいを体験できます。和菓子のこってりした甘みはなく、甘いものが苦手な人でもおいしく食べられます。和菓子は苦手でも、フルーツはみなさん好きですよね。そういう点でも、老若男女、誰にとってもおいしい味になっています」
定番以外に季節限定のフルーツなど、常時12種類のフルーツ大福が並ぶ
フルーツ大福のアイデアは、大野さん自身が誰もが喜んでくれるような手土産になるお菓子がほしいと感じていたことがきっかけでした。
「30歳を過ぎて、もっと大人が喜ぶような、それでいてオリジナリティにあふれた手土産を持っていきたいと思うようになったんです。これだと思うものが世の中にないのなら、自分でそういう商品ををつくってみようか、と」

ヒントは、学生時代に食べたいちご大福

洋菓子、和菓子とある中で、フルーツ大福を思いついたのは、学生時代に四国にある友人の実家でいちご大福を食べたときの感動が頭の中に残っていたからでした。名古屋出身の大野さんにとって、いちご大福といえば、甘い小豆あんでいちごを包んだものというイメージでしたが、
「そのとき食べたいちご大福は、薄い求肥で包んだ白あんに大きないちごが入っていました。和菓子特有の甘みが少なく、いちごを味わう感覚で、和菓子が嫌いな僕でもとてもおいしくて、強烈に印象に残っていたんです」
学生のときに食べたいちご大福、大人も喜ぶ手土産、フルーツを包んだ大福…。ぼんやりとしたアイデアの輪郭が、ふと立ち寄った覚王山で「貸店舗」の張り紙を見た瞬間にひとつの形にまとまります。
覚王山で理想的な貸店舗の物件を偶然見つけたことが、フルーツ大福のはじまりだった

和菓子を知らないからできた。“素人最強説”

「たまたま芋けんぴを買いに行ったときに、その隣の古びたビルの1階の貸店舗が空いていたんです。自分がやりたい店を出すなら、この場所がぴったりだとひらめいて、すぐにそこで店を出すことを決めました」
ところが、いざフルーツ大福を商品化しようとしたときに、大福をつくってくれる和菓子職人がうまく見つかりませんでした。
そこで職人が雇えないなら、自分で理想のフルーツ大福をつくろうと、YouTubeの動画を見ながら試作を繰り返します。
「もし、このとき和菓子職人が見つかっていたら、どうしても和菓子だからこそのおいしさを追求していたと思います。しかし、僕の理想は、あくまでもフルーツがメイン。結果的に、素人の自分が試行錯誤しながら、納得できるものを商品化できたので、和菓子のプロを頼まなくてよかったと今は思っています。僕は“素人最強説”と言っているんですが、和菓子の素人の僕だから、材料やつくり方を柔軟に考えられたんだと思います」
自信を持っておいしいといえるフルーツ大福の試作をしながら、「覚王山フルーツ大福 弁才天」というブランドづくりにも着手。そのコンセプトは「老舗の四代目がつくった店」です。
単なる流行で消費されている商品ではなく、多くの人に愛されるブランドをつくる。それは“萌え断”というキャッチーさだけではなく、誰もが食べておいしいと思える味、細部までこだわりを追求した店づくり、きめ細かなサービスによって実現するものです。
次回は、“老舗感”を出しながら、新しいセンスを取り入れたブランドづくりをどう実現していったのかを探ります。
※Vol.2に続く(※NewsPicks +dの詳細はこちらから)